第五話 後
真湖は黒塗りの車に乗り込み、目隠しとヘッドホンを付けた。車が発進する感覚。しばらくして車が停まって、扉が開いた。目と耳を塞がれたまま車を降りた。手を引っ張られ、ゆっくり進んでいく。室内に入った。目隠しとヘッドホンを取られる。視界には煌びやかなシャンデリアと大理石で覆われた豪勢なフロント。高級ホテルのようだ。
「米内様、こちらへ」
サングラスをかけた女性が真湖を先導する。エレベーターに入り、一気に最上階のスイートルームまで上がっていく。扉が開くと、そこはもうすでに部屋の中だった。階が丸ごとホテルの部屋になっているらしい。
「遅かったな」
窓から東京の夜景を見下ろすスーツ姿の男性。彼は振り向くと、真湖に近づいた。
「待ちわびたよ。君との一晩は高いんだから、もっと早くに来てくれないと」
杉畑ユウキは真湖の形の良い顎を撫でる。真湖はぞくぞくと襲ってくる鳥肌で震えた。
「何か僕に言うことがあるんじゃないか? ん?」
杉畑は顎から上がって、昨日自分が殴った真湖の頬を指で摩った。化粧で隠されてはいるが、まだ痛々しい青あざは残っている。真湖はこめかみをひくひくさせながら口を開いた。
「……昨日は、申し訳ありませんでした。先生のさらなる支援をお願いしたく、再びこの場をご用意してくださったこと、心より、感謝申し上げます……」
杉畑は口の端まで届かんとする笑みを浮かべると、真湖の肩に手を伸ばした。
「うん、そうだね。よく言えました。そうだ、夜景を見よう。ここはなかなかの景色なんだ。君に見せたい」
「ええ、ありがとうございます」
杉畑は真湖の肩に手を回したまま窓に近づく。眼下には美しい東京の夜景が広がっていた。近くにはライトアップされた東京タワーも見える。
「この景色の全てが、将来僕らのものになるんだ」
杉畑は恍惚の表情で呟いた。
「僕らは選ばれし者なんだ。一般市民を支配する側の新人類。どうだい、良い響きだろう」
「え、ええ……」
「今は理解できないだろうが、近い未来で、君はこの一夜を誇りに思うだろうね」
杉畑は真湖の前に来て、髪を撫でた。
「さぁ、楽しませてもらうよ……たっぷりと、君をね」
────ま、まだ!? まだなの!? もう限界……!
『準備いいよ』
真湖の我慢が限界に達しようとしていたその時、耳に付けた通信機から声が聞こえた。
「さぁ、ベッドへ行こうか────」
真湖は杉畑を思いきり押しのけた。そして大きく息を吸う。
「一人で行ってろー! 死ね! バーカ!!」
「……はァ!?」
真湖はそう叫ぶと、踵を返してエレベーターに向かって走りだした。
「おいおい……昨日のお仕置きじゃあ足りなかったか? おい! 早く捕まえろ!」
杉畑の怒気を孕んだ指示が飛ぶ。エレベーター前に控えていたサングラスの女性は真湖を捕まえようとして────後ろ手に匿った。
「米内さん、しゃがんで!」
「はい!」
その直後、杉畑の背後にある窓ガラスが割れた。ガラスの破片を踏み砕きながらアマネがスイートルームに着地した。ヘリの風の中、フードの奥で杉畑を睨んでいる。
「ひぃっ!」
杉畑は叫び、逃げようと転びかけながらカーペットを走る。銃声が鳴った。アマネが銃口を杉畑に向けている。脚が撃たれた。アマネの血から作られた特殊弾で、異界人の回帰を一時的に制限することができる。詳細な解析によって作られた新兵器だ。
「な、なんで……なんで……ッ!」
「投降しなさい、杉畑ユウキ。あなたが異界人だというのは分かっています」
サングラスの女性────朱里が銃を構えながら杉畑を見下ろす。
