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第五話 前

 「それでは、現段階で分かっていることをまとめます」

 朱里が手元の書類を見ながら言った。部屋中の目線が彼女を見ている。その中にはアマネもいた。対調本部、会議室。対調における各部門の責任者たちが一同に会し、異界人についての対策を考える定例会だ。

 「先日の異界人、元『古田ジュウゾウ』から提供された情報によると、彼は現与党の有力議員『竹上ヒロシ』によって異界人にされたこと、そして竹上が組織の首魁である可能性が高いことがわかりました」

 「話はより単純になったというわけだ。竹上の首を取れば我々に勝機が見える」

 朱里の言葉を菅生が引き継いだ。

 「しかしそれと同時に我々はドツボにもはまっていた。私たちが今まで調べ、捕まえ、調査し、そして殺してきた異界人は全て組織の切り捨てだった」

 会議室に動揺が走る。続いて朱里が口を開いた。

 「私たちが芋づる式に調べ上げていった異界人は、我々に見つけられるべくして見つかった。そして我々は組織の手のひらで踊らされていた」

 アマネが「ねぇ」と朱里を遮るように声を上げる。会議室中の視線がアマネに集中した。

 「それの何が問題か、イマイチ分かんないんだけど。ここって異界人を殺すための組織でしょ。なら今まで通り異界人だったら殺せばいいじゃん」

 そして心の中で、「ま、私が全部やるんだけど」と毒づいた。アマネは心がささくれ立っている。アマネの質問に朱里が答えた。

 「あまりこういうことを言うものではないのですが、私たちの直属の上司である現総理から催促が来たのです。竹上は世間の支持も多く、政界の実力者でもある。次期総理は確実という見方が大半です。なによりタイミングが悪いことに、もうすぐ衆議院の解散がある」

 「異界人を首相にしちゃまずいって話? なったところで殺すことに変わりはないでしょ」

 「それは……」

 口を噤ませた朱里に菅生が口を出す。

 「大人の事情というわけだ、アマネ君。官邸には官邸の思惑がある。私たちはあくまで異界人を殺すための組織。余計なことを考える必要は無い」

 「ふぅーん……」

 アマネは背もたれに深くもたれる。菅生の言う通りかもしれない。小難しいことはよく知らない。自分はただ、目の前にいる異界人を殺すだけだ。

 「とにかく」

 菅生が立ち上がった。

 「我々に必要なのは情報だ。捨てられた異界人とは言え、捨てられた理由は各々違うはず。それはなんなのか。徹底的に洗い出せば、何かしらの情報を得られるはずだ。これまで以上に異界人について注視するように。以上、解散」

 会議が終了し、各々がそれぞれの持ち場に戻っていった。

 「アマネ君」

 席を立ったアマネを菅生が呼び止める。アマネは億劫に思ったが菅生だから返事をした。

 「……なんです」

 「先ほどはすまなかった。僕たちにも詳しいことは計りかねるんだ」

 「いえ……気にしてないです」

 「君に報えるように我々も全力を尽くすよ。ありがとう」

 「……こちらこそ、ありがとう……ございます」

 アマネが口ごもりながら言うと、菅生は「ああ、ごめん」と苦笑しながら言う。

 「それと、定期健診の連絡をしているのになかなか時間を取ってくれない、とうちの医療部が嘆いてね……これから行ってもらえると助かるんだが」

 「来てた? うそ」

 アマネはポケットからスマホを取り出す。今日は実を言うと一週間ぶりに対調に顔を出した日で、その一週間一度もスマホを開いていなかった。一週間前。古田を殺した日だ。スマホには着信履歴とメッセージの通知が数えきれないほど届いていた。アマネは顔を顰める。

 「ごめんなさい菅生さん! 今すぐ行きます!」

 「ああ、いいんだよ。せっかくだ、加々美君に送らせ────」

 菅生は振り返るが、そこには朱里はいなかった。菅生は目尻に皴を寄せる。

 「そうだった。次の仕事があるって言ってたな」

 「いいです、私一人で」

 「いや僕も行くよ。ここは入り組んでるから。よく加々美君から迷ってるって話を聞くよ」

 「そ、それは! ……いえ、ありがとうございます」

 「うん、じゃあ行こう」

 菅生は会議中の厳格な様子が鳴りを潜めていて穏やかだ。二人が歩くとアマネのローファーの音と菅生の杖の音が重なって響く。アマネはどうもぎこちなく、気まずい空気の中にいた。

