第四話
夜の首都高に多くの車が走っている。遠くから見ればヘッドライトの光がイルミネーションのようで綺麗だと思うのだろうが、あいにく近くから見ればただの騒音と光害だ。
そう考えながら、アマネは案内標識の上に座っていた。普段の制服姿ではなく、黒いシャープなジャージに深くフードを被りマスクをしている。普段『仕事』をする時の格好だ。肩には刀をかけ、腰にはネイルガンと、もう一丁銃を下げている。耳に付けた通信機から、朱里の声が届く。
『もうじきそこを通ります。ナンバープレートは先ほど言った通りです』
アマネは手に持っている双眼鏡を覗いた。
「確認した。運転手は?」
『できる限り殺さないでください。後処理が面倒なので』
「頑張るね」
『では、ご自分のタイミングで』
アマネは案内標識から身を投げた。そして車のボンネットに着地する。車はハンドルを切って壁に激突する。飛び出たエアバッグをかいくぐりながら、扉を開けた運転手が叫んだ。
「な、何やってるんだ! お前────」
アマネは取り出した麻酔銃を運転手に撃った。強力な麻酔を撃ち込まれ、運転手はすぐさま意識を失う。そして後部座席の窓を叩き割り、中にいた男を引きずり下ろした。
「ひぃっ……」
男はアスファルトに放り投げだされた。アマネはネイルガンを握りながらゆっくり近づく。アマネには分かった。異界人だ。
「古田ジュウゾウ」
古田はでびくりと身体を震わせた。アマネは頭の中であらかじめ渡されていた資料に載っていた顔と同じであることを確認すると、ネイルガンを撃った。釘が古田の肩に深々と刺さる。
「ぐがッ……!」
背を向けて逃げようとする古田の背中を撃った。腿、さらに腹。古田はついに倒れた。
「あ……ああああああ……!」
古田は痛みにもがく。痛みに頭が一杯で、回帰することが抜けているようだ。アマネが近づく音が聞こえて、おびえ切った表情を浮かべる。アマネを振り返った。
「や、やめて! 殺さないでくれ、頼────」
そう言い切る前に、アマネは古田の額を撃ち抜いた。古田は動かなくなった。
異界人も人間並みに痛みは感じるが、人間状態では死なない。仮死状態になるだけで、絶命まではしない。異界人にとっての絶命とは怪物状態の時のみになるものだ。命を落とし身体に火が付くとき、その瞬間初めて異界人は死ぬ。
「朱里さん。終わった」
『お疲れ様です。回収に向かわせます』
アマネの隣に救急車が停まる。これは偽装で中身は対調の護送車だ。救急隊員の格好をした対調の職員が現れ、古田の身体を担架に乗せ拘束する。酸素マスクを模した機械で麻酔を吸わせた。アマネの血液から作られた異界人用のものだ。職員たちは古田を中に運び込む。
「立松さん、ありがとうございます。では我々はこれで」
「うん。よろしくお願いします」
職員たちは救急車に乗り、サイレンを鳴らしながら首都高を走り去った。目的地は対調の本部だ。アマネが先日無力化した有明ユウスケを始めとする人間状態の異界人や、異界人の遺体がそこに集められ情報が収集されている。近くにまた別の車が停まった。朱里が窓を開けてアマネを呼ぶ。アマネはどかりと車に乗り込んだ。
「ふぃー、おつかれ」
「お疲れ様です。お水飲みますか」
「ん、さんきゅ」
アマネは渡されたペットボトルのふたを開け、喉を鳴らして水を飲む。
「緊張したぁ。回帰させる前に無力化なんて未だに慣れないな」
「それでも毎回完璧にやってくれるじゃないですか。さすがです」
「それで? また拷問するの?」
「ええ、まぁ。一応尋問って言ってほしいですけど」
「私も手伝う?」
「いいえ。有事に備えて待機はしてもらいますが、基本はこちらに任せてください。さすがに回帰していない異界人程度なら対応できますから」
「分かった。じゃあしばらくゆっくりしてるわ」
「はい、お願いします。最近異界人絡みの事件が多かったので、身体を休ませてください」
「お言葉に甘えまようかしらぁ」
微笑した朱里は頷くと、車を発進させた。
アマネは家に帰りシャワーを浴びた。汗にまみれた身体を洗ってすっきりした後、髪を拭きながらベッドに倒れ込む。
「来週は学校行かなきゃだめだよなぁ……」
心底気が乗らない、といった表情を浮かべる。そしてテーブルを見る。そこには『助けてくれてありがとう』という手紙と、今週末に開催されるライブのチケットがある。もちろん、米内真湖からのものだ。
学校に異界人が現れて以来、アマネは登校するのをやめていた。そこから立て続けに異界人を倒していたのもあるが、何より真湖に対して、先日の事件について何をどう説明すればいいのか分からなかったからだ。避けていると思われるのも面倒だし、話すと約束してしまった手前、非常に悩ましい。