「な……なんで……回帰できないんだッ!?」
杉畑は歯を食いしばる。アマネは用心のため杉畑の肩を撃つ。そして頭を踏みつけた。身体をかがめて耳元に口を寄せる。
「ごめんね、米内さんとの約束なんだ。お前は丁寧に殺してやる」
「お前ら……総理が雇ったという異界人狩り……!」
「抵抗するだけ無駄だよ。動いたら殺して持ち帰って一生実験地獄だ」
杉畑は悔しそうな表情を浮かべながら黙った。
「朱里さん、米内さんを退避させて」
「ええ。さ、行きましょう。アマネさんを乗ってきたヘリへ」
「は、はい……」
真湖は杉畑を横切る。
「真湖。一発いいよ」
真湖は一瞬何を言われたか分からなかったが、アマネが親指を杉畑に向けると満面の笑みを浮かべた。そして杉畑の顔面を思いきり蹴る。足元からから潰れた声が出た。
「すっきりした!」
「それはよかった」
ケラケラ笑いながら真湖は頷くと、朱里と共にヘリへ乗り込んだ。
「さぁ、お前も行くよ。色々とやってもらいたいことがある」
「僕は……僕は上位種なのに……こんな結末……」
「竹上ヒロシへの手土産にする。次はお前だって。色々吐いてもらうから覚悟しろよ」
杉畑は鼻血を出しながら、奥歯が砕けるほど歯を食いしばった。
「嘘だ、こんな……選ばれし者だぞ僕は……こんな、こんなところで……うぐっ!?」
アマネは刀で杉畑のうなじを貫く。
「カ……が……」
「うるさいな……キモイよ、マジで」
用心のためにもう一度、今度は頭を刺す。完全に動かなくなったことを確認して、朱里に通信をかけた。
『分かりました。回収班が向かいます』
「うん」
対調の回収班が部屋に来て、気を失った杉畑に拘束服を着させる。空中でホバーしているヘリに乗せると、アマネもそこに乗り込んだ。
「今から出発する。そっちは?」
『本部まであと半分くらいです』
「分かった。こっちもすぐ行く」
アマネは通信を切り、白目を剥いている杉畑を見る。その瞬間、杉畑の口がひくりと動いた。アマネは弾かれたように仕舞っていたネイルガンを構える。
「気のせい? いや、でも確かに────」
ポケットの中のスマホが鳴った。非通知番号だ。アマネは警戒しながらそれに出る。
『もしもし』
しゃがれた老人の声だった。
「……誰?」
『うちの杉畑がお世話になってるみたいだね』
「誰? 竹上?」
『そうだ。私を知っているのかね』
「あんたが……」
『あの女の子は、君の大切な存在のようだな。立松アマネ』
アマネは頭が爆発した気がした。
「……手ェ出したら殺す」
『おお、怖い怖い』
竹上はからかうように笑い声をあげた。アマネは歯ぎしりをする。
「聞いてんの!? お前どこにいるんだ! こっちからぶっ飛ばしに────」
「うわああああああああ!!」
電話の向こうの主がそう言ったその時、杉畑が叫びだした。拘束服の中で暴れる。口の端から泡を吹き、目もぐるぐると回っている。明らかに異常だ。
「お前……何した!」
『人間としての彼を殺した。もう彼は私の命令しか聞かないただの化け物だ』
「は……」
『せいぜい頑張って守れよ、貴様の大切な存在とやらを……この人間のなり損ないめが』
通話が切れる。それを待っていたかのように杉畑は拘束服を引きちぎり、アマネを蹴り飛ばした。アマネは窓ガラスに激突し、ガラスに亀裂が走る。
「おおおおおおおおがああああああああッ!!」
杉畑は淡い霧に包まれ、鮮やかな橙色に眩く発光した。背中から大きく鋭い肋骨のようなものが生え、胸や手足を突き刺し、そこから灰色が侵食していく。灰色が顔を覆うと、目が無くなり歯が露出した。咆哮し、腹に手を突っ込み、噴き出る血の中で細い刀を取り出した。
