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知らない薬局

作者: 歩芽川ゆい

主人公メイの小学生の頃のお話。

少し不思議な兄弟とお店の話です。



「ねえ、何かさあ、夏向きの話、してくれない?」

「夏向きの話?」


 友人の恵美子とカフェでお茶をしていた時の事だ。急に彼女がそんな話を振ってきた。


「メイって不思議系の話、沢山あるじゃない。青い人とか巨大蜘蛛とか、階段に座る人とか聞いたけどさ、まだ聞いてないのとか、ない?」


 メイこと私は、幼少期からおかしなものをよく見ていた。青い人、というのはどうやら私にしか見えていないらしい人なのだが、全身、頭から足の先まで青い人だ。

 背の高い男性と、背の低い太った男性の二人が常に私の家の周りにいた。背の低い方は庭にも入り込んで、砂遊びなどしていると一緒に遊んでくれたものだ。

 背の高い方は幼稚園や通学路の帰り道に立っていて、私が近づくと消えて先の方に立っている。それを追いかけていくと家に帰りつくという、道案内のような人物で、全く害はない。


 だが彼らは私にしか見えておらず、しばしば彼らの話をしては、母親を困惑させたらしい。


 階段に座る人、というのは親戚の家にいた青い人だ。何故か一日中階段に座っていた。だが誰も声もかけないし、食事も用意しない。不思議に思って『あの人の分は?』と聞いたら、青い人はにっこりと笑ったが、家族は『そういう事を言うのは止めなさい!!』とすごい剣幕で怒り、親戚も引きつった顔で『誰かいるの?』と聞いてきたので、ああこれは見えない人か、と悟った事がある。


 そんな話を恵美子には時折聞かせてきた。


「ああ、そっちの夏向きかあ。まあ、あることはあるよ? 長い話になるけど良い?」

「ぜひお願いします」


 そう言われて、私は幼いころの話をし始めた。



**



「えっ? 一人で買い物!?」

「お母さん熱があるから車の運転が危ないのよ。自転車でゆっくりでいいから行ってきて」

「……はあ~い」


 昭和の時代の話だ。私は田舎に住む小学校5年だった。桜も終わった新緑の季節の入り口の時期、母親が風邪を引いたらしく熱を出した。だが休日でお医者さんはやっていない。それに熱はあるものの市販の風邪薬で十分だろうと母親は判断したらしい。だがその風邪薬の備蓄を切らしていた。

 その当時、薬局はまだ店舗数が少なく、一番近い所で車で5分程度の所にしかなかった。しかもそのためには国道を渡らなければならない。子供には危険だが、しかし38度近い高熱での車の運転は危険だ。父親は出張中ですぐには帰ってこれない。今と違って宅配も充実していなかったら使えなかった。コンビニはあったが、薬は置いていない。

 母はさんざん悩んだらしいが、私が自転車でゆっくり行くのならば大丈夫だろうと判断したらしい。


 そういう状況ならば、一人娘の私が行かなくてはいけない。時間も午前10時過ぎだし、ゆっくり行っても30分ちょっとで行ってこられるだろう。

 私は母からお金と薬の箱を預かり、ポーチを肩にかけて自転車を走らせた。母は家の門から私が見えなくなるまで見守っていてくれた。


 家の前の100メートルほどの私道を走り、県道に出る。ここをまずは南下して最初の十字路まで、横道に気を付けながらゆっくりと走る。そして十字路まであと半分くらいの所に来た時の事だ。


「ねえ、どこへ行くの?」


 急に聞こえた男の子の声に、私は自転車を止めて、道路の反対側を見た。


 そこにはいつの間にいたのか、私と逆方向に向いている小学生らしき2人の兄弟がいた。二人とも

長袖の厚めのTシャツにジーンズを着ている。私も似たような服装だが。その兄の方に話しかけられたようだ。


「遊びに行くんなら、一緒に遊ばない?」

「え?」


 私は戸惑った。二人の顔に見覚えがない。少なくとも近所の子供ではないだろう。それに同級生でもないと思う。思う、と言うのは、クラス替えをしたばかりのこの時期、人の顔を覚えるのが苦手な私は、もしクラスメイトだとしても分からない可能性の方が高いのだ。