「ああ、もう。やめやめ」
ベランダに行き、新鮮な空気を浴びる。持ってきたコーヒー牛乳の瓶を開けて一口飲んだ。眼下には地上のイルミネーションとも言うべき美しい夜景が広がっている。
「ここにどんだけの異界人がいるんだろう……」
異界人が分かる感覚は応えない。たとえ望遠鏡を使っても、距離が近くならないと反応しないのだ。アマネにもそんなことは分かっていた。しかしアマネには、この夜景の一つ一つが憎かった。異界人が回帰するときに放つ光の色はとても美しい。だから美しいものは嫌いだ。美しいものは汚したくなる。それはあるいは自らの血で。あるいは彼らから発する炎で。
「お姉ちゃん……お父さん……」
日を追うごとに家族との思い出が消えていく気がする。まだ身体が熱い。まだあの炎に包まれている気がする。早く解放されたい。早く消えてしまいたい。右腕のケロイドを見た。それは酷く醜くて、アマネは安心した。生きててよかった。そうやって死ねる夜を探してる。
「おはよう、アマネちゃん!」
月曜日になり、アマネは久々に学校に登校した。席に着くなり真湖が話しかけてくる。真湖はいつもと様子が違い、顔を赤くしながら言葉を探すようにしゃべっている。
「……はよ」
「あ、あの……この前は、色々ごめん。迷惑……かけちゃったよね。あれから私、お仕事が忙しくて学校行けてなくて……ライブ、来てくれた?」
アマネは目を逸らす。真湖は首を振った。
「い、いいの! アマネちゃん、いろいろ忙しいもんね。助けてくれてありがとうの、印だから……その……」
妙な真湖の様子に、どうにも調子が狂う。アマネはため息をついて頭を掻いた。
「……話してないよね? あのこと」
「も、もちろん! すごい怖い書類だったし……」
機密を漏らさないことを約束させる同意書には、異界人の件について他言した場合、その相手がたとえ家族でも即逮捕され、記憶消去措置が取られるといった旨が書かれている。
「そ、それでね……あのことの、説明、なんだけど……」
「…………」
「私、別にいいよ」
「え?」
身構えていたアマネは予想だにしない答えに、思わず素っ頓狂な声を出した。
「多分説明されても分かんないし。アマネちゃん、すごい話すの嫌そうだったから……」
どうやら相当表情に出ていたらしい。アマネは内心ほっとした。
「でもそれとは関係なく、変な男の人から助けてもらったお礼、まだしてないよね。だから何かさせて?」
「はい?」
「私なんでも奢るから!」
これ以上関わらなくて済む、と安心した矢先に飛び出た提案に、アマネは理解が追い付かなかった。数日前もこんな会話をした気がする。また大騒ぎされたら非常に面倒だ。
「いいよ、別に。そんな目的で助けたわけじゃないし。ていうかチケット貰ったから」
「アマネちゃん来てないし、あれは怪物から助けてくれてありがとうのやつだから。話が別だよ。ていうかそもそも行こうって話だったじゃん」
「いや言ってない」
「今日の放課後、何か予定あるの?」
「無いけど……」
「じゃ大丈夫だね! とっておきの喫茶店があって! アマネちゃんにも来てほしいな!」
眩しい笑顔を向けてくる真湖に、アマネは目を瞑った。まさかこんな展開が待っているとは夢にも思わなかった。
「気持ちだけ……受け取っておくから。私がいいって言ってるんだからいい」
「ほんとに……?」
真湖はアマネの手を取り潤んだ瞳で上目遣いをしてじっと見てきた。アマネは思わずたじろぐ。これが現役アイドルの力か……と呟きそうになった。アマネは「んんっ」と咳払いした。
「あー……分かった。分かったよ。これ一回だけだから」
それを聞くと、真湖はぱぁああ! という効果音が出そうなほど顔をほころばせた。
「うん! 絶対楽しませるから!」
アマネの手を握りながら接近してくる。アマネはそれに退いた。壁際まで追い込まれる。行った場合の面倒さと行かなかった場合の面倒さを比べたら圧倒的に行った方が楽だが、やはりこれはこれで面倒だった。
────め、めんどくさい……。
アマネはそう言葉に出さないことで精いっぱいだった。そして放課後になり、二人は街に繰り出す。真湖の手に引かれながら、アマネはしぶしぶ真湖に付いていった。
「アマネちゃん、こっちだよ」
真湖がアマネを連れてきたのは、都内の奥まった場所にある小さなカフェだ。ぱっと見では見つからないところにあり、分かったとしてもそれは一見ただの民家にしか見えない。しかし扉の前にかかっている小さな黒板には店名と営業時間が書いてあった。
「ここ!」
