それぞれのプロローグ
私の名前はヴィナス・アフロディーテ。誇り高き伯爵家の人間ですわ。
それなのに給仕や執事はいつも私を苛立たせる。言われたらすぐに行動に移せばいいものをいつも遅れて動き謝ろうともしない。そもそもお金を払い雇っているのはこちらなのに。
あのときのメイドだって私のこと無視してどっかへ行ってしまった。良かったら雇おうと思ったのに。
お父様にこの話をしたら叩かれました。イタイです。
「いいかい、ヴィー。たしかにお金を払ってるのはこちらだ。でもね、人間には心があるんだ。例えばそうだな、もしヴィーの誕生日に金塊を持ってきたら喜ぶかい?」
「いいえ、金なら私の魔法でいくらでも作れますもの。そもそも娘の誕生日に贈るものが金塊だなんてお父様を疑いますわ」
アフロディーテ家は代々、土魔法の適性が高く先祖が作り出した金を創る魔法を継承している。そのなかでも私は歴代で最も適性が高く小さい頃から神童と言われてきた。そんな私にとって金なんてそこら辺の石ころと大差ない。
「ヴィーが今思ったことと一緒さ」
「よく…分かりませんわ」
お父様は優しそうな目で何処か嬉しそうに言った。
「ふふ、いつかヴィーも分かる日が来るさ。そういえばそろそろヴィーにも従者が必要だろう。ヴィーは何か要望はあるかい」
従者、と言われ真っ先に浮かんだのはあのときの強いメイドだった。一瞬で三人を倒したあのメイドのような…
「強い、強い従者が欲しいですわ」
※※※
憂鬱だ。あと二年で学園に入るっていうところで婚約者を決められてしまった。相手は公爵家の御令嬢。サロンやパーティなどには一度も顔を見せたことのない引きこもり令嬢。
何が嫌ってあの王妃が決めたってところだ。まあ正直なところそんなことどうだっていい。婚約者の性格が良かろうが悪かろうが関係ない。俺の隣に彼女さえ居てくれればそれでいい。それでよかったはずなのに、彼女は急に何処かへ行ってしまった。
俺が三歳のときからずっと側に居てくれたメイド。あの無表情でどうしようもなく強い彼女に今も強く惹きつけられている。
居なくなった理由なんてどうだっていい。ただもう一度会いたい。
「殿下…殿下…!シリウス殿下!聞いているのですか?まったく第三王子なんですからしっかりしてください。また彼女のこと考えていたのですか?」
眼鏡の奥の青く知性を感じる瞳をジッとして話しかけてくる。
「第三王子だからいいんだろ。いまからぐだぐだ言ってると将来ハゲになるぞアラン」
はあ、と大きな溜め息が聞こえてきた。大きく吐くな。不敬だぞ。不敬。
「それで殿下の言う通り調べてきましたよ。彼女のこと。殿下の考え通りでした。何者なんですか彼女」
そう俺の一番の悩みはそこだった。会いたいのに彼女のことを何も知らない。ずっと一緒に居たはずなのに。いや、知ろうとしても彼女に関する情報は一切なかった。
何処から来たのか、なぜ来たのか、身分が不明なはずなのに何故王宮のそれも第三王子の専属となれたのか。その全てが謎に包まれていた。しかしここまでなら権力によってもみ消すことができなくはない。
彼女は三歳のときから一緒にいる。それなのに見た目が一切変わらなかった。声のトーンも、そのうっすらと青みがかった黒い長髪もその圧倒的なまでの強さも、まるで時が止まっているかのように変わらなかった。そしてその異質さを誰一人として認知していない。
「もう一度君に会えたなら、次は絶対に離さないからね」
「彼女が居なくなったのはこれが原因では…?」
アランが怪物でも見たかのように身体を震わせながら言った。
「また君に会いたいな。ねえ、何処に居るの?モイモイ」
※※※
「マリア、いつもありがとう」
孤児院の院長が私に話しかける。光魔法を使うことができ年長でもある私を労るようだった。
人当たりの良い好好爺な院長が好きだった。生まれてからずっといる場所なので居心地がよかった。
しかし二年後に私は伯爵家の養子にならなくてはいけないはずだ。
まだ確定はしていない。けれど確信はあった。なぜなら私は主人公だから。
三年後、光魔法を極めて王子様の婚約者となれば最高の能力と地位を手に入れることができる。
そうしたらきっと幸せになれるよね…?