公爵邸に行きます
一人称視点です。
ありのまま今起こったことを話そう。喋ると同時に高速で動き、手刀で首をトン、としただけだ。
「安心してください。気絶しているだけです」
これぞ強者の発言だ。殺すよりも殺さず無力化するほうが何倍も難しい。故に圧倒的な実力差が必要なのだ。ちなみにここでも無表情、決め顔など以ての外だ。さも普通ですよ、感を醸し出すことが重要だ。
「え、あ…ありがとうござい…ま、す…?」
まだ何が起きたか理解できていないようだ。自分の手際に惚れ惚れする。
「次、盗賊か魔物かに出くわしても私がお掃除させて頂きますので安心してください。私を突き出してもよかったのにそうしなかったあなたには好感が持てますので」
「あなたが助けてくれたのなら感謝します。商売は信頼ですからね。突き出したと知れたらもう商売はできません。まあ、これは建前なんです。私にはね、あなたと同じくらいの娘がいるんです。だから、どうしても見捨てられなかったんですよ」
御者は後頭部をポリポリとかきながら恥ずかしそうに言った。
「かっこよかったですよ」
「あまりからかわないでくれ。それじゃ、そろそろ出発するかね。おっとその前に、細腕のお嬢ちゃんにできるか聞くのはおかしいかもしれないがそいつらを安全なところに運ぶのを手伝ってはくれないか?」
たしかに女の子に頼むことではないね。まあするけど。盗賊たちを縄でくくりつけた後、雑に荷台に放り込んだ。盗賊たちの手を見るにもとは農民と言ったところだろうか。生きるために盗みを始めたが、その優越感に溺れた、そんな感じだろう。人間の悪いところだ。
パシッとムチの音とともに馬車が移動を再開する。再び沈黙の時間が続くが先ほどに比べると幾分和らいで…ないですね。むしろ、怖がられてるかな。
「そういえばお嬢ちゃんは何しに公爵領に行くんだい?あそこは領主が変わってから随分と治安が悪くなってしまった。いや、まあお嬢ちゃんなら大丈夫か」
ちょっと引き気味に言われた気がするし他の人もうなずいている気もするがここは何も言わないでおこう。
「領主が変わったと言っても実際は王都の邸宅にいるんですよね?」
「ああ、税収だけ上げて自分たちは王都で散財ってわけさ。だから、今の公爵領の家には娘だけが住んでるのさ」
情報通りの完璧な物件だ。情報集めのためにわざわざ王城に忍び込んだかいがあった。
「おっ公爵領が見えてきたぞ。」
御者の言葉を聞き、顔を正面に向ける。視界には蒼く美しい海が広がっていた。
シルフィード公爵領、家名にもなっている通り代々風の精霊と契約している。その風はやむことはなく一年中吹き続けている。そして海に面しているため貿易も盛んだ。そのため国にとって重要な都市である。風と港の街、それが公爵領に対する世間の認識である。
ちなみに今の情報も優良物件探しをしているときに王城で見てきたものである。他にもいろいろ見たが正直言ってこの国は終わっている。
そもそも、だ。貴族の家が乗っ取られている情報まで掴んでいるのになぜ王家は動かない?下級貴族ならともかく公爵家だ。しかも物流の拠点でもある。
まあ、そうなったのにも理由がある。数年前に王が亡くなったのだ。早死にだったので王太子もまだ10歳そこそこ、国を治めるには幼すぎだ。そこで選ばれたのが王兄であるアルロス・クロフォードだ。王弟ではなく王兄な時点でお察しである。
「さあ降りた降りた」
おっと、いつの間にか街の入口まで着いていたようだ。
「じゃあ、お嬢ちゃんも元気でな」
御者は次の仕事のための補給をするのか御者用の宿へと入っていった。
「さて、わたしも行くとしますかね」
公爵邸は海の反対側、段々となっている街の一番上に位置している。
あたりには鴎の鳴き声が鳴り響き、微かに潮の香りがした。