真湖が扉を開けると、カランカランという音が鳴った。中は狭く合計で八席ほどしかない。外に席もあるが三席。本当にこぢんまりとしたカフェだ。奥の席に座って、店員に注文する。
「季節のサンデーふたつと、アイスのカフェラテください。アマネちゃんは?」
「……じゃあ、アイスコーヒー」
「かしこまりました」
店員はキッチンに下がる。おそらく店員と店主だろう、二人で店を切り盛りしているようだ。先にアイスカフェラテとアイスコーヒーが運ばれてきた。
アマネは周囲を見渡す。客はアマネたちの他に二組。小さくかかっているジャズ。カラフルな椅子や机はバラバラで、棚には様々な本やアナログゲームが積み重なっている。とても静かだ。だが重苦しい静かさではなく、身体に馴染む静けさだった。
「良い雰囲気でしょ。ここ、好きなんだ。友達連れてきたの初めて」
「……うん。まぁ、悪くないかな」
「でしょー?」
真湖は笑って、カフェラテに口を付けた。「おいしー」とはにかむ。深く座り直したアマネもアイスコーヒーを一口飲む。ちょうどいい苦みで口に馴染んだ。
「季節のサンデー、すごくおいしいんだよ。しかも手作り。期待していいよ」
「そう……」
アマネはソファの背もたれに身体を預けた。本当に落ち着く雰囲気だ。普段血みどろの戦いに身を置いているとは思えないな、とアマネは思った。アマネが人とこういう場所に来たのは、戦い始めてから初めてのことだった。異界人なんてものがいなければ、私はこういう生活をしていたのかもしれない。
「季節のサンデーです」
ふわりと甘い香りがして、アマネは思案の渦から意識を戻した。コーンフレークに、ヨーグルトとスポンジと生クリームと様々な季節の果物が層となり、一番上にはアイスクリームとクッキーがトッピングされている。
「やった! 食べよ」
真湖はスプーンをアマネに渡す。そして生クリームと角切りにされた桃を掬った。そして「んー! おいしい!」と頬に手を当てる。満面の笑みだ。大げさだなぁ、と少し冷めた目で見ながらアマネも小さく一口食べてみる。目を見開いた。
「おいしい……」
思わずそんな素直な感想が口をついて出る。言ってしまった後に慌てて口を手で覆った。
「でしょ?」
そんなアマネの様子を見て真湖は嬉しそうにしている。なんだかアマネは悔しくなった。
「ここのサンデーは全部手作りで、材料もこだわってて、一日五十食しかやってないんだよ。私がしょっちゅうここに来るから、店長さんが毎回一個だけ残してくれるんだぁ」
「そ、そう」
「クリームも無理矢理甘くした感じがしないし、スポンジも素材そのままの素朴な甘さなんだよね! 全部フルーツの甘さを引き立ててるの、ほんとおいしい!」
真湖は饒舌に語った後、今度はフレークとアイスを掬って食べる。そして幸せそうにほころんだ。アマネは何と返していいか分からず苦笑する。
「ほんとはもっと有名になってほしいの。例えば私がテレビで紹介するとか。でもあんま有名になってほしくないって気持ちもあって。ここがいつも満員なんてらしくない気がして」
「そうかもね」
「うん。だからさりげなくブログとかでほのめかす程度にしてる。匂わせってやつだね」
「へぇ、そういうのが匂わせっていうんだ」
「あっ、ごめんね。喋りまくっちゃった。いいよ、気にせずに食べて」
「食べてるよ」
「そういえばこないだ歌番組の収録があったんだけど────」
カフェで二時間ほど過ごす。ほとんど真湖の話をアマネが聞くというものだったが、アマネは不思議と嫌な気持ちにはならなかった。アマネが真湖のことが苦手なのは、その嘘みたいな天真爛漫さとアマネ自身の境遇のせいだ。アマネの境遇はともかく、真湖の天真爛漫さは彼女自身の性質らしいとアマネは気づいた。そう分かってしまうと途端に憎めなくなってしまう。
「じゃあ、私こっちだから」
「あ、うん……」
駅で別れる時、真湖は少し顔を曇らせた。
「今日……楽しかった? アマネちゃん」
「なんでそんなの聞くのよ」
「どうなの?」
不安そうな真湖の視線から逃げられず、アマネは口ごもった。
「……楽しくなかったって言ったら、嘘になる」
「そっか。よかった……じゃあ、誘ったらまた来てくれる?」
真湖は手をもじもじさせながらこっちを見てくる。やっぱりこいつあざといかもしれない。
「でも……理由が無いよ」
「理由って?」
「そりゃ、米内さんを何かから守る、とかが無いとさ」
「そんなことないよ! 私は……アマネちゃんとまたさっきみたいにカフェに行きたいよ。なんも理由が無くたって!」
アマネは黙りこくった。真湖は怪訝そうに見てくる。
「どうして?」