「運転手さん、逃げて。パラシュート。早く!」
操縦士は頷くと、ヘリを自動操縦に切り替えそこから脱出する。
「いつもの異界人と違ってちょっと人間っぽいな……」
アマネはネイルガンの弾を装填しながら立ち上がる。杉畑が刀を振り下ろした。ネイルガンを持った腕が切り飛ばされる。その延長線上、ヘリも両断された。
「────ッ!?」
ヘリが力を失い墜落していく。杉畑が一歩踏み出しさらに刀を振り上げた。アマネは右腕を回収しヘリから飛び降りた。腹の先を切っ先が掠り、腸が出かける。
「かはっ!」
街灯にワイヤーをひっかけ、アマネは落下を免れる。吐血し、腸を戻す。
「刀が伸びた……」
道路にヘリの残骸が衝突し爆発する強い衝撃の後、杉畑が爆炎から飛び出した。
「守ってみろってまさか……!」
アマネは右腕を釘で無理矢理くっつけると、ビルにワイヤーを撃ち込みながら杉畑を追う。壁を走り跳躍し、杉畑にワイヤーを付けた。自分を引き寄せる。杉畑の身体に刀を突き刺した。肌が硬く貫通しない。刃先が少しだけ入る程度だ。
「くそっ……止まれ!」
杉畑の身体から鋭い骨が突き出てくる。アマネの胸を貫いた。肺が潰れて息ができなくなる。力が抜けた。
────まずい……!
杉畑はアマネを背中から引きはがすと、地面に向かって放り投げた。アスファルトにクレーターができ、粉塵が舞う。視界から外れたらしく、杉畑は飛んでいった。アマネは起き上がろうとするが、足が完全に砕けていて動けない。
「だめだ……だめだ、行ったら……」
耳の通信機はノイズががっている。近くの公衆電話まで這って行く。対調の特別ダイアルに電話を掛けようとするが、なぜか繋がらない。近くの野次馬を捕まえて聞くが、電波障害が起きているらしい。足が歩けるまでには回復した。立ち上がり、走っている車をネイルガンで脅して止める。
「国会議事堂まで連れてって! つべこべ言わないで! 早く!」
交通違反をさせながら全速力で議事堂まで向かう。ヘリが墜落していた。朱里と真湖が乗っていたものだ。嫌な予感がいよいよ現実のものとなる。
「嘘でしょ……」
対調の本部に近づくと銃声と悲鳴が聞こえてきた。多くの死体が道端に転がっている。議事堂前の大通りが血に染まっていた。異界人となった杉畑が刀から鮮血を滴らせ佇んでいた。
「……この野郎……ッ!」
アマネがいきり立って杉畑に突っ込もうとすると、自らを諫める声が聞こえた。
「立松君!」
振り向くと、菅生が十数名を引き連れ、完全武装でこちらへ来ていた。
「……菅生、さん」
「撤退しなさい。対外勢力調査局は壊滅した。研究データのバックアップは済んでいる。ここは私たちが食い止めるから、早く逃げなさい」
菅生が腰に差している刀を抜いた。刀身は真っ赤に染まっている。アマネの血液の詳しい解析によって作られた、純度の高い刃だ。そしてもう一方の手には小銃を握っている。ゴーグルを付け、杉畑をまっすぐ見据える。
「加々美君と米内君はすでに撤退し、別の場所で落ち合うことになっている。そこに向かいなさい。そこに行くまでの時間は稼いでみせる」
「す、菅生さ────」
「さらばだ……征くぞ!」
菅生と共に菅生の選んだ精鋭部隊が怒号を上げる。そして杉畑に突っ込んでいった。
「や、やめ────」
「行くんだ!」
菅生が杉畑を切りつけながら叫ぶ。菅生の斬撃は杉畑の鋼鉄の皮膚を裂いた。
「行けぇ!」
アマネは二、三歩よろよろと退くと、菅生達に背を向けて走り出し────さなかった。杉畑にワイヤーを伸ばし、一気に加速して膝蹴りを顔面に食らわせる。
