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ケーキ屋が繋ぐ縁

配信後ごはん

作者: 西埜水彩

 いつものようにうさぎのぬいぐるみを机の上に置く。


 着古した安っぽいパーカーの布で作られたぬいぐるみは、少しみすぼらしい。だけどおしゃれじゃないところが、私にぴったり。


『17時になりました。これからうさぬいおしゃべり配信を始めまーす。配信を見ていていただいている皆さん、こんうさです』


 ぬいぐるみをカメラでうつしつつ、マイク付きのヘッドフォンをつける。


 スマートフォンでチャットを確認しつつ、私はたどたどしさを隠すように堂々と話す。


『本日もいつも通り『リーヴル』で配信をしています。あんこさん、花葉(はなは)さん、ときさん、グリーンさん、こんうさです。さてまずは『SOGIの話』のコーナーです。本日はクォイロマンティックの話をします』


 チャットでかわされているあいさつのほとんどを無視して、私は話をすすめていく。


 この配信では視聴者同士であいさつをしあっていることが多いので、それらのチャットを一々読んだら時間の無駄になってしまう。ほっとくのが一番。


「クォイロマンティックとは好きの気持ちが恋愛感情かそれ以外なのかが分からないことです。恋愛と友愛など他の感情を区別したくない時も使われるそうです」


 私は淡々と説明していく。この説明が本当なのか、これで他の人に分かってもらえるかはちょっぴり疑問だけど、動画配信を始めた時から、SOGIの話は絶対にしたいと思っていたから頑張る。


『えーっと特に質問などはないみたいですので、次のコーナーに入ります』


 私の話をちゃんと聞いているのか不安なほど、チャット欄は視聴者同士のあいさつでうまっている。


 仕方ない。視聴者の中でSOGIに興味がある人は少ない。この動画配信を見にくる人のほとんどは、私じゃなくて今配信させてもらっている動画チャンネルのファンなのだ。それじゃあしゃーない。


『本日紹介するお土産は『苺ブッセ』です。甘くてふわふわとした生地に、すっぱさが消えていないけど甘いいちごクリームの入った美味しいブッセです』


 話し終えるとうさぬいの隣に苺ブッセを置く。


 このお土産紹介コーナーはおまけみたいなものだけど、なぜか人気がある。そこで毎回紹介するお土産もうつすようにしているんだ。


『今うさぬいの隣にあるのが、今回紹介している苺ブッセです、『この苺ブッセ、ステッカーの貼ってあるお店で売っていましたよ』、そーなんですか。私は今回苺ブッセをJR.奈良駅にあるお店で買ってきたので、いつかそのお店にも行きたいです』


 さっきのSOGIのコーナーよりもチャットの量は多い。あいさつだけでなく、紹介されているお土産の話もほとんどある。


『皆さんそのお店ご存じなんですね~。『そのお店では苺キャラメルや苺クランチ、苺プリンも美味しいです』、苺づくしですね。そこのお店は奈良の苺専門店なので、苺関係のお土産がいっぱい売っているんですね。あっラピズラズリさん、こんうさです』


 予定していたコーナーが終わったので、チャットを読みつつ雑談をする。


 チャットをしてくれる人のほとんどは、この動画配信をよく見てくれる常連さんだ。その他にも動画チャンネルの関係者から、ふらっとやってきた初見さんまで様々な人がいる。


 色々な人との交流。それをこなしていくうち、あっというまに6時となった。


『6時になりましたので、配信終了です。本日もご視聴ありがとうございました』







 配信が終わった。パソコンとぬいぐるみを片付ける。


「今日の配信よかったよ」


 近くの机で編み物をしていた、お姉さんがやってきた。


「慣れてきたのならうれしいです」


「大丈夫。ラジオパーソナリティになれるほど会話がうまいよ」


「そーだといいのですが」


 実際はそんなことない。


 私は毎日ラジオを聞いているから分かる。プロのパーソナリティさんは私と比べものにならないほど話が上手い。何気ない話をおもしろく、小難しい話を丁寧に。私にはできないことをさらりとこなしてしまう。


(ゆう)さんも作品は完成しましたか?」


「うんした。とはいえっても売ることができるのは秋になってから。安くなってたからという理由でたくさん買った毛糸を消費できたのはよかったけど、マフラーって今売れない」