 しかしあちらから話しかけてきたのだから、少なくともあちらは私を知っていると言う事だ。ならばやはりクラスメイトなのだろう。


「遊びに行くんじゃないよ。薬を買いに薬局に行くんだよ」

「薬局? どこの?」


 おかしなことを聞く、と思った。この付近には薬局は一軒しかないのに。


「乃木薬局だよ」

「ああ、あそこ、今日休みだよ?」

「え? 本当に?」


 薬局は一軒しかないから、あそこは基本的に年中無休のはずだった。もちろんお盆や年末などは休んでいるけれど。


「あそこ、年中無休だよね?」

「でも今日は休みって、貼り紙してあった」

「うん、僕も見たー」


 今まで黙っていた弟の方もそう主張する。それならば本当に休みなのだろう。しかし困った。少なくとも私は乃木薬局しか薬局の場所を知らない。一度家に帰って母に聞くしかない。


「教えてくれてありがとう。一度家に帰るよ」

「何で薬局行こうとしてたの?」

「お母さんが風邪ひいて、その薬を買いに行こうと思ってたんだよ」

「それなら薬買わなきゃだめじゃないの?」

「でも乃木薬局休みなんでしょう? 私、あそこしか知らないから、お母さんに聞いてこないと」

「僕たち違う薬局、知ってるよー」


 弟がそういう。それに兄も頷いた。


「うん。乃木よりはちょっと遠いけど、あるよ?」

「そっちは今日もやっているの?」

「やっているよ。そっち行けばいいよ」

「でも私、場所知らないし」

「俺たちが一緒に行ってやるよ。どうせヒマだし」

「うん、行こうよ!」

「ありがとう。でもお母さんに報告してからじゃないと」

「大丈夫だよ。それよりも早くいけば、乃木薬局行くのとそんなに時間も変わらないで行けるから。風邪薬必要ならどっちで買っても一緒なんだし」

「それは……そうだけど」


 私は迷った。行き先が変わるのならやはり母親に伝えないといけない。


「熱とかあるのなら、早く薬飲ませてあげた方が良いよ。ほら、行こう?」

「それってどこにあるの?」

「あっちの方」


 そう言って弟が指さしているのは、私が向かおうとしていたのと逆方向、北の方だった。

私の住む町は南の方に駅や繁華街があるから、あまり北の方に行ったことはない。お店なども少ないというイメージだった。


「あっちにお店ってあったっけ?」

「最近できたんだよ」

「凄い坂を上る所?」

「その手前に道があって、そこをしばらく行くとあるんだよ」


 北の方には小高い丘に続く道があり、結構な坂道のそこは、小学生たちが自転車で駆けおりて遊ぶところだった。ちなみに車はたまにしか来ないが、来たら事故確定なので、親と学校には禁止されている。私も何度か遊びに行ったことがある。確かにその坂の前に道はあった。行ったことはないが。


「早く行こう? そうすれば早く帰ってこられるから」

「本当に近いの?」

「乃木薬局とあんまり変わらないって」


 私は迷ったが、母に早く薬を飲ませてあげたい、その一心で頷いた。


「分かった。連れて行って」

「よし、行こう!」


 兄弟二人は嬉しそうにそう言って、私は自転車を降りて左右を確認してから道を渡り、彼らの後に付いて、北に向かって走り始めた。


 

 北上すること10分弱、遊んだことのある坂の手前に着く。兄弟はこっちだよと言いながらその手前の道を右折した。

 まだ舗装されていない砂利道のそこは、入り口こそ車一台程度の道幅だったが、少し進むといきなり2車線ほどに広がった。

 こんな道があったのか、と思いながら特に会話もなく兄弟の後に続いていく。何しろインドア系の私は漕ぐだけで必死だ。

 暑くも寒くもない季節で良かった。いや多少肌寒い日だったから、一生懸命漕いでいると寒くもないしちょうどいい。新緑も目に優しい。

 ただ、舗装されていないからボコボコの道で走りにくい。それもしばらく行くと綺麗に均されていたので、快適に走れるようになった。


 だが周りには何もない道だ。両サイドには田んぼと畑と林が広がっている。たまに民家があるが、こんなところにこんな道路があるのが不思議な場所だ。もちろんお店らしきものは何もない。コンビニもない。それをひたすら今度は東に向けて走っていく。