「なっ……! どうして!?」
「ここでこいつは殺さなきゃだめだ! 逃げることなんてできない! 菅生さん! みんな! みんなは死ぬんだよ!」
菅生の付けた傷に刀をねじ込む。深く刺さった。
「でも私は死なない、から! ぁああああああああ!!」
杉畑の身体に纏っている骨が展開し、アマネの背中を攻撃する。アマネは吐血しながらもさらに刀を深く入れた。
「真湖なら大丈夫だ! 朱里さんが、ついてるから! だから、ここでこいつを……!」
「全員、続け! 立松君に遅れを取るな!」
菅生と精鋭部隊は杉畑に刀を構えアマネに続く。杉畑はアマネを引っこ抜こうと骨を多く割いているため、精鋭部隊に対しての反応が遅れた。一部の者の首が飛んだが、それ以上の刀が杉畑に突き刺さる。
「銃構え! 撃てぇ!」
菅生の合図とともに、全員がゼロ距離で銃口を杉畑に向け、放つ。アマネの血が入った、異界人になるのを防ぐ特殊弾だ。異界人に撃てば身体の機能を一時的に停止することができる。
「撃て! 撃てぇ!」
「あああああああああ!!」
アマネもできた傷にネイルガンを撃っていく。杉畑の身体が少し揺らいだ。ダメージが確実に蓄積されているのが分かる。
「もっとだ、もっと────」
衝撃波。強い力の渦がアマネたちに襲い掛かった。アマネたちは吹き飛び、地面に叩きつけられ、車に突っ込み、建物にめり込み、木々に激突した。血だらけになった杉畑が立っている。どうやら先ほどの衝撃波が奥の手らしい。アマネの一番近くにいた精鋭部隊の一人はもう絶命しているのが分かった。アマネは腹に大穴が空き、左手が根元から千切れて心臓が露出しかけている。ここまでになっても脈打つ心臓が不気味だった。
「はぁ……くそ……!」
杉畑がこっちに近づいてくる。立ち上がって迎撃したいが身体が言うことを聞かない。杉畑が刀を振り上げた。あの刀は伸びる。
「ッぁああ!」
アマネは力を振り絞りタイミングを合わせて転がる。アマネが一瞬前に居た場所には大きな斬撃痕が残った。さらにもう一度。刀の向きと呼吸を合わせる。掠って耳が飛んだ。左腕が無くなっているからワイヤーで近づけない。
「うおおおおお!」
杉畑の胸から刀が生えた。菅生が背後から突き刺したようだ。杉畑は菅生を掴むと前に地面に叩きつけようとする。菅生はその手を切り落とすと着地し、アマネの下まで後退する。
「立てるか、立松君」
「行け……ます……っ!」
「よし。もう動ける者は私たち二人しか残っていないようだが、なんとかやろう」
アマネはネイルガンを右手で持って構えた。腹に開いた大穴が塞がり、捥げた左腕も肩までは辛うじてある状態だ。正直まともに動けるとは言えないが、動かねばならない。
「私が先行して近づく。立松君はネイルガンで援護を」
「了解!」
菅生が走っていく。杉畑が伸びる刀で菅生を切り裂こうとするも、その度にアマネがネイルガンで妨害する。ついに菅生が杉畑に肉薄した。
「ぐぅうっ!」
刀を弾く。いなす。弾く。いなす。一歩踏み込む。上段、振り上げ。杉畑が骨を打ち出す。身体を捻って最小限の被害に留める。肩から袈裟懸けに斬り下ろす。杉畑も刀で受け止めるが、勢いに押される。
「う、お、おおおおおおおお!」
ギリギリと力を籠め、少しずつ少しずつ押し込んでいく。肩に刀が食い込んだ。打ち出した骨が返り、菅生の背後を狙う。アマネが身体でそれを受け止めた。
「すまない!」
「いいから!」
菅生はさらに力を籠める。杉畑の肩からついに血しぶきが上がった。
「貴様は────ここで、死ね、ぇ、ええええええ!」