「桜もとっくに散ってしまい、少ししたら梅雨の季節ですから」


 肌寒い日があったとしても、マフラーは流石にいらない。今は冬よりもむしろ夏に近い季節なのだ。


「そうそう。最近はビーズか天然石を使ったアクセサリーがよく売れるから、もうちょっとそういうのを作ろうかなと思って」


「それもいいですね」


 夕さんはハンドメイドアクセサリーなどを作って、週二回今いる『リーヴル』で販売している。その他にも作曲や歌い手活動、私よりも上手に動画の生配信をしている。色々なことをしているところ、そこがすごい。


「いくつか作詞してもらったから、作曲して歌いたい。それにゲーム配信も頑張っているんだ。あちこちの参加型に参加して、どんどんうまくなってるし」


「それはすごいです」


「ところで(おうち)ちゃん、次の配信ではどんな話をするつもり?」


「そーですね。次は『リスセクシャル』、お土産は考えていないです」


 奈良のお土産のことは、私詳しくない。次の配信日までに紹介できるようなお土産を探さないと。


「そういえば動画チャンネルの視聴者さんの中に奈良の物を動画で紹介している人がいるよ。その人の動画を参考にするのもいいかも」


「それはいいかもしれません。それにしても夕さんは動画チャンネルの視聴者さんのことに詳しいんですね」


 私はたくさんの配信者が所属している動画チャンネルで配信している。そこで私が配信している動画は見ないけど、動画チャンネルの視聴者さんはいっぱいいる。


 元々動画チャンネルで配信しているのは夕さんで、私は誘われただけ。そこで動画チャンネル歴は夕さんの方が長いけど、私はそのことにもやもやする。


 夕さんはいくつもの動画チャンネルで活動しているけど、私にはここしかない。私の方がここに詳しいと思っていたい。


「まあね、付き合いとかあるから自然と詳しくなるんだ。そーだ。片付け終わったら古都華食べよー」


「ありがとうございます」


 配信の後片付けが終わり、部屋の掃除だけが残っている。


 そこで一旦休憩して、私は夕さんが持ってきてくれた、古都華を食べる。


「甘くておいしいです」


「そうでしょー。あすかルビーもおいしいけどさ、やっぱり古都華だよ、古都華。苺といえば、古都華が一番。高いけどね」


 古都華って高い苺なんだ。それならゆっくりとせいいっぱい味わないと。







「ステッカー、今奈良県では10カ所以上貼ってあるらしいよ」


 掃除も終わったので、夕さんと私は今話しながら帰宅している。話題はここ最近夕さんと私が気にしている、動画チャンネルのステッカーのことだ。


「そーなんですね。結構熱心な人がいるのでしょうか?」


「らしいよ。ステッカー関連の取り纏めをしている人が、奈良県の視聴者さんなんだって」


「そのことをどこかで見たような気がします」


 確か動画チャンネルのコミュニティにそんな投稿がされていたような気がする。


「楝ちゃんはコミュニティあんまり見ない?」


「見ないです。私は動画チャンネルで配信をしています。ただ動画チャンネルに配信者として正式に所属しているわけではないです。夕さんがしている動画生配信に出てくる、しゃべるぬいぐるみの中の人が私ってだけですから。あんまり関わらないようにしています」


「楝ちゃんはかたいねー。あの動画チャンネルでは配信者や視聴者さんはみんな仲間だから、もう少し仲良くしても良いのに」


「うーんあんまり興味ないです」


 答えてから周りを見る。


 世界的な観光地が近いということもあるので、様々な人がいる。この中にも動画チャンネルの配信者や視聴者さんがいるんだろうな、そんなの全然私には分からないけど。


「ちなみに私は『リーヴル』にしかステッカーを貼ってもらっていないよ。あそこは配信している場所だから、しゃーない。そりゃーゲーム配信を個人でしていて、歌い手グループにも所属しているから、それ関連でお店とのつながりがあるよ、でもなぜかステッカーをいっぱい配りたいとは思わない」


「そりゃあなんでステッカーを配っているのか分からないからでしょう」


 動画チャンネルのシンボルかマスコット的な存在のイラストが描かれたステッカー。


 それを動画チャンネルの配信者、視聴者さんみんなであちらこちらのお店に配っている。個人宅や自動車、駅のノートでも良いらしいけど、私はお店に配っていることが気になってしまう。