 流石に私は心配になってきた。本当にこんなところに薬局があるのだろうか。


「ねえ、薬局はまだなの?」


 前を行く二人にそう声を掛けると、二人は私と並べるようにゆっくりと走った。こんな広い道路だが、車は見渡す限り一台も通っていない。並んで走っても迷惑にもならないのだ。人もいないが。


「もう少し先にあるよ。川を越えた先くらい」

「川って、竜神の川?」

「うん。もう少しで橋が出てくるから」


 町に一本だけ走る竜神の川。あれは結構遠くにあったイメージなのだが、一体どこまで来たのかと不安になってきた。


「それって絶対乃木薬局より遠いよね?」

「そうかな? もう少しだから変わらないと思うけど?」

「だって国道からだとあの川、隣町に近い所にあるよ?」

「ここは上流だからそんなに遠くないよ。ほら、あそこに橋が見えてきたでしょ」


 兄の方が指さす前方に、確かに坂になった場所がある。なるほど上流だとこんな位置にあるのか。下流はここからさらに東寄りに曲がっているのかもしれない。


「川を渡ったらすぐだから大丈夫だよ」


 弟も言う。まあここまで来てしまったのだ。本当は不安で不安で、引き返したくて仕方がないが、これで手ぶらで戻ったら母に怒られるかもしれない。そう考えて、私は二人と共に自転車をこぎ続けた。


 橋は二人が言うようにすぐに出てきた。下流と違って小さな橋だ。それを超えると、道の両端は林に代わり、その中を私たちは並んで走っている。

 ここまで一台の車も一人の人も見ていない。こんなところに何故こんな道があるのだろう。


「田んぼのトラクターとか通るからじゃないの?」

「なるほど!」


 兄に話しかけたらそう答えが返ってきた。確かに両端ずっと田んぼだった。季節にはトラクターなどが走るから、それ用なのかと納得した。


 さらに進んだところでいきなり左手側に神社が出てきた。


「ここでさ、お参りして行こう!」

「そうしよう!」


 いきなり兄弟は自転車を止めてそんな事を言い出した。立派な鳥居がドン、とある。本殿はよく見えないが、林に囲まれた参道の奥にあるようだ。


「ほら、お母さんの回復をお願いして行こうよ」

「ここの神社、お願い事良く聞いてくれるんだよ!」

「ええ……。それよりも早くお店に行きたいよ」


 私はもはや早く帰りたかった。絶対に乃木薬局よりも遠い。大体ここはどこなんだ。こんなところに神社があるとか聞いたことがない。しかも人がいないし、神社も薄暗くてなんだか怖い。

 何より時間が経ちすぎている。時計を持っていないから時間が分からないけれど、絶対に相当な時間が経っている。しかもこれと同じ距離を自転車で帰らなくてはいけないのだ。しかも行き先を変更したことを知らせてもいない。絶対に心配しているだろうし、怒られる。早く買って、早く帰らなくては。


「お店はすぐそこだよ。お参りしていたってそんなに時間はかからないよ」

「そうだよ。お母さんの回復お願いしていった方が良いよ」

「それなら私は帰りで良いよ。早く薬を買いたいよ。そうだ、二人でお参りしたら? 薬局の場所を教えてくれたら、先に買ってくるから」

「僕たちがお参りしたってしょうがないじゃないか。それに買うより前にお祈りしないとだめだよ。薬が効くようにならないよ」

「そうだよ、帰りじゃだめだよ」

「お参りしたら、薬局に連れて行ってあげるからさ」


 二人は執拗に私を誘う。弟は私の手を掴もうと手を伸ばしてくる。それを払いながら、不安感と後悔と焦燥感でどうしたらよいか分からなくて涙目の私は、しかしこれは言う事を聞かないとお店を教えて貰えないのだと悟った。


