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異世界恋愛短編

期待の将星と毎日てんてこ舞いな洗濯メイドの、やんごとなき関係。

作者: 待鳥園子

 この国では王の住むお城で働けるということは、とても名誉なことだ。


 ともすれば高貴な王族とも接近することが出来るから、色んな身辺調査はされる前提がある。採用されたとなれば、それだけで身分証明になるし、お給金も良いから希望者は多く、先方は色々な条件から採用者を厳選出来る。


 そういった理由から、代わりなんていくらでも居る。怠惰な人間なら、即解雇だ。だからそこで長く働けるということは、勤勉だという判断になる。あと、ある程度の礼儀作法は、場所柄必要だからと教えて貰える。


 つまり、女性からすれば結婚する前の花嫁修業先にしては、とても安全だしこの上ない職場だ。城内に寮だって用意されている。


 なんなら、城で働く男性は完全に選ばれし者ばかりなので、未婚女性の出会いの場としても最上級なのである。


 国民の義務である初等学校を卒業し私もダメ元で申し込んだところ、なんと奇跡的に採用通知を貰うことが出来た。


 配属されたのは城で働くメイドだとしても下位の洗濯メイドだったけど、そんなことなんてどうでも良くなるくらいに、王都の他の職場で働くことを考えると与えられる待遇などは雲泥の差なのだ。


 毎日が物凄く多忙だとしても、見返りが大きければやる気も出る。洗濯と一口に言っても覚えることは数限りなく無数にあり、日々を重ねて習得していけば楽しくもなって来た。


 働いてみれば、とてもやりがいのある楽しい仕事だったのだ。


 そして、運の良い私には、城で働く事になってすぐ、もうひとつのとびきりの幸運が訪れた。


 私たちが一般教養を学ぶ学校に入る頃に、一人軍人になるための学校へと入り、何年も会っていなかった幼馴染のガイが、わりとお偉いさんの軍人となって既に働いていたのだ。


 あちらから声を掛けてくれたガイは、同じ職場に顔見知りが居ると嬉しいと、私が休憩に使う場所にまで何度か遊びに来てくれた。そうして、私と会うたびに仲を深めている時に中佐だと名乗っていた彼は、私が知らぬ内に副将軍へと出世していたらしい。


 あれよ来れよという間に私と付き合いはじめてそんなに時間は経っていないというのに、ガイは七大将軍の座まで上り詰めてしまったのである。


 私より二つ上の彼は、当たり前だけどとても若い。


 この国の長い歴史を見ても最年少の将軍で異例中の異例だと、信じられない偉業だと騒がれていたものの、彼と付き合って恋人の立場にある私の心中はとても複雑なものだった。


 七大将軍というと、名前にある数の通りこの国にも七人しか居ない将軍である。この先も出世するしかないっていうか、本当に二十三歳という若さで天上人にまで上り詰めてしまっていた。


 とても当たり前なんだけど、そんな彼に嫁ぎたいと思う女性なら、私以外にも唸るほど居ると思う。


 そして、私の勘違いかもしれないとずっと思っていたけど、最近ガイの様子がなんだかおかしい。


 どちらも多忙で時間の会わない二人が必死になって時間を作り、一緒に会っているという時でも彼はどこかそわそわして上の空だ。なんなら一昨日の休みなんて、彼に会えもしなかった。


 定期的な休みの被る、二週間に一度しかない貴重な日だったのに。


 軍属であるということは、厳格な縦社会属すると言うことだ。ガイは将軍の一人にまで上り詰めてはいたものの、他の六人の将軍にはまだ頭が上がらないだろう。


 そして、私は二週間くらい前から、城中でまことしやかに囁かれる妙な噂話を耳にしていた。


 七大将軍筆頭のソーブール様の娘ジャンヌ嬢がガイに懸想していて、ガイは相手にはしていないものの、彼女はなりふり構わず必死で追い掛けまわしているようだと。


 私とガイは付き合い始めたものの、職場で気を使われるのは嫌だから秘密にしようと私が言ったので、周囲には付き合っているという事実は伝えていない。


 悪気のない噂話を聞かされても、大出世した男は大変ねと苦笑しつつ応える他、ないのである。


 将軍職に就くガイは戦勝の祝いなども兼ねて、王族主催の夜会などに出席することもこれまでにも何度もあったらしいが、私はしがない庶民だ。


 夜会に参加することなど、完全に夢の中のお話だ。


 交友関係の変わってしまったガイは、貴族の華やかなご令嬢と出会って……彼女に、恋をしてしまったのかもしれない。


 けど、彼には恋人が居るから、別れる方が先と思って……また想いには応えられず。


 そんな状況になれは、まだ付き合って一年も経っていない気心の知れた幼馴染が恋人に昇格しただけの後ろ盾も持たない女なんて、あっさりと捨てられてしまうだろう。


 哀しい苦しい辛い。


 もしかしたら、彼と会えば別れ話をされてしまうのではないかと思うと、昨日も仕事終わりに少しだけでも会いたいと言われても、断った。彼の言葉に裏があるのではないかと思うと、素直に頷けなくなった。


