5 紫電
眩い紫色の閃光。大気を振るわす轟音。地面が割れるような衝撃。
まるで地上から雷が遡ったかのような光景に息を呑む。
雷撃を放った本人でさえ、何が起こったのか把握できていない様子だった。
轟音から一転、静寂がこの場を支配する。
それを破ったのは魔物たちだった。
「しまっ――」
呆気に取られているうちに俺の両脇から二体の魔物が駆ける。
すぐに星の弓を引いたが矢を放つ前に再び轟音が鳴り響く。
先ほどよりも小さく、されど二体の魔物を感電死させるにはあまりある紫電。
「どうして急に――いや」
シオンの背後に映る手負いの冒険者が視界に入り、この場での優先事項を思い出す。
まずは怪我人の安全確保が最優先。俺がやるべきなのは魔物の殲滅。
「蟹座」
星の弓を星の刀へ。
残り僅かとなった魔物へと刃を向け、すべての魔物を片付け終える。
一応の安全はこれで確保できた。新手がまた現れないうちに冒険者を運ばないと。
「まだ息はあるか?」
「ありますが弱ってます」
「会話は?」
「俺の……左手……」
「ちゃんと回収してキンキンに冷やしてあるから安心しろ。運がよければまだくっつくぞ」
「そりゃ……ありがたいね」
会話が成立してるなら生きて出られる。
左手は時間との勝負だ。
対象に指定したモノを浮かせる遺物を使い彼を持ち上げる。
「急いで脱出だ!」
「はい!」
来た道を辿るようにして第一階層へと降り、シオンの案内で最短距離を行く。
大型ダンジョンで大勢の冒険者が活動している場合、入り口の当たりでは冒険者組合が医療テントを張ってくれている。
病院まで命を繋ぐのに必要不可欠な設備だ。
「退いてくれ! 怪我人が通る!」
ダンジョンを出て直ぐ他の冒険者たちに道を空けさせる。
医療テントに駆け込むと医者に彼を引き渡した。
「左手の欠損に大量出血。意識はあるけど今にも途切れそうだ。止血はしてある。あとこいつの左手だ。遺物ごと持ってけ」
「わかった。輸血の準備! 左手の接合も同時にやるぞ。病院の負担を減らしてやれ!」
すぐに医療魔法が施され、病院へと運ばれていく。
「助かりますよね?」
「現場に出てくる医者は優秀だ。命は助かるだろ。左手は……どうかな」
「くっつくといいですね」
「あぁ、そのほうが復帰も早いだろうしな。リハビリはキツいだろうが、強い意志があればまた戻ってこられる」
「強い意思……」
なにか思うところがあるのか、ぎゅっと手を握っている。
「さて、またダンジョンに戻るか。今日はこの辺にしておくか」
日はまだ高い。
携帯食料もまだ手付かずだし、体力的にはもう一度くらい挑戦できるけど。
でも、ここで無理をしないほうがシオンのためにはいいかも。
死にかけの冒険者を救ったばかりだしな。
「シオン。今日のところは……」
目と目が合い、シオンの瞳にはまだやる気が灯っていることを知る。
無理をしないほうがいいと思ったけど、この火を消すのはもったいない。
「もう一回行こう」
「はい!」
踵を返して再びダンジョンへ。
結果として俺たちはまた一つ遺物を見付けられた。
石の角を削って丸くする遺物。
一部のマニアには売れそうなものだった。
§
街の一角にある寂れた訓練場。
小さなグラウンドにの中心には案山子が突き刺さっている。
それを的として右手を伸ばしたシオンは魔法を発動した。
「エレクトロ」
紫色の閃光が轟音と共に発生し、一瞬にして案山子を打つ。
魔法が途切れると撃ち抜かれて焼け落ちた案山子がどさりと横たわる。
シオンの魔法は以前とは考えられないほど高出力になっていた。
「出力がまた上がってます。どういうことなんでしょう?」
「うーん……一度状況を整理してみよう」
案山子が再生するまでの間に頭の整頓だ。
「昨日、あの冒険者を助け出してもう一度ダンジョンに挑戦したあと、なぜかシオンの魔法は出力が落ちていった」
「はい、使うたびに。最後にはまたスタンガンと同程度になってしまいました」
あの時のシオンは滅茶苦茶しょんぼりしていた。
「ところが一夜明けたら元通り、か。原因があるとすればやっぱり」
「そうですね」
左の中指に嵌まった紫色の宝石が輝く指輪。
常に電気を帯びた遺物に、シオンはそっと手を触れた。
「でも、理屈がわからないな。それ自体は電気を帯びてるだけの指輪なのに魔法の出力が上がるなんて」
「遺物の隠れた機能、なんでしょうか?」
「回数制限つきの強化か。それも使うたびに弱くなっていく。うーん」
どうもしっくり来ない。
「試しに指輪を外して魔法を撃ってみてくれ」
「はい」
中指からするりと指輪が取れ、それを受け取る。
やっぱりぴりぴりした。
「行きます」
再び紫色の閃光が放たれ、再生したばかりの案山子を襲う。
やはり先ほどよりも出力は下がっているが十分な威力の雷撃は放たれた。
案山子がまた倒れて再生されていく。
「指輪を付けている間だけ魔法の出力が上がるってわけでもない、か」
シオンに指輪を返し、考えられる可能性を探る。
「いったいどんな機能なんでしょう?」
「いや、むしろ遺物じゃなくて魔法のほうか?」
「え?」
「魔法の前提が間違っていたのかも。例えばの話、雷魔法じゃなくて……そう、電気を蓄積する魔法だった、とか」
「……たしかに指輪の電気を蓄積していたなら魔法を使うたびに出力が下がる理由になりますね。溜めていた電気が無くなっていく訳ですから。でも、あれだけの威力の雷撃を放てるだけの電気を蓄積できていたかと言われれば……」
「んー……」
「それに元々使えていた低出力の雷はどこから?」
「生体電気とか静電気とか?」
「いくら低出力でもそれで溜まるほど弱くはありません」
「だよなぁ」
「ライトさんの説は蓄積した電気を増幅でもさせない……と」
「あ、それかも」
ぴんと来た。
「魔法が蓄積と増幅なら全部に説明がつく。シオンがどれだけ努力しても魔法が向上しなかった理由にもな」
そう告げるとシオンは口をあんぐりと開けて固まってしまった。
まだ確定じゃないにしろ、これまで魔法に捧げてきた時間のすべてがひっくり返されたようなものだ。
その衝撃は計り知れないものだろう。
「それじゃあ……私……」
「シオン、いいか? 落ち着いて」
「魔法を正しく使うことが出来れば冒険者を辞めなくてもいい、ということですよね? やった」
その表情には笑みが浮かんでいた。
シオンはこれまでより、これからのことを見ている。
俺の心配事は杞憂だったみたいだ。
「じゃあ、これでシオンの悩み事は解決か。思ったより早く終わったな」
面倒を見たのは今日を入れて二日だけか。
まぁ、それだけ早く立ち直ってくれたなら俺も嬉しい。
胸を張って師匠の元にシオンを返せる。
「あ、それでですね」
「うん?」
「魔法の扱い方をもっとよく知りたいので、もう少しご指導をお願いしたいんです」
「師匠じゃなくて俺?」
「だめ、ですか?」
「いや、いいよ」
早く終わりすぎて、すこし寂しい気もするしな。
「じゃあ、またしばらくよろしく。シオン」
「はい! ライトさん」
シオンが抱えていた問題は解決したけれど、もう少しだけ面倒を見ることになった。
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