 ああ、大人の言う事は聞いておくものだ。もし、母に行き先変更を伝えていれば、多少時間がかかっても心配させずに済んだだろう。ここでお参りをするくらいの心の余裕はあっただろう。何しろ来た道を戻るルートだったのだ。ちょっと曲がれば家に寄れたのに、それをしなかった。

 後悔ばかりだが、今は一刻も早く買って帰りたい。


「それなら、ここでお参りでいいよね?」

「ええー? 本堂行かなきゃだめだよ」

「早く買って帰りたいんだよ。ここでお祈りしても、神様なら分かってくれるでしょ?」


 私は二人を無視してそのまま巨大な鳥居の前から本堂であろう奥に向かって手を合わせた。

 

 『薬を買って帰れますように。お母さんが早く元気になりますように』


 作法なんて知らない。とりあえず手を合わせて目を閉じてお願いして、一礼だけして振り向いた。


「お願いしたよ。お店を教えて? 自分で行くから」

「……いいよ、連れて行ってやるよ」


 二人はあからさまに仏頂面をしていたが、そう言って二人とも自転車に跨った。私も急いでその後を追う。


 薬局はその神社の斜め右方向にあった。というか妙に広い建物がいきなり現れた。一階建てのそれは、見たことがないほどに大きい。こんなところに建物があったのかという驚きと、それなのに広大な駐車場には車が一台もいない事に、もしかして日曜日だから休みなのではと思っていたのだが、二人はその建物に向かって道を横切っていく。車なんていないけれど一応左右確認してから私も続いた。


 広大な駐車場─ただし車は一台も止まっていない─を横切り、店の前で自転車を降りて停めてから、こっちだよという二人に付いて行く。


 店の中に入ったすぐのところが薬局だった。広さとしては乃木薬局よりも広いかもしれない。それに妙に静かだ。

 恐る恐る入っていく私と、勝手知ったるという様子でズンズンと進む二人。そして二人が店員さんに声を掛けて連れてきてくれた。


「あらまあ、見ない顔だね。よくここに入れたね。どっから来たの?」

「西の原町です」


 店員のおばさんに私が答える。するとおばさんはとても驚いた顔をした。


「え? どうやって? お母さんたちは?」

「自転車で来ました。お母さんが風邪を引いて熱が出て、車運転出来ないから、私が」

「えええ? 西の原の薬局のが近いでしょう?」


 やっぱりここは乃木薬局より遠いのだ。ジロリと二人を睨むと、二人は知らん顔をしている。


「そこが今日は休みらしくて。二人がここに連れてきてくれました」

「休み……? あんたら、本当なの?」

「本当だよ、だからここまで連れてきたんじゃないか。お客連れて来てやったんだから、アイスくらいくれよ!」

「ダメだよ! それにここはこの子が来るような所じゃないんだよ、まったく。それより薬だったね。どんなのが欲しいんだい?」


 そう言われて私はポシェットから、母親に持たされていた風邪薬の箱を取り出した。ありふれた風邪薬だが、万一にも間違えるといけないと持たされたものだ。だがそれを受け取ったおばさんは困った顔をした。


「……見たことのない薬だね」

「え?」


 私はびっくりしてしまった。TVでも宣伝しているし、誰でも知っているような風邪薬なのだ。それを見たことがない? だがおばさんはその薬箱をよく見てから頷いた。


「同じ薬はないけれど、これで大丈夫だよ」


 そう言って棚から持ってきたのは、今度は私が見たことのない風邪薬だった。


「箱もメーカーも違うけど、熱を下げて、咳とか頭痛も和らげてくれる薬だから、大丈夫」


 そう言われてしまえば納得するしかない。私はポシェットからお金を取り出し、おばさんに渡した。そのお札も変な顔をしながら受け取り、それでもお釣りは普通に出してくれた。