 「いつも、アマネ君には悪いと思ってるんだ」

 「もう、菅生さんいっつも謝ってばっか」

 アマネの冗談めかした言葉に、菅生は目じりを下げた。

 「本気でそう思ってる。異界人と戦う時、僕たちがどれだけ周到な準備をしようがいつもアマネ君に任せてしまう。僕たちにできることはせいぜい交通封鎖や情報操作くらいだ」

 「そんなこと、ないです。みんなにはいっぱい助けてもらってるので」

 「そう言ってくれると、報われるよ。ありがとう」

 菅生は左手でアマネの頭を撫でた。アマネは顔を真っ赤にする。

 「あ、ごめんよ。ついつい……セクハラだったかな」

 「い、いえ。そんなことないです。大丈夫です、気にしない……です」

 菅生は目の前にあるエレベーターのスイッチを押した。

 「毎回、定期健診のたびに立松君から血を取っているね。君の血液の中に入っている物質の解析が、もうすぐ終わりそうなんだ」

 アマネは目を丸くした。

 「ほんとですか……!?」

 「ああ。君の血液の何が異界人に効いているのか、それさえ判明すればより強力な武器を作ることができるし、君のご家族の真実にも近づけるかもしれない」

 「……そう、ですか」

 「もう少しの辛抱だ。もう少しで我々は君と戦える。……もしかしたら僕も肉壁くらいにはなれるかもしれない」

 エレベーターが到着し、扉が開いた。菅生は目線でアマネを中へ促す。

 「僕たちが頼りない大人であることを許してくれ。それでも君の力が必要なんだ」

 アマネは顔を赤くさせながら頷いた。菅生をちゃんと見れない。

 「と、取引ですから。私の役目は分かってるつもりです」

 「うん、ありがとう。これからも頼む」

 扉が閉まり、エレベーターが動き出す。一人になって、アマネは壁伝いにづるづるへたり込んだ。そして髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

 「バカたれ、私」

 頬に手を当て、顔の熱さを自覚した。ポケットに入れたスマホから音が鳴る。見ると真湖からのメッセージの通知だった。内容を確認せずに再びスマホをしまい込んだ

 「くそったれだ、私……」

この前の真湖への拒絶を思い出した。あれからずっと気分がどこか落ち着かない。アマネはスマホの電源を落とした。またアマネの心がささくれ立った。


 翌日アマネが学校に行くと、真湖の姿は無かった。アマネは少し安堵する。毎日毎日真湖と顔を合わせて、気まずい思いをするのに辟易していたからだ。結局、真湖は遅刻してきた。それは珍しくないことだが、いつもより表情が暗い。暗いと言うか、追い詰められているような面持ちだった。そして顔にはガーゼが張ってあり、目の下には酷く濃い隈がある。

 「あ……」

 真湖はアマネと目が合って、一瞬口を開きかける。しかし真湖は目を逸らすと肩を小さくさせながら席に収まった。アマネは小さく舌打ちをした。

 「胸糞悪……」

 アマネは見た真湖の身体に橙色の影を見た。それは異界人の残滓だ。真湖の身体に起こったことを理解すると、アマネは身体じゅうを掻きむしりたくなった。なんて勝手だろうか。自分は避けていたのに。真湖は友人でも家族でも大事な人でもないのに。そうやって自分を言いくるめてきたはずなのに。気づくとアマネは立ち上がり、真湖の机まで脚を運んでいた。

