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第六話 後

 アマネは目を覚ました。自分は病院のベッドに眠っている。布団までかけられていて乱れた形跡はない。担当医師にUSBメモリを渡された瞬間、意識を失ったらしい。アマネはベッドを飛び出して、その医師の下に向かった。ナースステーションで居場所を聞く。呼び出してもらったが連絡がつかないらしい。

 「……どういうこと……?」

 あのUSBメモリを渡された瞬間に意識を失ったのだから、担当医師が何かしら関わっているのは間違いない。しかしさすがに住所までは聞きだすことはできなかった。医師に会うのは一旦諦め、メモリを自分のスマホに挿す。出てきたのは、複数枚のドキュメントだった。

 「……『立松アマネの血液は、その』……専門用語多すぎて分かんない……『細胞は特殊なものであり』……『人工的に創り出されたものであることは明らかだ』……人工的……」

 父親が水槽の中にいる人物をアマネと呼んだ。あれは外見だけ見れば『この』アマネだった。あれが本当に、『この』アマネなのだとしたら、確かにアマネは人工的に創り出された存在だ。父親が言う『ホモデウス』だ。

 アマネは次に現れたオブジェクトを見た。『死亡証明書』と書かれ、そこには生後数か月で死んだ赤ん坊の記録が書かれている。冬の路上に放置されていたらしい。

 「…………『この細胞を、いわゆる「再現細胞」として作り替え、さらにそれを基にして人体を再構成』……『脳はコンピューターで構成され、人工筋肉で』……」

 アマネはただただ目の前にある文章を読み上げる。

 「……『そしてその細胞構成は、異界人に対し』……『つまり、立松アマネの身体を起点として異界人は生み出されている』……『これが立松アマネの血液、つまり細胞が異界人に対しての武器となる理由であり、以下にその詳細を』……専門用語多いってば……」

 もしも、本当にさきほどの夢が現実で、あれが二〇一七年のことだとしたら。そうだとしたらアマネの持つ、幼少期からの家族との思い出は一体なんなのだろう。父親と姉に愛された記憶も、創られたものなのだろうか。

 「……うん、うん。うん……私……私……人間じゃ……」

 アマネはふらりと病室を出ていった。向かう先は、姉と父親を弔った墓地だ。

 「アマネ?」

 ふらふらと歩くアマネを見て、真湖が呼び止める。

 「どこ行くの? まだ外でちゃダメだって……」

 「放っておいて」

 「え?」

 「放っておいて!」

 急に叫び出すアマネ。真湖は心配そうな目をアマネに向ける。

 「だ、大丈夫? 目、腫れてるよ。何かあったの────」

 そうやって自分に向けて差し出された手を、アマネは払いのけた。真湖は悲しそうに口を噤む。アマネは一瞬我に返ったが、気まずそうに視線を逸らした。

 「……今、そういう余裕、無い」

 アマネは真湖から遠ざかった。パジャマ姿で電車に乗り、目指したのは両親の下だ。郊外にある大きな霊園の一角にある墓石。その中に姉と父親の遺灰が埋められている。月命日が来るたびにここに来るが、その時に思い出していたはずの記憶すらも、今は曖昧になっていた。

 「姉さん……父さん……」

 アマネは墓石を見下ろした。花は萎れて、線香の残骸が少しだけ。アマネは仏教徒ではないけれど、せめて安らかに眠ってくれるならと欠かさずやっていた焼香と念仏。その想いすら創られたものなのか。復讐心で強くなってきたと思ったのに、それすらも創られたものなのか。