気づいたら、アマネは短くそう問いかけていた。真湖は目をぱちくりさせる。
「どうして私に絡んでくるの? 私が助ける前からさ。それがずっと気になってた」
真湖は口を一瞬開いて、俯いた。アマネは自分の腕にある、ケロイドの部分をさすった。
「……かっこいいなって思ったの」
「は?」
「アマネちゃん、誰にも興味ないみたいな顔して過ごしてるじゃない。でもその実すごい情があるでしょ。その狭間でどこか遠くを見てる。それがかっこいいなって思ったの」
真湖はそこで羅列を止める。そして言葉の構成を整えた。
「私なんとなくその人の人となりが分かるの。対人の『正解』を常に出してないと生きていけないから。でもアマネちゃんは分からなくて、それが魅力的に見えた」
真湖は「まぁ、鬱陶しがってるなとは思ってたけど」と笑いながら付け加えた。
「……そっか」
アマネは呟く。おもむろに袖をめくった。それを見た真湖は顔を引き攣らせる。アマネはさらに首も見せる。そこにも酷い火傷の痕があった。
「それって……」
「火傷の痕。こんな感じのが全身にある」
真湖は不安そうにアマネを見た。
「私はこういうやばい奴だよ。この前、怪物と戦ってたでしょ。かっこよくもなんともない。だから関わらない方がいい」
真湖は目をぎゅっとつぶり、苦し気に声を漏らした。
「やばくないよ。そんなのただの傷だよ……!」
「違う。これは私の……私の十字架だよ」
アマネは目を細めた。そして忌々しそうに傷を見つめる。
「説明しなくてもいいって言ってくれたね。でも言うよ。私はああいう怪物と戦う仕事をしてる。とても危険な仕事。私のお父さんとお姉ちゃんはああいう怪物に殺されたんだ」
「そんな……」
真湖は首を振る。構わずアマネは続けた。
「今の私には親も兄弟も姉妹も親戚もいない。私の面倒を見てくれてるのは仕事の同僚。そんな私には弱みがない。その方がいいんだよ。だから迷惑なんだ、付きまとわれると」
真湖は耐えきれなくなったのか、目からぽろぽろと涙を流した。
「だから、もう、私に近づかないで」
「……なんで」
真湖は泣きじゃくりながらアマネの肩を掴んだ。
「なんで、そんなこと言うの……?」
「もう一回言うよ。迷惑だから、付きまとわないで」
「そんな仕事やめなよ! 危ないんでしょ!?」
「無理だ」
「死にそうになるのに? そんなのおかしいよ!」
そう言って、真湖はハッとする。アマネは諦めたように笑った。
「そうだよ、私はおかしいんだよ。だからこんなおかしい奴と付き合うのはやめなよ。それが米内さんのためだよ」
「……アマネちゃ────」
アマネは踵を返し真湖から離れていく。真湖は追い縋るように手を伸ばした。
「待って! アマネちゃん!」
その声に耳を貸す者は、もういなかった。
アマネは対調の本部に呼び出された。古田が暴れ出したのだという。アマネは政府関係者を装った黒塗りの車に乗って本部へやってきた。
「アマネさん、なんだか顔色が優れませんね。何かありましたか?」
「……なんでもない。で、ジュウゾウさんがどうしたって?」
「はい。まずはこれを見てもらってからですね」
アマネは尋問室にやってきた。そこにはマジックミラーを挟み、古田が拘束衣を着せられて椅子に座られていた。部屋の四隅にはアマネの血から作られた銃弾を放つ機関銃が設置され古田に銃口を向けている。古田は顔中に脂汗をかきながら俯いている。気を失っているようだ。
「意識が戻るなり抵抗してきたので再度無力化を図りました」
「大丈夫だったの?」
「アマネさんの血から作ったガスを充満させかつ三十分発砲し続けてなんとか」
「ふぅん」
アマネはリュックからネイルガンを取り出し、弾倉を確認した。刀も担ぐ。
「じゃあ、私は見張りをやればいいわけね」
「はい。臨戦態勢でお願いします」
アマネは顔を険しくさせた。
「いつでもいいよ」
「では、起こしてください」
朱里の合図で、対調の職員が機械のスイッチを押す。バリバリという音が鳴り、古田の座る椅子に電気ショックが流れたことが分かる。古田は顔を起こす。はげかけた白髪に細い目、深いしわ、細い身体。見た目は弱々しい初老の男性でしかない。
「何が……望みだ……」
しゃがれた低くか細い声を出す古田。アマネは昨日の情けないあの姿を思い出した。
「私たちが望むのは情報です」
朱里はマイクに向かって話しかけた。
「残念ですが、抵抗することは考えない方がよろしいかと。ここは対異界人専用の施設。あなたを無力化する手段はいくらでもあります。素直に質問に答えてください」
「……どうやら、そのようだ」
古田はそう言うと脱力した。
