第十八話 過ぎた時間は戻らないけれど
無事に懸河一門第一弾の二身半持ち希望者全員が各色の色鷲になった。
紅ヤンマは、親父様とお袋様の二人目の子の芳鷲の授かりの儀までは孕まないそうだ。懸河の姫様の子守をしたいらしい。
二身半持ちになったので、もう後の人生は幸福しかないようだ。この世で一番好きな男の子を産んで、その子にはとんでもなく頼りになる兄が付いている。
次が来るまでに少し間が空くので、行きたいところがあると、貴凰に言った。
「なぜ断るのだ。どこであれ、行くと言えばよい」
「いや、なんだか断ってから行くべきだと。ま、いつものだと思ってくれ。親父様を産んだ人の店だ」
「そうか。泊まってくるのか」
「いや、顔を見せに行くだけ。伝えたいことがある」
能力の高い男の初子が女だと、更に子供が欲しくなる。高能力の者に子孫を増やさせる仕掛けではないかと思う。
女は子供が親離れしたと思わないと妊娠しないので、伴侶の女は十年以上次の子が産めない。
別の女に産ませるしかないが、親戚関係などの煩わしさがない、貸し腹の娼婦に産ませる者も少なくない。
生まれた子は貸し腹を名で呼び伴侶を母者人と呼んで育つ。子が三歳になると貸し腹は家を出る。
建物はどこでも薄茶色の石や錬成されたレンガで出来ているが、歓楽街の道には、そこが特別な場所であるのを示すために、赤いレンガが敷かれていた。
親父様を産んだ人、夜光香の店の扉の両側には、大きなホタルブクロを模した街灯が立っていた。
芳香を放ち、夜になると淡く光って虫を呼ぶ。そんな花がこの世界にはある。
街灯の下に、十代中頃に見える薄いサリーを纏った女が立っている。街娼ではなく、黒服の役割だ。
こちらは色鷲の鎧。冷やかしには見えないはず。
「ご予約は」
「いや、していない」
「この店は、一見のお客様はお断りしております」
「ああ、判っている。客ではないんだ。剛継の息子高志だ。それで判らなければ、それでいい。もしかしたら、会いたくないと言うこともあるかもしれないので、断られるのが当然のように来た」
「お待ち下さい」
女がどう思ったかは判らない。心が感じられないのは初めてだ。そんな能力もあるのだろうか。
すぐに扉が開いて、やはり肌が透けて見える薄絹を纏わせた女が立っていた。
こっちは初対面なのに誰だか判る。
「どうぞ、お入りください」
女に導かれて、階段を登り、部屋に入る。女が薄絹を脱いだ。
「客ではないのだが」
「売女をお買いになったことがないのですね。お客様ではなくとも、殿方とお話する時には、肌をお見せするものなのです」
「そうか、招かれ人なので、まだこの世界は知らないことが多い」
「これのような者に、もったいない」
「とても大事な子守がいるのだ。親父様の子守はどうしているか聞いたら、姉が二人いて、年上の方が子守をしてくれたと返された。それを言いに来た」
「そんな」
「部屋に上げてもらったが、用はそれだけなのだ。伯母者人」
親父様は色鷲を獲って鎧が出来ると、装備してこの店に来た。ご大父様も、それ以上は知らなかった。
帰ると言う者を無理に引きとめる人ではなかった。店を出ても扉は開いたままで、振り返ると、親父様が母とは呼べなかった人が、取り上げられない子供として産んだ人が見ていた。
色鷲身に転身して、ゆっくりと浮き上がる。そのまま飛んで帰った。帰ったら貴凰に詰られた。
「本当に帰って来たのか。不人情だな。お前のことだ、抱きもしなかったんだろう」
「ああ、いけないのか」
「慣れた玄人だから我慢も出来ようが、並みの女なら、そのように尋ねてきた男が、抱きもせずに帰ったら、辛いではすまん」
「そう言うものか」
「そうだぞ。帰る時にどこで転身した」
「店の前だ。外に出てもまだ見送っていたので、ずっと見られながら歩いて帰るのが、なんとなく恥ずかしくて」
「それならまだいい。化身を見せるのは、これだけの力があるから、何かあれば頼れと言ったことになる。他人が見える所ですれば、お前が目を掛けているのを示した」