「気を付けて帰るんだよ。寄り道しないでね」

「はい、ありがとうございます」

「ほら、あんたら、この子送ってやんな!」

「えー?」

「え~じゃないよ。あんたたちが連れてきたんだから、ちゃんと送っていきなさい!」

「は~い。じゃあ、行こう」


 二人はそういうと、すぐに店を出て行く。私もそれに続いた。


 ようやく帰れる。小さな買い物袋をポシェットの中に入れて、先に乗って待っていてくれた二人に続いて漕ぎだす。すでに太陽は真上に上っている。時間が分からないが、昼に近いのではないだろうか。早く帰らなければ。

 しかし彼らはあの神社の前で、また自転車を停めた。


「ここからの道はわかるよね?」

「え? うん」


 先ほど通ってきたばかりだし、まっすぐの一本道だ。間違えることはないだろう。


「僕たち、ここでもう少し遊んでいくからさ。ここでいいよね?」


 おばさんに送れと言われたのに、と思わなくもないが、一緒に遊ぼうと言われても面倒だ。


「良いよ。お店、案内してくれてありがとう」

「うん。お母さん早く良くなると良いね」

「うん」

「じゃあね~~」


 そういうと二人は鳥居をくぐって行った。私は一人、自転車に跨ってペダルをこぎ始めた。


 そこから先の帰り道の事はよく覚えていない。気が付いたら川も越えていたこと、さらに寒さを感じて気が付けば、日がすでに傾き始めていたこと、早く帰らないと日が暮れてしまうと焦った事。

 そして来た時はあれだけ時間がかかったと思った道だったが、見慣れた坂が出てくるまで、結構あっという間だった。見慣れた道に安堵して、私はゆるい下り坂になっている道を南下していく。


 もう疲れ切っていた。だけど下り坂だし、先ほどと違って舗装されているから走りやすい。早く帰りたい一心でペダルをこぎ続け、家の私道に曲がったところで、家の前にいる母親を見付けた。


 さらに急いでペダルをこいで、門の前、母のもとにたどり着く。


「どこまで行ってたの! 何してたの!! 薬局行くのに何時間かかっているの!」


 当然だが怒られた。私はポシェットから買い物袋を取り出す。


「乃木薬局が休みなんだって。だから違う薬局まで行ってきた」

「休み? そんなはずないんだけど……。その違う薬局って、どこの?」

「知らない」

「知らないって、行ってきたんでしょ?」

「あっちの、北の方の坂の前の道を東にずーっといった所にあったよ」

「そんなところに道があったっけ? メイ、なんでそんな店、知ってたの?」

「知らないよ。どっかの兄弟が連れて行ってくれた」

「どっかの兄弟って、誰?」

「知らない」


 私は疲れ切っていた。会話をする気力もなかった。母も不思議そうな顔をしながらも、家に入ろうと言ったので、二人で家に戻った。


 そして薬を見た母は、なにこれ! ちゃんと箱を渡したのに、違うの買ってきたの!? と怒った。


「薬局の人が、同じのはないけど、同じ効き目の薬だからってそれをくれたんだよ」

「こんな薬見たことないんだけど!」

「私もないけど、同じのがないと言うのだから仕方がないじゃん」

「確かに効き目は同じっぽいけど……」

「買って来たんだから、飲んでよ。熱下がるって言ってたし」

「飲むけど……。大丈夫なのかな、これ」


 ブツブツと言いながらも母は箱を開けて、薬を飲んだらしい。


 らしいと言うのは私は疲れ切っていてそこまで会話して、寝てしまったからだ。


 朝10時過ぎに出かけたはずの私が家に戻ってきたのは、15時過ぎだったのだから。


 昼寝から起きてから改めて母と話をした。


 母は私を送り出してからしばらくは横になっていたらしいが、1時間を過ぎても帰ってこない私を心配して、ちょくちょく外に出ていたらしい。今と違って携帯電話などないから、連絡も取れない。自分が車で探しに出ても、万一入違ったら大変だとやきもきしながら待っていたそうだ。