 「あ、アマネちゃ────」

 「来て」

 真湖の腕を取り、教室の外まで引きずり出す。その様子をちょうど教室に入るところだった教師が呼び止めるが、アマネは意に介さない。

 「ちょ、ちょっとまってアマネちゃん!」

 「ここじゃできない話だから」

 「ええ!?」

 「いいから自分で歩いて!」

 真湖の腕を引きながら外に出て、校舎裏まで連れていく。

 「な、なんなの!?」

 アマネが手の力を緩めると真湖は無理矢理引きはがす。

 「電話出ないくせに! いきなりこんな!」

 「昨日、誰と、どこで、何してたの」

 急なことに動揺して喚き散らしていた真湖はアマネの質問に動きを止めた。

 「ア……アマネちゃんに関係無いでしょ」

 「この間言った仕事に関係がある」

 「死ぬかもしれないっていう? 嘘。そんなわけないでしょ、私アイドルだよ。アマネちゃんのところみたいな危険なものとは違う」

 「分かってるでしょ!」

 アマネは叫んで、真湖の肩が震えた。

 「私と関わったからそういうことになってるんだよ……!」

 アマネがそう言った瞬間、真湖は泣きそうな顔をしてアマネの顔をぶった。

 「だったら何!?」

 真湖の声が耳に突き刺さった。

 「私になんて言ってほしいわけ!? 『アマネちゃんと関わったのが間違いだった』って!? 『金輪際私には近づかないで』って!? ふざけないでよ!」

 真湖は泣きそうな顔をしながらアマネの頬をしたたかに叩いた。アマネは叩かれた頬に触れた。痛みは無いはずなのに、熱い。

 「全部自分が悪いみたいな言い方しないでよ! そんなわけないし! 私にあんなことしてきた奴が一番悪いに決まってるじゃん!」

 もう一発。今度は胸を殴る。アマネはよろけた。

 「じゃあ責任取ってよ! アマネが責任取ってそいつら全員ぶっ飛ばしてよ! これからもそういうことしそうな悪い奴を全員ぶっ飛ばしてよ! それがアマネの言ってたすべきことなんじゃないの!?」

 「…………っ」

 「自分のせいにして私から逃げないでよ! てかあの別れ方はナイと思いますけど! 私何一つ納得してないからね!? 勝手に自罰的になって勝手に気まずくなるなばぁーか!!」

 真湖は言いたいことを言い終わると、肩で息を荒げながらアマネを睨んだ。

 「じゃあ、はい。どうぞ。次アマネのターン」

 「え、いや……」

 「じゃあ私の勝ちね。あの日の発言を訂正して謝罪しなさい」

 「いや、ちょっと待って」

 真湖はスマホを取り出すとアマネの前に掲げた。動画を撮っているようだ。

 「はい。どうぞ」

 「え、えっと、その、色々、まぁ、言い過ぎたっていうか、うん……」

 「で?」

 「ご、ごめんなさい……?」

 アマネはなぜ今自分が謝っているのか理解できなかったが、真湖が泣きはらした目で笑っているのを見てそんなことはどうでもいいと思った。

 「私に逆らったらこれネットに晒すからね。私フォロワー七十万いるからすぐ拡散するよ」

 「逆らったら……?」

 「とりあえず私のことを名前で呼びなさい。真湖、はい」

 「ま、真湖」

 真湖は名前を呼ばれるとふにゃっと相貌を崩した。

 「うん。あとさっき言ったみたいに、責任取って」

 「責任……」

 「悪い奴らぶっ飛ばしてよ」

 真湖はそう言うと頬のガーゼを外した。そこには青あざが浮き出ている。

 「少なくとも、これの分くらいは」

 「……それって」

 「抵抗したの、昨日。一週間くらい断り続けたんだけど無理で。そしたら殴られちゃった。なんか議員さんなんだって。俺に逆らうなって言われて、こうなった。今日もう一度行って謝るように言われたの」

 「……誰から?」

 「社長」

 アマネはゆっくりと真湖の青あざに手を伸ばす。真湖は一瞬身体を強張らせるが、少しずつ緊張を解いた。アマネは指の背で優しく撫でる。アマネはその傷を熱く感じた。

 「分かった。責任取る。これ以上真湖に危害は加えさせないよ」

 「よろしい。あーあ」

 真湖は地べたに座り込んだ。身体が少し震えている。心なしか声も不安定だ。

 「……アマネ。しくじったらネットの晒し者なんだから。しっかりやってね」

 「うん。任せて……あと、ほんとに」

 「くーどーい。守ってくれるんでしょ?」

 「絶対に守る」

 「じゃあ…………いいよ…………」


 「……ここ、どこ」

 真湖が目を覚ます。何かに運ばれているようだ。

 「起きた?」

 「え、アマネ!?」

 真湖は目を覚ます。アマネに背負われているという現実を認識すると、少し顔を赤くした。

 「……ごめん、重い?」

 「重いよそりゃあ。人一人運んでんだから」

 「さいってい!」

 「はいはい」

 真湖はそこで自分たちと並んで歩いているパンツスーツの女性に気付いた。

 「あ、どうも。私は加々美朱里。アマネさんの補佐をしています」

 「今から真湖を匿うための部屋に案内するから。そこで色々説明する」

 真湖はイマイチ状況が掴めないまま部屋まで運ばれる。そこのベッドに腰を下ろした。アマネは椅子に座り、朱里は扉の傍に立つ。

 「では端的に言います。米内さんに昨日行為を強要した男は、異界人という怪物です。私たち対外勢力調査局は、そんな怪物を殲滅するための国家機関です。ちなみにこれから話すことは機密事項ゆえ、外部に漏らしたらそれなりの罰則がありますのでご容赦ください」