 このところ洗濯仕事がいつにも増して忙しいのは、幸いだ。だって、迫りくる恋人との別れの予感などの、余計なことを何も考えずに済むもの。


 儚い恋の終わりの予感は、なんとも寂しく……大好きな彼を避けてしまうという、悪循環を生み出していた。



◇◆◇



 私は軍人や騎士、そんな彼らの軍服や制服や洗濯を担当していた。


 彼らは戦闘と演習が仕事であるため、城で働く他の人間より汚れが酷い。それを落とす作業は大変で洗濯メイドの新人の仕事ではあるのだが、新人と呼ばれる時期を過ぎても私はそれを続けていた。


 何故かというと、自分の好きな人の服を洗って乾かして、整えることまで出来るからだ。ちなみにこのことは、ガイは知らない。彼が何も知らずに着ている軍服は、私が毎日せっせと汚れを落としている特別仕様なのだ。


 私は手に持っていたガイの軍服を、じっと見つめる。そして、出来心でそれを身に纏った。


「おっき……当たり前か。ガイは背が高くて……身体が大きいものね」


 私の太もも半ばになるほどの丈に、袖は長過ぎて手は出てない。


 これは彼がいつも着ている服だというだけなのに、ただそれだけで服までも愛しく思えてしまった。


 同じ職場の男性となんて、付き合うべきではなかった。


 私は失恋した男性と同じ職場に留まれるほど、心は強くあれない。彼と別れればこの城での好待遇を捨てて、逃げるように転職をしようと心に決めていた。


 今は遠くを歩いている姿も、たまに見ることが出来る。付き合っていた時は、それが喜びだったけど……別れてしまえば、きっと見るたびに、針を刺されるような痛みが胸を襲うはずだ。


「あら。パトリシア。こんなところに居たの?」


 洗濯メイドを取り纏める、初老の女性ベルガモさんが薄暗い部屋に入って来て、私は自分が長い間、感傷的な気分でガイの軍服を着てそれを見つめていたことに気が付いてしまった。


「はっ……はい! すみません。すぐに、出ます」


 私は慌てて彼の軍服を脱いで、手に持った。ベルガモさんは、そんな様子を見て何故か微笑ましいものを見るように口に手を当てて笑った。


「あっ……良いのよ。ちょうど、良かったわ。オルディナ将軍が、替えの軍服を急遽持ってきて欲しいって言われていたから。パトリシアは、確か彼と幼馴染なのよね? もう勤務時間も終わっているのに、申し訳ないけど。良かったら、届けに行ってくれないかしら?」