 あまりにも帰ってこないから、途中で友人にでも会って、遊びに行ってしまったのだろうとは思ったらしい。


「心配で熱どころじゃなかったわよ! で、その兄弟は誰だったの?」

「知らない。学校の同級生かと思ったけど、違うみたい」

「なんで?」

「その店の店員と顔見知りだったみたいなんだよね。あっちの方に住んでいるなら小学校一緒じゃないはずだし」

「じゃあその子たちは、何で話しかけてきたの?」

「知らない。他の子と間違えたんじゃないの?」

「それに坂の下にそんな道あったっけ?」

「あったんだよ。あったから行ってきたんだから。」

「竜神の川渡ったって? すごく遠いじゃない」

「だよね。でもその兄弟は近いって言ってたし。何より乃木薬局が休みだって言うんだから、遠くたって仕方がないじゃん。他にお店、あった?」

「お母さんも知らないけど……」


 その後やっぱり行き先変更するなら言ってからにしろとか言われたけれど、遊んでいたわけではなく、そんな遠くまで頑張って行ってきたらしい娘をそれ以上叱ることも出来なかったようだ。


 買ってきた薬は良く効いたらしく、すぐに熱も下がったそうだ。


 そして何日かして、母と乃木薬局に行った。もちろん車で。だが乃木薬局はあの日、休みではなかったという。しかも私が行った方向に薬局があるという話も知らないとも言うのだ。


 さらに私が買ってきた薬の箱を見せたが、やはり見たこともないという。効いたのなら良かったと首をかしげながら言っていた。


 さらにさらに、私が行った道を母の車で辿ってみたが、確かに坂の下に東に行く道はあったものの、狭い荒れた砂利道で、その上途中で道がなくなっている状態だった。

 


***


「へえ、不思議な話だね。本当にその兄弟は知らない子たちだったの?」

「うん。少なくとも同じクラスにはいなかった。それにもし違うクラスの子でも学校で逢えば話しかけてくるでしょ?  でも誰も話しかけてこなかったし、多分ただの通りすがりだったんじゃないかな」

「ふ~ん。不思議だねえ」


 恵美子は首をかしげて聞いてくれた。だがこの話はここで終わりではないのだ。

 今まで彼女にも話さなかったのには理由がある。


「この話に後日談があってさ」

「なに?」

「確かに自分が体験した話なんだけど、時間の経過とか、どうにもあり得ない話じゃない?」

「まあ、そうだね」

「だから自分でも、薬を買ってきたのは本当でも、後は夢で見た話なんじゃないかってずっと確信が持てなくて。ところがさ、最近本当だったって確信が持てたんだよね」


 それはあの時から20年以上たってからだ。


「あの坂の前に道が出来たでしょ? 隣町の駅に行ける裏道が」

「うん」

「今でこそ舗装されたし開通したけどさ、何年か前まで舗装されてなかったし、途中で道がおわってたじゃない」

「ああそうだね、大手スーパーを過ぎた辺りまでだったね。今は綺麗に舗装されているけど」

「うん。あれがさ、私があの時に通った道、そのままの風景なんだよね」

「え?」


 あの当時はなかった道が、少しずつ作られ、今や片道2車線の広さでしっかりと開通している。

 そこがまだ開通していないし、舗装も途中までの時に、大手スーパーが開店したというので行ってみた。広大な敷地で、テナントもいくつも入っている総合スーパー。


「あ、そういえば、確かに今説明してた道と合致するね!」

「そうなんだよ。それに平屋建てのあのスーパー。私があの時行った場所なんだよね」

「ちょ、だってあれ、出来たのまだ何年も前じゃないでしょ!」

「うん。だけどさ、あのままの風景なのよ。車は全くいなかったけれど、両脇田んぼと林で、いきなりあの建物が出てくる。まさにあそこなんだよ」

「え、神社は? あんなところに神社ないでしょ?」

「それがあるんだよね」


 一見見えづらいところに、神社が確かにあるのだ。

 

