2 ダンジョン
この部屋の一角には遺物のコレクションが並んでいる。
これまでの冒険者生活で入手した成果だ。
すこしの酒とこのコレクションを眺める時間。
それだけあれば冒険者人生は幸せだ。
そんな棚に吸い寄せられるようにシオンの視線が動く。
「遺物がたくさん」
「有用な遺物だけこうして取ってあるんだ」
立ち上がって遺物の一つを持ち上げる。
先端にスイッチがついた棒状のもの。手の平サイズ。
「これなんて便利なんだ。部屋の埃を一ヶ所に集めてくれる。掃除がすっごく楽」
「おぉー」
「それが洗濯物を乾かしてくれる遺物で、そっちが部屋の湿気を飛ばしてくれる遺物。あとこっちは蚊とか蠅を家から追い出してくれる遺物」
「便利な遺物ばかりですけど、地味ですね」
「そりゃ普段使いするのに派手さはいらないからな。そう言うのは冒険者組合のほうで買い取ってもらってるし。中には使い物にならない遺物もあるけど。あぁ、そうだ」
使い物にならないで思い出した。
「これも買い取ってもらわないと」
「それは?」
「今朝、解体したダンジョンの遺物。指輪なんだけど、常に電気を帯びてるみたいでピリピリするんだ。装飾品としての価値はないだろうから二束三文にしかならないと思うけど」
シオンが側に寄り、手の平の上の指輪を手に取る。
「特になにも感じません」
「ピリピリしない?」
「はい」
「なんでだろ? あぁ、雷魔法の使い手だからかもな」
同じ属性を持つもの同士、相性がいいんだろう。
「じゃあ、その指輪はシオンにやるよ」
「え、いいんですか?」
「どうせ使い道がないしな。あ、もしかしていらない?」
「いえ、大切にします」
左手の中指に紫色の宝石が輝く。
年頃の少女とだけあってアクセサリーが好きなのか、すこし頬が緩んでいた。
「冒険者を辞めたいって言ってたけど、それはもったいないと思う」
「もったいない?」
「いま嬉しそうだったから。いい顔してた、冒険者の顔だ」
「それは……」
「まだ一度転んだだけだろ? また前に進める」
携帯端末が音を鳴らし、飛び込みの仕事を告げる。
「まずは立ち上がるところからだ。一緒にダンジョンに行こう」
「……はい。頑張ってみます」
シオンにはまだ迷いがある。
師匠はそれを見抜いて、俺にシオンを預けたのだと思う。
なら、俺の役目はシオンを立ち直らせることだ。
一緒にダンジョンを解体して、冒険者を目指していたあの頃の気持ちを呼び覚ます。
異常なまでに低出力な雷魔法の件は、その後でいい。
世の中には魔法が使えずとも冒険者を続けている者もいる。
きっと、なんとかなるはずだ。
「ところで」
家を出て仕事現場へ。
「ダンジョンはどこに生成されたんですか?」
「あれだよ」
「あれ?」
離れた位置からでも目視できるほど盛り上がった街並み。
何軒もの住宅が押し上げられ、巨大なダンジョンが生成されている。
その入り口は巨人用かと思うほど大きい。
「大きいですね。何メートルくらいあるんでしょう?」
「もしかしたら過去一大きいかもな。眠ってる遺物も多そうだ」
「他の冒険者の方もいますか?」
「遺物を全部回収しないと解体できないから、それなりにはいるはずだよ」
「そうですか」
巨大ダンジョンを見つめるその眼差しにはすこしの憂いが混じっていた。
シオンの懸念は恐らく、前パーティーと鉢合わせるのではないか、ということ。
追い出されたパーティーと顔を付き合わせるのはキツい。
その時は俺が上手くやらないと。
具体的な案はこれっぽっちも浮かばないけど。
「よう、ライト。デートか?」
「からかうなよ、モーガン」
にやけ面のままスキンヘッドのモーガンはダンジョンへ消えて行く。
前に立って見上げたダンジョンは遠くから見た時よりも大きく見える。
入り口の天井ですら遠い。
「何階層あるのか見当もつきません」
「上に積み重なってるならまだマシだ。見たところ限りがあるからな。問題は地下が生成されてた場合だ」
二人して足下まで視線を下ろす。
「屋上の家に住んでた人には悪いけど、場合によっては解体に何年も掛かるかもな」
「案外、あっさり解体できるかも知れませんよ」
「そのほうがいいから、シオンの言うことが当たるように祈っとく」
ダンジョンがどのくらいの規模なのかは実際に入ってから確かめるとして。
「準備は?」
「大丈夫です」
「よし、行こう」
二人では初めてのダンジョン攻略と行こう。
互いに一歩を踏み出し、内部へと踏み込む。
太陽の光が届かなくなってもダンジョンの内部は明るい。
四角い石材がはめ込まれた地面はすこしだけ砂っぽくてざらざらする。
「ふぅぅ……」
「緊張する?」
「はい。でも、頑張るって決めましたから」
「その意気だ。楽しもうぜ」
シオンが楽しめるように俺も頑張ろう。
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