「ぎりぎり及第点か」
その後、歓楽街では懸河様のお血筋が情を見せたと評判になり、伯母ではない人麗潤蕾が、娘を治癒師に戻したいと連れて来たりする。
困っている事があるのに頼れと言われて頼らないのは、相手の力を認めない失礼になるそうだ。
家を出てまだ二年にならないのに、やってくる一門の者が懐かしい。しかし、来る者に年長者がいない。
生身の両親の子では、半身一つ手に入れるのも生涯の目標で、一身半は叶うはずのない夢だった。
人並み外れた親父様に仕える者として、一身半はありえない夢であっても受け入れられたのだが、二十人組やその両親に二身半になりたいと思う者が少ない。
戦国時代に足軽になって、千石取りのお旗本にはなりたいが、大名になろうとは思わないみたいなものだろうか。
利爪が作ってくれた双身持ちもそれなりの数になっているけど、懸河一門は鳥頭か狼頭が標準で、鹿頭は希望者が稀。豹頭の希望はない。
思っていたのと違って人気がないので、ご大父様の関係者も懸河一門なので引き受けた。こちらは結構多い。
色鷲獲りが一段落したら、蹴猫の魔窟を野営地に、猛山羊と強健羊の希望者の介添えもするので、待てるなら無理に鳥頭になることはないとも言っておいた。
鹿頭からの山羊頭があるので、源流では鹿頭も人気が高い。
順風満帆なのだけど、唯一の心配事は、変に大人しくなってしまった猟蜂のこと。
今の状況に不満などあるはずがないけど、神様に与えられた錘役がお役御免になって、イベントが終了したNPCのように感じてしまう。
このままずるずると歳を取って、吾の閨を出そびれてしまったら、どうしよう。二身半持ちの女につりあう男は少ない。随分と甘えてくるのに、手掛けになる気はない。
その猟蜂がにこにことやって来る。
「明日は源流ご一門から、独角鹿狩り希望の方も来られるんですね」
「ああ、むしろそっちが多い」
「剛鋭様もお出でになりますか」
「入ってるな」
剛鋭はご大父の孫の一人で、半身獲りの介添えを十四歳に引き下げたときに来た。歳が近いので猟蜂とは仲が良かった。
「部屋を剛鋭様と一緒にして頂けますか」
「向こうは、承知なの?」
「はい、二人とも二身半持ちになって、旦那様にお仕えしようと誓い合いました」
そこまで行ってたのか。良かった。NPCの猟蜂はいなかったんだ。
「そうか、二身半は何が欲しいんだ」
「やはり、飛べるのが一つは必要だとおっしゃっていました。三身半は暴裂牛です」
独角鹿で長距離砲を手に入れて、攻撃力防御力最強の三身半で重戦車を目指しているようだ。
「お前はどうすんの」
紅ヤンマをお前呼びするようになってから、同じように時々お前と言っていた猟蜂もお前呼びしている。背追い役だったから特別。
「これは、旦那様と同じもので」
「色鵬にする予定だよ。また鳥だけどいいの?」
「はい、お願いします」
ご大父様の孫の伴侶なら、そのくらいの気持ちはないとね。
東第二砦と中央砦の間には兵員輸送車が通れる道があるので、剛鋭その他は昼前に到着した。
体調は大丈夫だと言うので、昼食後に独角鹿狩りに連れて行く。
傑物に一枡足りない二十枡刺突持ちの一撃を側頭部に受けて、打たれ弱い鹿はあっさり沈んだ。
剛鋭はこのまま残って吾の一党になり、ここで修行し色鷲まで獲るそうだ。一党最強なので、そんなに時間は掛からないだろう。
夕食を剛鋭と猟蜂が二人で並んで食べている。きっちり育てられた高位の武人と、甘えたい若い女の組み合わせは、若い頃の親父様とお袋様はこんなだったんじゃないかと思わせる。
夕食を済ませれば、もうすることはないので、寝ましょう、となる。
今日からは、閨には猟蜂が、いる。
いつもの順番で、ちょっとだけに並んでいる。
「お前、今日から部屋別にするんじゃなかったの」
「はい、ちょっとだけをして頂いてから、あちらに移ります」
そう言うシステムなわけ?