公爵家の役目
ご機嫌よう。私はエリーゼ・フォン・シルフィードです。
学園に入るまで残りひと月。私はすくすくと成長し、ついにはモイラの身長を追い抜き160センチくらいになっていた。
成長して分かったことがある。このメイドまじでやべぇ、と。
「ああ、お嬢様。もうお姉ちゃんと呼んでくれないのですか…?」
心底哀しそうに、まるで舞台役者かのように語りかけてくる。気持ち悪いから心を読んでこないでほしい。
「お姉ちゃん、もうコイツを外に出したほうがいいんじゃない?」
この三年の中で屋敷の住民が増えていた。今話しかけてきたのは私の契約精霊であるシルフィードだ。
そうあれは去年の夏。学園に向けてモイラが私に魔法について教えてくれることになる、いやなるはずだった。
「今日は魔法について教えたいところですが、その前に…」
モイラが私の顔の少し上に目線を合わせ、威圧しながら言う。
「肝心なときに役に立たなかった精霊、そこにいるのでしょう。出てきなさい」
「はい!出ます!四大精霊にして風を司るシルフィードです!シルフィでいいです!」
勢いがのった声と共に手のひらくらいの男の子が現れる。私とよく似た緑の混じった白髪に若葉色の瞳。背中には三対の黄緑色の薄い翅が生えていた。
「何故今までお嬢様を助けに現れなかったのですか?」
「いや、その、お姉ちゃんが肉体的にも精神的にも幼すぎて危なかったから…」
「へー、ふーん、ほーん?」
モイラが羽虫を見る目でシルフィを見る。自分のせいなのになんか申し訳ない気がする。ここは助けてあげよう。
「小さな子を虐めるなんてモイラお姉ちゃん、最低ですね」
「アリガトウゴザイマス!」
うん、逆効果だったようだ。ほんとに変態だよこのメイド!
「それよりも!魔法教えて!」
「はい…」
私の声で冷静になったのか反省した態度を見せる。しかし、モイラが一瞬シルフィの方に顔を向ける。チッと舌打ちが聞こえた。うん、全然反省してないね。
魔法とは魔力を用いて世界の法則に干渉することである。
主な属性は火、水、地、風、雷、地、氷、そして相反する光と闇。
そのうち最初の四つの属性、すなわち火、水、地、風は特別でそれぞれに精霊が存在する。ふふん、とシルフィがドヤ顔した。
「魔法はこんな感じで武器とかいろいろ作れて便利ですよ!」
そう言ってモイラは薔薇があしらわれた真っ黒のナイフを作りシルフィに向ける。
「いや待って。それは魔法じゃない。魔法じゃないから!魔法というよりそれより上位の権限…!?あとイキったの謝るからナイフを下ろして!」
「これが普通じゃないの?」
魔法はモイラのしか見たことがなかったので、疑問に思いシルフィに聞いてみる。
「普通は魔法には詠唱が必要なんだよ。それこそ適当でいいのは僕たちを使役して行使する魔法くらいだよ」
うーん、思っていたよりモイラは変態的かもしれない。
自慢の速攻魔法が他にも使うことができるのを見て項垂れていたシルフィだったが思い出したかのように顔を上げた。
「そういえばあれはどうなったの?」
「あれ?」
モイラも心当たりがないのか困惑している、と言っても相変わらず無表情だが。
「決まってるじゃないか。僕がお姉ちゃんの一族と契約した理由はこの街を守るためだよ」
「守る?何から?」
その時ドボンと大きな音が響いた。屋敷というよりかは地面全体が大きく揺れていた。
状況を確認するために急いでモイラとシルフィと共に屋敷の外に出る。
音と振動の元凶は海から離れた丘上からもはっきりと捉えることができた。
「いやー今回もでかいなぁ。クラーケン」
子供のようにシルフィがそう告げた。