 「あ、はい……」

 いきなり朱里から出された意味不明な言葉の羅列に真湖は混乱する。

 「異界人は普段人間に擬態します。それは現状私たちには見分けることは不可能なのですが、唯一アマネさんだけが可能です」

 「だから私は戦ってるんだ。あと、私の家族が一年前に異界人に殺されて、どうして殺されなきゃいけなかったのかを知るためにも」

 「え、ええ、うん……こ、殺され!?」

 「気にしないで」

 「あ、うん……分かった……」

 絶対に気にしないでの一言で片づけるような問題ではないが、真湖はどうにか飲み込んだ。

 「話によると、今日もう一度赴くとのことでしたが、相手は同じですか?」

 「は、はい。衆議院議員の『杉畑ユウキ』っていう……」

 真湖の出した名前を、朱里は端末にメモする。

 「杉畑ユウキ……竹上派の若手有力議員ですね。繋がりました」

 「その杉畑から辿れば、竹上に近づけるってこと?」

 アマネに朱里は頷いた。

 「分かった。なら丁寧に殺すよ。芸能事務所の社長はどうする?」

 「そちらは私たちで手を回します。とにかく今は杉畑です」

 「そうだね」

 アマネは立ち上がり、真湖を見る。

 「真湖はここにいて。安全が確保されたら外に出れる。その後もできる限り護衛は付けてもらえるから安心してね」

 「ま、待ってよ!」

 真湖はベッドから飛び出すとアマネの手を掴んだ。

 「今から行くってこと?」

 「そうだけど。私が真湖の格好をしていこうかなって。相手が暴れても、まぁ勝てるよ。今までもそうだったし」

 「わ、私が行く!」

 アマネは首を振った。そして掴まれている手を離させる。

 「そんなことさせられない」

 「……そもそも私、その場所を知ってるわけじゃないの。事務所から行ったから。車の中で目隠しとヘッドホンされて、ホテルに着いてから外されたの」

 「……でも」

 「私は大丈夫だよ。あいつ、悪い奴なら金玉蹴り上げてやる」

 「でも────」

 「私もそれが良いと思います」

 朱里がアマネを遮った。

 「さすがに変装で騙せるのに限度があります。米内さんが呼ばれているであろう地下の会員制クラブの警備はそこまでザルではないですよ」

 「そうだよ! 私が行くべき!」

 アマネはすこぶる顔を顰めて「嫌だな」と言った。気分が悪いのを隠そうとしない。

 「嫌だ嫌じゃないの話じゃないの! やるの!」

 「うーーーん……」

 「せ、き、に、ん」

 「……分かった。やるよ」

 「うん、よろしい」

 アマネが渋々折れると、真湖は満足といったように頷いた。

 「では、こちらでも準備に取り掛かりましょうか。アマネさん、行きましょう」

 「うん。じゃあ真湖、またあとで」

 「りょーかい!」

 真湖の部屋の扉が閉まり、朱里と二人で廊下を歩く。

 「ずいぶんとまぁ仲がよろしくなったようで」

 朱里の少し刺々しい声音に、アマネは苦笑する。そして目線をさまよわせた。

 「今更虫が良すぎるかな……」

 「後悔か不安かどれですか」

その言葉に、アマネは歩みを止めた。

 「今までは面倒いちいち作戦を告げても面倒だ、そんなことより戦わせろ、みたいな顔が多かったので。アマネさんの今みたいな顔は見たことがありませんでした」

 「……不安は無いよ。朱里さんたちに任せれば真湖は大丈夫だ。私も戦うし」

 「ええ、最善を尽くします」

 「後悔は……めっちゃある。異界人が絡んでたとはいえ、やっぱり私は真湖と関わるわけにはいかないよ」

 「……どうするつもりですか」

 「どうしようかな……」

 アマネは諦めたように笑った。

 「責任取るって言っちゃったよ、私」

 「ちょっと嬉しそうですよ」

 「やばいね」

 「やばいですよ」

 アマネは頭を掻いた。そして朱里の二の腕を小突く。

 「真湖、守んなきゃ。ちゃんとやってね」

 「言われなくても、そのつもりですよ」

 朱里もアマネを小突き返した。



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