戦いたくて戦ってきたわけじゃない。血みどろになりたくてそうなったわけじゃない。

 「姉さん……父さん……」

 自分を繋ぎとめようと、言葉を紡ぎ続ける。姉さん。父さん。姉さん。父さん。この二人しか、アマネの味方はいないから。アマネは二人を愛していたのに。愛していたはずだ。

 「……は、は……」

アマネはうずくまった。泣けもしない。アマネは吹き曝しになった。このまま全部が風化してしまえばいいのに。

 「立松アマネだな?」

 頭上から聞こえる声。そこには複数の屈強な男たちを従えた、スーツを着た男が立っていた。髪をオールバックに固め、スーツの下の引き締まった身体が垣間見える精悍な男だ。

 アマネはその顔に見覚えがあった。明神シンジ。現職の総理大臣だ。

 「まさか会うなんて思わなかった」

 明神はアマネの隣に腰を下ろした。

 「何、ですか……」

 「君に用があるわけじゃない。彼に用があるんだ」

 控えていた護衛から花を受け取り、墓前に供える。そして合掌した。

 「彼って」

 「立松零士。君の父親だ」

 父親、と聞いてアマネは顔を曇らせる。明神は合わせた手を下ろし、しばらく墓石を見る。

 「君は、こんなところで何をしてるんだ」

 「……家族のお墓に来ちゃいけない理由があるんですか」

 「そういう意味で言ったわけじゃない」

 「対調は無くなりましたよ。施設も、人も、みんな無くなりました」

 アマネは明神を見る。その目は透き通っていて、奥の空虚さが克明になっていた。

 「あなたと初めて会いますけど、あなたが対調のボスなんですよね。私はどうすればいいんですか。この先何をどうやっていけばいいんですか」

 「何を……。君が戦っていた理由は何だったんだ」

 「『それ』が全部だって、頑張ったけど、もうなんか、全部、どうでもよくなって……」

 「……そうか」

 アマネの言葉に、明神は同情するように目を細めた。

 「もう、死にたい……です」

 明神は立ち上がった。そして墓石にある零士の名を手でなぞる。

 「君が見たものは、君の脳内コンピューターに保存されていたファイルの一データだ」

 アマネはすぐさま明神の言っていることが先ほど見た夢のことだと分かった。

 「あのUSBはそのキーで、君に触れると起動し、脳内コンピューターと接続される」

 「ほんとに……ほんとにあるの? 私の中にコンピューター……」

 「ある。それが君を動かす全てだ。そして君の記憶を創ったのは私だ」

 アマネは頭が痛くなった。ゆっくりと、惰性のように首を横に振る。

 「立松から聞いた情報を、記憶の断片として君のコンピューターに書き加えたんだ。そうして君のかりそめの幼少期が出来上がった」

 アマネは明神を見上げる。その目には恐れと昏い怒りが垣間見えた。

 「どうして、そんなことを……」

 「君を異界人に対する武器として使うために。結果素晴らしい働きをしてくれたよ」

 「私に、うそを……」

 「…………」

 「……許さない」

 「…………」

 「許さないッ!!」

 アマネは明神の胸倉を掴み顔面を思いきり殴った。護衛たちがアマネを拘束しようとする。

 「いい。手を出すな」

 血唾を吐き捨てた明神はスーツを脱いだ。アマネに対峙する。

 「許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない!」

 アマネはもう感情の出す機能が壊れていた。

 「うわあああああああ!!」

 連続で拳を繰り出す。明神は手でそれらをいなす。姿勢を低くしてローキック。明神は飛び上がりアマネの顎を狙う。アマネは背を逸らしかわす。地面に手をついて蹴り上げた。明神はそれを掴んで投げ飛ばす。

 「このっ……!」

 アマネは着地し、明神に掴みかかる。明神はそれをかわし、アマネに掌底を叩きこんだ。脳が揺れる。姿勢がぐらついた────かに見せかけ、懐に飛び込むアマネ。鳩尾に拳を叩きこむ。続いてアッパー。最後に蹴り。明神は数歩後退した。

 「……やるな」

 「うるさい!」

 アマネは墓石を足場にして飛びあがる。明神はそれに合わせ拳を放った。アマネはその腕に絡みつき、間接を極めようとする。が、逆に持ち上げられ墓石に背中を打ち付けられた。

 「かはっ」

 アマネは手足を離すが、明神はまだアマネを離さない。そのまま一本背負いで地面に叩きつけられる。アマネは地面から明神を睨みつける。明神はただ、その視線を受け止めていた。

 「……立松は」

 明神が口を開いた。

 「誠実で、とても頼りになる男だった。誰も成し遂げられなかったことを成し遂げた。そして……何より娘たちを大事にしていたよ」

 「今更、何を……」

 「君の名前は、君の姉がつけた。君の姉が雪だから、妹は空らしい。逆じゃないかと立松は笑っていたよ」

 「…………うそ」

 「本当だ」

 「うそ! 嘘! うそぉ!!」

 「全てが嘘だったわけじゃない。君と家族が過ごした二年。君はちゃんと愛されていた」

 「…………うるさい」

 アマネは泣きそうな掠れた声を出した。涙でボロボロになった目で明神を睨む。

 「愛がなんだ! そんな言葉使わないでよ!」

 アマネは走り出し、護衛の一人に立ち向かった。明神は不意を突かれ、反応が遅れる。護衛を倒し、アマネはその腰のホルスターから拳銃を抜き取った。

 「やめろ!」

 明神が手を伸ばす。アマネは震える指を引き鉄にかけ、銃口を頭に向けた。


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