「私を襲った奴が息子を殺したんだろう。せめて一矢報いようとしたがここまでか……」
朱里の言葉に古田はため息をついた。
「次暴れようとしたら命の保障はできません。心を落ち着かせて、慎重に答えてください」
「もう暴れない。早い所殺してくれ。ここを出られたとして待っているのは死のみだ」
「ならせめて私たちに有益な情報を渡してから死んでください」
古田はアマネたちを睨みつけた。
「なら答えようか。嫌だね。どうして敵に、ましてや息子を殺した組織に情報を渡さなければならないんだ。いくら拷問を受けようと、もう何も話さない」
「……そうですか」
「自白剤とか無いの?」
じれったそうにするアマネは朱里に尋ねる。
「あるにはありますが……」
「使えばいいじゃん。人間状態のままの異界人は人間と変わらない。回帰しようとすれば何度でも私が殺すよ」
そこでアマネはぽん、と手を叩いた。
「そうだ。私が持っていけばいいんじゃん。注射的なもの」
「あの、アマネさん?」
アマネたちの話を聞き、尋問道具が入ったカバンを持ってきた職員からそれを貰い、アマネは古田のいる部屋の扉に手をかける。
「待ってください、まだ危険です!」
「はいはい」
アマネは部屋に入った。アマネの姿を確認した古田は目を見開く。
「君は……」
「どうも」
「その声……そうか……こんな子供が……」
古田の憐れむような言葉を、アマネは無視しながら続ける。
「今から自白剤を打つから。違法な量なんだって。常人なら死んじゃうくらいだけど、異界人は死んでもすぐ元通りになるから大丈夫」
「……君が、音に聞く異界人狩り」
アマネはカバンを開けながら「うん」と頷いた。
「おじさんの思ってる通り。私がおじさんの子供を殺したよ」
「……ああ」
古田は俯いた。涙ぐんでいるようだった。
「分かってる……そうか……」
「おじさんたち異界人は、一年半前、私のお父さんとお姉ちゃんを殺したんだよ」
「……だから、復讐というわけか?」
古田の言葉に、アマネは目線を険しくした。
「答える必要ある? 殺したくなるな」
古田はアマネの答えに、何かを納得したように目じりを緩ませた。
「……では、コウジを殺したのは? コウジが悪いと?」
「私と出会ったのが悪い。私と関わる様なことをしてたのが悪い」
「それは君の友達や恋人に言えるのか? 彼らが君の弱みだとされて攫われたら────」
「私にそんな人、いないから」
アマネは遮るように言った。道具の準備を終えると、注射針から少しだけ液体を出す。そして古田の頭を掴み、首を露出させた。
「抵抗しないでね。私がもう一度殺すのは面倒だから」
古田は緩やかに横に首を振った。
「いや……いい。話す」
「え?」
アマネは素っ頓狂な声を出した。
「どうしたの、いきなり」
「さぁな……君が哀れに見えたから、かもしれん」
古田はアマネを見る。アマネはその視線に囚われたくなくて、注射を仕舞う作業をする。
「私が知っていることを話したら、上は私を許さないだろう。切り捨てるだろう。暴走させられ、きっと殺される。……一つ、条件を出していいか」
「何?」
「どうか、君が私を殺してほしい」
アマネは頷く。古田はマジックミラーの方を向いた。
「……何が聞きたいんだ」
「では、あなたたちはどのくらいの数いるのですか」
朱里はマイクのスイッチを入れ質問を始める。
「私も詳しいことは知らない。私が知る異界人は、息子と私を異界人にしたある有力議員とその派閥議員たちだけだ。異界人は、人間に擬態している他の異界人を感知できない。しかしほぼ確実に言えることは、日本の権力者の多くは異界人かそれに与する者たちだ」
「どうしてそう言えるのですか?」
「私を異界人にした議員は与党内で大きな勢力を持っているからだ。次期総理に最も近いと言われている。必然、それに協力する者も異界人側と考えるのが妥当だ」
「その議員が組織の首魁だと?」
「私には分からない。私は警視庁で上のポストを約束される代わりに、異界人となり彼に協力するだけだった。それが誰からの指示で、どういう意図を探ることは禁じられていたんだ」
「どのような協力だったのですか?」
「ある時は不法な金の移動の握り潰し、ある時は組織にとって邪魔らしい者の罪をでっちあげ、ある時は警察内で融通を効かせるために人脈を作り、ある時は留置場で人を殺した。異界人の能力を生かして故意に事件を起こしたこともある」
「……犯罪のオンパレードだ」
古田の行ってきた所業にアマネはため息をつく。
「息子を人質に取られていた。人間を異界人にした者を親と言い、子である異界人をある程度操ることができる。息子が異界人にされたのはだからだ」