菅生はさらに追い込もうとするが、杉畑に鍔迫り合いから逃れられる。しかしダメージが蓄積しているのか動きが緩慢だ。菅生は流れるような動きで杉畑に絡みつき、捉える。杉畑の胸に切っ先が入った。杉畑が刀を振り上げた。アマネは危険を察知し、素早く懐に飛び込んだ。
「菅生さん構えてッ!」
刺さったままのアマネの刀を蹴り押す。杉畑の身体が大きく揺らいだ。口から吐血する。その開いた口に、アマネはネイルガンを突っ込んだ。連射する。体内に釘が次々と突き刺さる。杉畑は膝から崩れ落ちた。
「はぁッ!」
菅生が杉畑の首を狙う。杉畑は再び刀で斬撃を受け止めようとするが間に合わない。そのタイミングでアマネの弾倉が空になった。杉畑はアマネを蹴り飛ばし、菅生にぶつける。二人は重なって道路を転がった。
「立松君、いけるか!」
「だい、じょう……げほっ」
血がごぼごぼと言う音が体内から聞こえる。肺に骨が刺さったらしい。今日は肺の厄日だ。
「骨抜けるまで、ちょっと待って……」
「分かった。急いで────」
菅生は刀で斬撃を受け止める。杉畑の刀による遠距離攻撃だ。それを鞭のようにしならせ連続で繰り出し、菅生は防戦一方を強いられる。背後にアマネがいるから迂闊に動けない。
「っ、ぐあ」
身体が熱い。身体の損傷が激しいと、それを回復させようと回復の力がさらに身体を巡る。こんなに身体が何度も酷く傷ついたのは初めてだった。杉畑は自分を上位種だと言っていたが、今までと違う人間に近い見た目からしても普通の異界人とは違うのかもしれない。アマネの脳裏に、あの日の異界人が蘇った。目が無く、鬼のような面頬を付けた鎧武者の格好をした異界人。所々似たものは杉畑にもある。
「ぐぅうううっ!」
アマネは頭を振り雑念を払った。そんなことを思い出している暇は無い。
「立松君! 避けろ!」
菅生の声で我に返る。振り返ると何かが迫ってきていた。アマネは咄嗟に腕で防御するが、間に合わない。もろに攻撃を食らい吹き飛ばされる。
「な……に……?」
もう一体の異界人。人間に近い見た目。鎧に身を包み、口は無く、目から角が生えている。手には大槌を持っていて、どうやらそれで打たれたようだ。
手負いの杉畑と戦うだけでこの消耗。さらにもう一体の異界人と戦う。
「はは……」
アマネは笑った。脳みそがフル回転で頑張ってくれたおかげで、先ほどの攻撃で折れてはいるが左腕はすっかり再生した。息苦しさも無い。気が狂いそうなほど頭が痛い。
「おおおおおお!」
菅生が杉畑と戦っている。飛んだ腕は義手だったようで、未だに動きの鋭さは健在だ。杉畑はあと一押しで倒せる。もう一体の異界人はアマネにとどめを刺そうとこちらにきている。アマネは最後の弾倉をネイルガンに込めた。
「菅生さん! 今行く!」
アマネは走り出した。大槌を持った異界人がアマネを追う。アマネは脚が砕けるほど力を籠め走る。次の瞬間には杉畑に接敵した。本当に脚がぐちゃぐちゃになったが、しかし脳みその能力の枷が外れているおかげで、砕けたと同時に再生する。
「……ッ!」
菅生はアマネと呼吸を合わせ、アマネと位置を交代する。大槌の異界人が武器を振り上げる。アマネは弾幕で牽制した。菅生が大槌の異界人と向き合う時間を作る。アマネは杉畑の腹に刺さった刀を抜き取った。逆手に構えて狙う。杉畑が伸ばした刀でアマネを両断しようとする。アマネは足で抑えて無効化した。
「うううわああああああああああ!!」
刀を振り切る。杉畑の首が飛んだ。しかしそれを杉畑の手が掴む。アマネがその腕を斬った。首が道路を転がる。