 ステッカーを貼ることでお店と動画チャンネルのつながりを色々な人にしめしてしまう。動画チャンネル自体100%安全ですと言えないこともあって、お店につながりをもたせてしまうのに躊躇してしまう。


「そうかもね。やっぱり趣味色の強いゲーム配信と仕事色の強い音楽系の動画、両方やってるとさ、どっちでもない動画チャンネルの活動はよく分からない。なのにステッカーを配るっていう仕事的な活動をするから、余計に分からなくなった」


 私にも分からない。これは私が小学生だからという理由じゃなくて、それほど動画チャンネルがあやふやなんだろう。


 考えつつも駅へ着き、電車で最寄り駅に向かう。


「気をつけて帰ってね~」


「大丈夫です。ではお疲れ様でした」


 駅のバス停で、夕さんと別れる。


 バスがくるまで時間がある。そこで近くにある自動販売機へと向かった。


「えーっと、ジュース、コーヒー、色々ある」


 メロンソーダ、オレンジジュースといった甘い飲み物からコーヒーや紅茶といった渋い飲み物まで種類はいっぱいだ。


 少し悩んだ末、カフェオレにする。


「苦い」


 カフェオレは甘いだけじゃない。キャラメルラテみたいに甘い物が入っているわけじゃない。単なるコーヒーを牛乳で割っただけだから当然だ。


 でも純粋なコーヒーよりは断然美味しい。休み休みながら、全部飲む。







 カフェオレのほろ苦さが口から消えないうちに、家へついてしまった。


「ただいまです」


 鍵を開けて家の中へ入る。当然のように誰の声も返ってこない。


 私は小学校6年生で、まだまだ子供。それでも1人ぐらしをしている。父や母は今どうしているのかは知らない。それに今の私にとってはどうでもいいことだ。


『こんばんは、7時のニュースです』


 手洗い、うがいをした後でテレビを付ける。今ちょうど7時のニュースが始まったみたいだ。真面目そうなアナウンサーが淡々とニュースを読んでいる。


 そうだ、夕食の準備をしよう。


 缶詰から中に入っている魚を取ってお皿にいれ、電子ポットでお湯を沸かす。


 お湯をカップラーメンの中にいれて、魚を電子レンジで温める。これで夕ご飯の準備は終わり。


 テレビを見ながら、魚とカップラーメンを食べる。両方とも味が濃くて美味しい。これもいつもと変わらない。


『昔から孤食が問題となっています。仕事や塾などで家族が一緒に揃うことが難しくなり、その結果孤食が増えています。食事は家族で食べるべきです。1人で食べるなんてありえません』


 テレビではアナウンサーではない、よく分からない年老いた出演者がそう力説している。


 孤食ってそんなに悪いことだろうか?


 私は他人と関わることが苦手で、学校には行っていない。家族ともうまくいっていないので、1人暮らしをしている。


 そんな状況では孤食以外選べない。


 孤食以外の選択肢はない。


 そりゃあ1人暮らしをしていないときは、家族と一緒に食事をしていた。母が専業主婦だったのもあってか、1人で食事をすることはありえなかった、週末は家族揃って外食なんて、普通にあった。


 今となってはありえない、遠い日常の話だ。


『やっぱり手作りの食事が子供には一番ですよ。親が子供に料理を作ってあげるのが普通です』


 料理をしたことがなさそうなおじさんが、テレビでどや顔をしている。


 私はそうは思わない。母が1時間以上かけて作ってくれた食事よりも、カップラーメンの方が美味しい。何が美味しくて何が美味しくないかは人によって違うから、それでいいんだ。


 食べ終わると、テレビを消す。お風呂の準備をしつつ、使った食器を洗う。


 テレビの音がなくなった途端、人の声が消える。私以外の人がこの家にはいないから、当然だ。


 私は1人だ。


 動画チャンネルの配信以外で人とつながることが私にはない。学校に通っていないから友達はいないし、何よりも元々この町に住んでいたわけでもないから学年の違う知人すらいない。


 次の配信日、来週までは1人。過去も未来もこの事実は変わらない。


 まあ1人だからって、問題があるわけじゃない。私は1人でなんでもできるから、ちゃんと生きていける。


※クォイロマンティックの説明は(https://yomedan-chii.jp/archives/34536082.html)を参考にしました。

※動画配信チャネルは(https://www.youtube.com/@chinanago)を参考にしています。

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