「話を戻しましょう。私たちは今まで十数体の異界人を捕らえ、また討伐しましたがあなたの提供するような情報は何一つ得られませんでした。これはなぜですか?」
「それは君たちがその異界人たちを組織が切ったからだ。それは組織に反した者や用済みになった者たち。そんな者たちが大した情報を知っているとは思えない」
「トカゲの尻尾切りに我々は踊らされていたと?」
「その表現は正しいだろう」
「あなたの情報に嘘は無いと断言できますか? あなたも切り捨てられた側なのでは?」
「嘘は無いと断言できるが、おそらく切り捨てられるだろう。だからもう────」
古田は突然話すのを止め、脂汗を全身にかき始めた。息を荒げ、目を飛び出そうなくらい見開き、呻き始める。
「朱里さん! ガス!」
「えっ?」
「いいから!」
朱里は職員に指示を出す。職員は頷いてレバーを上げた。部屋の中に赤いガスが充満する。アマネの血から生成された異界人を無力化するガスだ。部屋にはガスが蔓延しているが、アマネにはしっかりと橙色に光る古田の姿が見えていた。
「アマネさん! 早く中に!」
アマネが朱里の下へ走った瞬間、機関銃の砲門が開いた。回帰し始めた古田を撃ちぬく。
「……だめだ、死んでない」
アマネはガラス越しに古田を見た。血塗れになった古田がガスから歩いて出てくる。ガラスを殴りつけた。ひびが入る。三発目で粉々に砕け散った。アマネはネイルガンを撃つ。古田の眉間に釘が突き刺さった。古田はもんどりうって倒れる。しかしこの程度では死なない。
「みんな下がって! 早く!」
アマネの声で、朱里を始めとした職員たちは尋問室から退避する。アマネはネイルガンを撃ち続け、全員が出ていったことを確認して朱里に通信する。古田は動き出そうとしていた。
「朱里さん! ここじゃ戦えない! 外に出たい! 誘導して!」
『分かりました!』
古田は背丈はあまり変わらず、身体の半分が刺々しい骨だけになった。目の穴はつり上がり、歯は牙になり、指が鋭くなった。反対側はタールのような液体が表面を覆っている。古田は黒い部分から触手を数本放った。アマネはそれを避ける。触手は壁をえぐり取った。触手がアマネをまだ狙っている。アマネは部屋を出た。朱里のナビゲートに従って上に上がる。
「こっちに来い!」
古田を誘い出しながら階段を上がっていく。しかしアマネの撃つ釘は、黒い部分に当たると沼に撃ったかのようにとぷんと沈んでいってしまう。ダメージを与えた様子が無い。
「まずいな……どうする……」
アマネは廊下を走りながら独り言ちる。物理攻撃しかないアマネにとって、この異界人はほぼ無敵だった。骨の部分に当てるしかない。アマネは廊下を曲がる時に振り返って数発撃ちこむ。骨の部分を狙ったが、古田は黒いところから膜を張って釘を飲み込んだ。
「ちっ……」
アマネは舌打ちをして再び走り出す。時々釘をばらまきながら古田を振り返った。古田の走りはそこまで速くない。黒い部分が重いのか、足を引き摺りながら歩いていた。
『アマネさん! その非常階段です!』
朱里の指示を聞き、アマネは階段を駆け上がった。出口まで行くと傍に車が停まっている。
「乗って!」
朱里だ。アマネは車に飛び乗った。朱里が車を発進させる瞬間、階段の扉が触手で吹き飛ばされる。古田が上がってきた。
「うわきもっ!」
朱里は叫びながらアクセルを踏みしめた。日が沈みかかっている国会議事堂が眼前に映る。それは非常に美しかったが、そんなものに感動している暇はなかった。古田が触手を放ち、車のトランクを吹き飛ばす。
「どこか広くて人が居ない所! そこに置いてって。じゃないとこの車ごと潰される」
「ここらへんで広い所……憲政記念公園!」
「あと、なんか爆弾ない? 自爆するから」
「はッ!? そんなこと許しませんよ!!」
朱里はドリフトを決めながら凄まじい剣幕でアマネを睨む。
「だってあれ釘効かないんだもん。だったら私ごと巻き込むしかないじゃん」
「死にますよ!」
「死なないよ」
「首が離れたら死にます! いいですか、あなたは死にます! 死ぬんですよ!? そんな捨て身な戦法許せると思いますか!?」
「朱里さんが許すかどうかの問題じゃないんですけど。そういうのいいから。持ってるでしょ。手榴弾かなんか」
「ここで死なれても困るんですよ! いいから死なない方法で考えてください!」
「えー……じゃあとりあえず戦いながら考えるわ」
「よろしい!」
憲政記念公園が見えてきた。車が停まり、アマネはドアを開ける。
「じゃ、行ってくる」
「私もやります」