 オルディナは、ガイの家名だ。彼は私の住む辺りでも、名士の家系で。


 彼と付き合ってから浮かれて、それすらも忘れていた。彼は私なんかが、最初から手の届くような人ではなかったというのに。


「えっと……はい。大丈夫です」


 微妙な表情で頷いた私に、ベルガモさんはにっこり笑った。


 そんな彼女は若い頃に、恋人を戦争に亡くしてしまい、彼に操を捧げて違う人と結婚することを選ばずに、この城で今も働いている。城の中では、有名な話だ。


「……軍人が、大事な人だと大変ね。彼らの職場は、危険の多い戦場だわ。どんなに強い人だって、隙を突かれて攻撃されたり、死んでしまう可能性が常にあるから」


 私は淡々としたベルガモさんの言葉を聞いて、思わず息をのんでしまった。今まで他人事のように聞いていた、彼女のとても悲しい過去の恋。


 それは、私にだってあり得る未来なのだ。


 彼と別れてガイ以外とキスしたり、そういうことをすることが出来るのか? そう誰かに問われたら、答えは否としか言えない。


 ガイ以外と違う恋をしたいなんて、今の私は望んでいない。


「ベルガモさん……あの」


「パトリシア。こんなに薄暗い部屋で、彼の服を見つめているくらいだったら。何か自分の言いたいことがあるなら、それを伝えてみたら?」


 ベルガモさんは私が休憩中に良く居る控室に彼が来ているのを見て、軍人と付き合っていた自分と似ているようだと、思うところがあったのかもしれない。


 確かに彼が変な動きをするようになってから、まだ日は経っていない。


 いつもは、幼い頃から知っている彼とそういう事を言い合うのが気恥ずかしくて、言葉にはあまり出さないままだった。


「……ありがとうございます」


「言いたいこと言わないと、絶対にすごく後悔するわよ……残った人生、ずーっと悔やみ続けることになるんだから。貴女には、私のようになって欲しくないわ」


 ベルガモさんの微笑みは、強い人の笑みだった。けれど、私にそんな言葉を言えるまでに彼女はどれだけの涙を流したのだろう。


「はい!」


 そして、私は手に持っていたガイの軍服を畳み直して、ベルガモさんにお辞儀をしてから部屋を飛び出した。


 城の廊下をパタパタと音をさせて走り、ガイの執務室へと向かった。そんな私を見て廊下を進んでいた他の人たちは驚いて振り返っている。


 城の廊下では、走らない。これは、規則でもなんでもなくて常識である。


 後で誰かに報告されて、怒られるかもしれない。けど、それでも良かった。今はガイに、すぐにでも会いたかった。


 彼の心が離れてしまったとしても、私はガイが好きなんだとそう伝えたかった。


 位置は知っていたものの、今まで入ったことのなかったガイの執務室の扉を音を立てて開いた。


「っえ? ……パトリシア、どうしたの? なんか、親御さんの体調は、大丈夫なの?」


 いきなり入って来た私に一瞬驚いたものの、ガイはすぐに平常心を取り戻して私の方へと近付いて来た。彼には親の体調が悪くて実家に帰ったりしなくちゃいけないから、しばらく会えないと私は嘘をついていた。


 別れたくなくて。


「あのね。ガイ。私、貴方に言いたいことあるの」


「……うん? 言いたいことって、何?」


 ガイは将軍に上り詰めてしまった今でも、私の前では優しい幼馴染のままだ。軍の戦闘訓練では、すごく恐れられているって聞くけど、私の前ではずっとずっと優しかった。


「……私、ガイが好きなの。別れたくない」


 彼の顔を見つめながら、頬にはつうっと涙が伝った。言いたいことは、結局これなのだ。こんなに好きなのに私は平気と意地を張って、すんなり別れてしまうなんて、絶対に嫌だった。


 困った表情を見せると思っていたガイは、なぜか不思議そうな顔になった。


「俺も好きだけど、なんで別れるの? 俺、なんかした?」


 彼はゆっくりとこちらへと近付き、そんなことが良いと言わんばかりに、私が手に持っていた洗い立ての自分の軍服を取って床へ敷かれた絨毯の上へと落とした。


「……だって、最近変だった……」


「変? 変って、言えば……いつもとは、違ったかも。え。もしかして、浮気したと思ったの? ……俺と休日一日過ごせなかっただけで? 可愛いなあ」


 面白そうな顔をして、ガイは私の肩に両手を置いた。


「だって……だって、ジャンヌ嬢に迫られてるって聞いた!」


「うん。けど、俺は相手にしてないって、そういう噂なら知ってる。事実と違うようなら、もみ消そうかなと思ったけど、俺は事実、相手にしてない」


 その時に私の前では、いつもはぽやぽやして優しい表情を見せるガイは、少しだけ酷薄な表情を見せた。


「……え?」


「あのね。パトリシア。自分の誕生日って、いつか覚えてる?」


 私は彼に言われたことがすぐには理解出来なくて、考え込んでしまった。毎日毎日忙しくて、日付なんてあまり意味はない。繰り返す仕事の日々と、たまにガイに会える休日。


「……あ」


 昨日の日付に思い至り、私は顔を青くした。だって、ガイはいつになく熱心に誘っていた。けど、私はそれをすげなく断ってしまった。


「うん。まあ、そういうことだから。昨日会えないって言われて。予約していた人気のレストランも、泣く泣くキャンセルしたよ。俺はそういう大事な日を過ごすことを断られて、めちゃくちゃ悲しかったけど。親御さんが体調悪いなら……俺と親と、どっちが大事なのとも言えないし」


 そう言って揶揄うように笑ったので、私は彼の最近の妙な行動の理由を知り、顔から火が出てしまいそうだった。


「ごめんなさい。私……誤解してて……」


「良いよ良いよ。パトリシアは俺のことが本当に好きなんだって、再確認出来たから。良いんだよ」


 そう言って彼は私を抱きしめて、安心させるようにして大きな手で背中を何度か叩いた。


「ガイ……」


「一年に一度しかない、恋人の誕生日を一緒に過ごせなかったことは残念だけど……これからは、パトリシアを驚かせようとか、絶対に思わないようにする。自分の誕生日を忘れているとは、俺も想像つかなかった」


「ごめんなさい」


「良いよ良いよ。パトリシアは、毎日本当に忙しいもんな。仕事頑張ってる姿も好きだ。けど、俺と結婚したら、ずーっと一緒に居ようね」


 そうして、何食わぬ顔をしたガイは、大きな宝石の付いた指輪を私の指に嵌めた。


Fin

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[良い点] 軍服ヒロイン企画でこの作品を知りました。 パトリシアさんもガイくんも想いを伝えることができて良かったです。 [一言] 軍服を着たヒロインではなく、軍服を洗うヒロインというアイデアがすごいで…
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