「もう────終われッ!」
アマネは落ちた首を踏みつけた。渾身の力を込めて踏みつけた。首は完全に破壊される。
「終わった! そっちは────」
アマネの身体に何かがぶつかる。菅生だった。
「よく……やった……」
「菅生さん……?」
菅生は頭から血を流し、目の焦点も合っていない。声も掠れ、一目でもう限界だと分かる。
「さぁ……もう、ひとふんばり……」
菅生は立ち上がる。しかしふらふらと身体が揺れている。
「も、もう無理だよ! 菅生さん!」
アマネは思わず叫んだ。アマネは菅生に父を見ていたから、菅生に死んでほしくなかった。
「最後の最期だが……君と戦えてよかった……僕は今までの、君の働きの少しだけでも……報えた……なら、いいが……」
大槌の異界人が迫ってくる。アマネは菅生を庇うようにして前に立った。
「もういい! 立たなくていい! 充分報いてくれたから!」
「せめて、君の肉壁になれればと思ってたが……こんな年寄りでも案外……役に……」
「喋らないで! 後は私がやるから!」
アマネは大槌の異界人に向かう。ネイルガンを放つが、やはり肌が硬い。杉畑にやったように体内に直接流し込まないとこのネイルガンでは効果が薄い。ならば刀だ。しかし大槌の攻撃はこの刀で受け流せない。菅生の日本刀と違い、アマネは義手に仕込む関係から刀が小さいからだ。アマネは吹き飛ばされる。 身体の回復が早いだけでは勝てない。
「あぐっ」
倒れたところで、大槌が振り下ろされる。頭が砕かれたらお終いだ。身体をずらして胴体に食らって、一時的に意識が飛ぶ。ゴルフのように横側から撃たれて並木にぶつかる。血を吐いた。いよいよ戦えなくなるほど頭が痛くなる。強制的な超回復が身体を蝕んだ。
「はは、もう、やだ、勘弁してよ……」
異界人が目の前で槌を振り上げている。アマネはそれを避けると、槌の柄を伝って駆け上がる。至近距離からなら勝機はある。が、読まれ身体を掴まれると、道路に叩きつけられる。足で踏みつぶされそうになり、刀を立てて避ける。足に刀が突き刺さったが、そのまま持ってかれてしまった。槌が迫る。腕で防御する。吹き飛ばされる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息が荒げる。脳が揺れる。もうだめだ、そんな言葉がよぎった。もうネイルガンの残弾はほとんど残ってない。刀も手元に無い。戦える物が無い。
「立松君」
アマネの肩に手が置かれた。菅生だ。息も絶え絶えになった菅生が、アマネに微笑む。
「ありがとう……もう充分頑張った」
「え……」
「後は……大人に任せてくれ。今までこんな過酷なことを君のような子供にさせていた、愚かな大人でよければ……」
菅生は刀をアマネに持たせた。
「君の血で作った刀だ……それが一番純度が高い」
「す、ごうさ」
「君の血に関するデータだが、それもちゃんと保存してある。君の知りたいことの手助けになればいいが……」
「だめだよ、菅生さん!」
「対調は君と加々美君に託した。異界人がどうの、なんて大人の都合は気にしなくてもいい。君は君のすべきことをなさい」
「菅生さんっ!」
菅生はアマネを押しのけた。
「走りなさい! 振り返るな! 逃げろ!」
「い、いやだ」
「これは命令だ!」
「いや────」
駄々をこねたように首を振るアマネの頭を、菅生は優しく撫でた。
「今まで、よく頑張った」
菅生は駆け出した。異界人に接近する。菅生の思惑を悟ったアマネは叫ぼうとする。しかしその一刹那前に、菅生は────自爆した。国会議事堂の前に、大きな穴が空いた。