朱里は後部座席から短機関銃と予備弾倉を取り出し、さらにアマネの手も握ってくる。アマネは突然の行動に驚き、朱里の手と朱里の顔を交互に見た。
「あなたを死なせたりはしません」
「……分かったって、もう。行くよ」
公園の高台から見ると、古田は触手を駆使して、街灯から街灯へ飛び移りながらこちらに迫ってきている。アマネと朱里は公園へと至る階段を駆け上がった。
憲政記念公園を見渡す。幅の広い歩道に沿って木々が植えられている。広場と石碑、そして休憩所ともう閉店しているレストラン。広間には噴水と大きな時計のモニュメントがある。
ひたひた。カチカチ。古田がやってくる音がした。黒い部分の足が地面に当たるひたひた、骨の方の足が地面に当たるカチカチ。それらが交互にやってくる。もうすっかり日が落ちた。木々が黒い影になって公園中を覆っている。アマネと朱里はその中に身を隠した。
「さぁ、やろうか」
朱里は頷く。二人は連携して、夜の闇に紛れ木から木に移りながら発砲した。ネイルガンと短機関銃の火花が暗闇の中で弾け、アマネたちが隠れていた木が片っ端から古田の触手によって薙ぎ倒されていく。
木の陰でネイルガンの弾倉を交換しながらアマネは古田を観察する。古田は触手を纏わせながらその場から動かない。アマネは朱里に合図を出しながら再びネイルガンの引き鉄を引き、すぐさまそこから移動する。膜に釘と銃弾が飲み込まれ、触手によって数瞬前までアマネの居た地面がえぐれた。
「……ねぇ、朱里さん」
アマネは通信機で朱里に呼びかける。
『なんですか』
「古田、動いてる?」
『……動いていません。おかしいですね』
アマネたちは少しずつ古田から離れている。今はネイルガンの射程距離のぎりぎりだ。古田はアマネに近づくこともせず、そこから横着に触手を伸ばしている。そういえば先ほどからの触手の動きは、アマネや朱里をピンポイントで狙うというよりも、むしろ薙ぎ払う動きだ。木が多いから、隠れる場所を無くすためにあえて大雑把にしているのかもしれない。そう考えるのは簡単だ。アマネは古田を木の影から伺った。公園の中に静寂が訪れる。
『脚を……引き摺っているように見えます』
アマネは思い出す。古田が回帰してから最初は脚は引き摺っていなかった。アマネが攻撃を始めて対調本部の廊下を走っている時から引き摺り始めた……気がする。アマネの血が染み込んだ釘や銃弾を、黒い膜で受け止め始めてからだ。アマネが車に乗ってからは、触手を使って移動していた。そして今はほとんど全く動いていない。
「もしかして、攻撃を受け止める容量に限界があるのかも」
もしかして罠かもしれない。動かないのはブラフで、そう思ったこちら側が近づいた途端に反撃を食らうかもしれない。このまま遠くから攻撃し続ければ、向こうが先に音を上げるだろう。だがそうできない理由があった。
「……もう残りがあんま無いな……そっちは?」
『今あるのが最後の弾倉です』
アマネは持ってきた釘の大部分を撃ってしまっていた。残りは今装填した分と、あとそれが二回分。アマネはそこに命を懸けることに決めた。
「このまま、チキンレースといこうか」
アマネはすばやく木から飛び出し、古田に向かって一直線に走り出す。朱里は反対方向から援護射撃だ。そこに気を取られている隙に、一気に距離を詰める。古田は触手を繰り出した。アマネはわずかな動きでそれらを避けていく。よけきれずに顔や腕に掠るが、走るスピードは落とさない。釘を撃つ。膜が飲み込む────古田は膝をついた。
「あああああッ!」
アマネはワイヤーを伸ばし、古田の背後にある木に打ち込んだ。飛び上がり、一気に接近する。ネイルガンを撃ちまくった。古田が悲鳴を上げた。効いている。アマネは木に体重を乗せると、そのまま古田に向かって飛びかかった。刀を抜く。そして上から古田の頭の骨の方を貫いた。古田は身体を振り、アマネを振り落とそうとする。
「こンの……っ!」
アマネは古田の首に脚を絡め締め上げる。刀を古田の口にぶち込んだ。何度も何度も突き刺す。ガチガチと気味の悪い音がして、古田の牙が砕けてボロボロと落ちた。ついに顎が取れた。黒い部分に繋がったまま、顎の骨がだらんと垂れ下がる。その刹那、古田は触手を伸ばしアマネの胴体を貫いた。
「アマネさんッ!」
朱里の悲鳴が遠くに聞こえた。アマネは血を吐き出す。その血が古田の骨の中に入って古田はさらに苦しんだ。アマネの血が触手を伝った。アマネは刀を振り、触手を切り裂く。しかしさらに触手が伸び、アマネの太ももを突き刺した。
「離せぇーッ!」