 私はずっとあの神社をどうしても見つけたくて、何度も通るたびに探していた。それでも見つからなかったのだが、ある時地図アプリで神社を指定して探してみたら、あったのだ。


「スーパーの向かい側にちょっとお店とか出来ちゃっているから見えにくいんだけど、ほら、ここ」

「ああ! 本当だ!!」


 スマホの地図アプリで航空写真にしてそのあたりを拡大すると、確かに神社があるのだ。


 記憶にあるほどは大きくないし、スーパーの向かい側ではあるのだが、あの時に見た神社で間違いない。


「うわー。本当だ。って、え、じゃあ、どういう事?」

「もしかすると、未来にでも飛んだのかもね。ほら、SFなんかでよく聞くじゃない? 時空をゆがめて行った先から戻ったら、時間がものすごく経っていたっていう」

「あ、だから昼頃には店を出ているのに、帰ってきたら15時だったって? まあ、あそこまで子供が自転車で行ったら、片道1時間近くかかるかもしれないけど、確かに5時間はかからないだろうしね。え、じゃああの兄弟たちは? 未来人?」

「それは分からないけど。っていうか、凄く気になっているのが神社なんだよね。なんで彼らはあんなに執拗に参拝するように言ったのかがね」

「ええ? どういうこと?」

「いや、もしかしたら一緒に参拝したら、そのまま帰ってこられなかったんじゃないかとか」

「もしかして神隠しってこと? うっわ、なんか怖くなってきた!」

「という夏向きのお話でした!」

「おおお、ごちそうさまでした……!」



 **


 恵美子とカフェで別れて帰宅した私は、自室のベッドに寝転がって、今の話を反芻していた。

 

 通りすがりに声を掛けてきて、乃木薬局が休みであると嘘の情報で私をわざわざ遠い薬局へ連れて行った理由は何か。ずっと考えていたのだが、恵美子に話した通り、もしかすると彼らの目的は、あの神社へ私を連れて行くことではなかったのだろうか。

 もしあの時お参りをしていたら、私は今ここにいるのとは違う場所に連れて行かれたのではないだろうか。


 そう考えるとあの時の店員さんの不思議な言動が理解できる気がする。おばさんはこう言っていたではないか。


『あらまあ見ない顔だね。よくここに入れたね』

『ここはこの子が来るような所じゃないんだよ! まったく』

『……見たことのない薬だね』


 田舎だからお店の人と顔見知りなのはわかる。だがよくここに入れた、やこの子が来るような所ではない、というのが引っかかる。

 まさに異空間に入っているかのような台詞ではないか。


 あの時の私が未来に迷い込んでいたとすれば、おばさんが私が見せた薬を見たことが無くてもおかしくはない。お札を見て不思議そうな顔をしても、彼女には旧札に見えたのだろうからこれもおかしくない。


 そう考えてみると、あの兄弟は少し青みかかっていた気がする。あの薬局の人も。


 私は狛犬系の神社には嫌われているが、稲荷系の神社は大丈夫だし、どうやら家系も稲荷系の神社と縁が深いらしい。


 もしかすると彼らは狐系のなにかだったのではないだろうか。そうして彼らを見える私を戯れに神社に連れて行き、遊び相手として取り込もうとしていたのではないだろうか。


 私が無事に帰ってこられたのは、多分、鳥居をくぐらなかったから。参道に足を踏み入れなかったから。


 彼らの計画は失敗したが、ここまで連れてきたのだから薬は渡してやらなければと、時間をゆがめてあの店に連れて行ったのかもしれない。もしかするとあれも妖系の薬屋だった可能性もあるか。


 なんにせよ、悪いモノではなかったようだ。それだけが救いだ。


 見つけたあの神社に行ってみたかったけれど、行かない方が良いだろう。あの鳥居はくぐらない方が良い。


 次も帰ってこられる保証は、ないのだから。



 



 

お読みいただきありがとうございました。


実は実話です。フィクション混ぜていますけれども。大筋で実話です。


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