朱里が木の陰から飛び出し、撃ち切った短機関銃で古田を殴った。銃は黒い部分に飲み込まれ、朱里は触手で弾き飛ばされる。しかしおかげでアマネから一瞬注意が逸れた。アマネはネイルガンの銃口を古田の頭に向け引き金を引く。しかし何発か撃って、プシュ、という情けない音が鳴った。弾切れだ。
「うっそ────」
アマネの脚が無理矢理解かされ、触手が足首を持つ。アマネは近くの木に叩きつけられた。背骨が折れる音。さらに地面に叩きつけられる。刀を手放してしまった。何度か木と地面を往復し、投げ飛ばされた。ガラスに当たり、建物の中に入る。公園内にあるレストランだ。
「げー……っ」
血反吐を口から吐き出す。無茶な方向に曲げられすぎたせいか、右足がボキボキに折れている。何度か立ち上がろうとしたが転んだ。背骨も折れているから動くのも難しい。
「ちょっと……やばいかも……」
アマネは力なく笑った。ここまでやられても痛くないなんて、やっぱり私はおかしい。
「ね……言ったでしょ……私はおかしいんだって……」
古田がじりじりと近づいてくる。向こうもダメージが蓄積しているのか、今にも倒れそうだ。最後の最後の瞬間は心が穏やかになった気がした。
「……ごめん、朱里さん……約束、破るわ……」
アマネはポケットから、朱里から盗んだ手りゅう弾を取り出した。近くにあったガラスで手首を割く。噴き出た血で手榴弾を塗りたくった。これで手りゅう弾の破片が古田に突き刺さるはずだ。ゼロ距離で爆発させれば、もっと効果があるだろう。
「今までいっぱい殺してきたけど……そろそろ年貢の納め時……かな……」
アマネは這いずって壁にもたれて座った。古田が眼前に現れる。月明かりを背にして触手がうねっている。アマネは空笑いした。アマネの声に誘われるようにして、古田は歩いてくる。もっと。もっと来い。そしてできる限り近づかせて、隠し持った手榴弾のピンを抜く。そうすれば、目の前の怪物を殺せる。
「姉さん……お父さん……」
────あなたを死なせたりはしません。
朱里の声がよぎる。アマネは手榴弾を投げた。手榴弾は転がり、爆発する。アマネの血が付いた鋭い破片が古田に突き刺さった。古田は痛みに声を上げる。
「うわあああああああああッ!!」
アマネはコートから弾倉を取り出し、素早くネイルガンに装填する。そして間髪入れずに引き金を引いた。無茶苦茶に撃ち出された釘は、古田に次々と突き刺さっていく。
「ああああああああああああああッ!!」
あっという間に弾切れになる。すぐさま次の弾倉を装填。引き金を振り絞った。
「あああああああああああああああああああッ!!」
古田は釘の雨に耐え切れず後ろにのけぞる。残弾をすべて撃ち尽くすとアマネはワイヤーで古田の首に再びまとわりつく。そして上顎を掴んで、上に向かって力を籠めた。
「ううううーーううううわああああああああああああッ!!」
古田は抵抗しようとするが、その力は残されていない。首の骨がみしみしと音を立てた。
「死ねえええええええええええええええええええええッ!!!!」
アマネは血を吐きながら叫ぶ。古田は膝をつくと同時にバキッ! という音と共に胴体と首が離れた。そして古田を覆っていた黒い膜が液体となって、レストランの床じゅうに流れていく。覆われていたもう半分は人の骨のようだった。アマネは床に放り出され、そのまま天井を見上げる。黒い液体が背中を通っていった。その感触にアマネは顔を顰める。
「気持ちわる……」
「────ネさんッ! アマネさんッ!」
アマネは自分を呼びかける声に、意識を呼び出された。目を開けるが焦点が合わない。何度か瞬きをして、目の前に居るのが朱里だと分かった。朱里は頭に包帯を巻いている。
「……ああ、どうも……」
しゃがれた声で返事をすると、朱里は目を潤ませながらアマネに抱きついた。アマネはされるがままになりながら周囲を見渡す。ここは対調の本部にある医務室のようだ。
「よかった……今度こそ……今度こそダメかと……」
「ちょっ……やめてよ、朱里さん」
アマネは手で朱里を押しのける。
「何回も言ってるじゃん。死なないって。大丈夫だよ」
「……はい。そうでしたね」
「で、ジュウゾウさん死んだ?」
朱里は目尻を拭いながらアマネから離れると、頷いた。
「はい。戦闘が終わってすぐにアマネさん、そして古田ジュウゾウの遺体を回収しました」
アマネは「そっかぁ」とあくび交じりに返事した。
「今何時?」
「朝の三時です。古田との戦闘からまだ一日経ってません」
「そっか……また入院?」
「ええ。頭のメンテナンスのための……」
「そう」
「どうしたんですか? いつもそんなこと聞かないのに」
「いやぁ……」
アマネは目を逸らしながら言った。
「学校、行きづらいなぁって……」