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第三話

 退院したアマネは学校へ行った。火傷に覆われた肌を隠すためにインナーとタイツも忘れない。アマネは高校一年生として、都内の芸能人の子女が多く通う学校に通っている。異界人は権力者の側にいる人間が多い。それは政府関係のみならず大企業、マスコミや芸能界だ。

 「おはよう、アマネちゃん!」

 「……おはよう」

 アマネに声をかけてきたのは米内真湖。アマネの隣の席の生徒であり、現役アイドルだ。アマネは真湖が単純に苦手だった。

 「一週間もお休みしてどうしてたの?」

 普通そういうのはオブラートに包むか聞かないだろと辟易しつつ、アマネは口を開いた。

 「米内さんもしょっちゅう休むでしょ」

 「私はお仕事で仕方なくだよ。でもアマネちゃんはそうじゃないでしょ? 知りたいな」

 この学校における一般の生徒と芸能関係の生徒の比率は一:九だ。アマネは非常に希少種、さらに転校生というさらなる希少種。クラス中から遠巻きに奇異の視線を向けられている。

 「入院してた」

 「怪我?」

 「そんなとこ」

 「どんな怪我したの?」

 アマネは細めた目を真湖に向けた。

 「言いたくないから誤魔化してるって分かんない?」

 「私にだけ教えてよぉ」

 「うっざ……」

 「誹謗中傷だぞ?」

 「だぞ? とか言うな気持ち悪いな」

 「そうだアマネちゃん、今日私どっか変わってない? 当ててみて?」

 「はいはい。かわいいですね、かわいいですよ」

 「ねぇー言ってよぉ」

 アマネがため息をついたところで朝礼のチャイムが鳴った。真湖は不機嫌そうに頬を膨らませながら席に帰っていく。

 「あんまり人と関わらない方がいいんだけど……」

 異界人側がアマネの対策のために誰かを人質に取るかもしれない。だからあまり近しい人を作るべきではない。アマネも戦うにあたって弱みを作りたくない。アマネは真湖を遠ざけようとしているのだが、真湖はどんどん近づいてくる。だからアマネは真湖が苦手だった。

 授業が全て終わり、帰る準備をするアマネに向かってまたもや真湖が話しかけてくる。

 「じゃあ、アマネちゃん。また明日ね」

 真湖の声を背にしてアマネは教室を出る。異界人の調査を兼ねているがアマネにとって学校は退屈で苦痛だった。一人になりたくて、休憩所のベンチでジュースを飲んでいると電話がかかってくる。スマホを取り出すと朱里からだった。

 「もしもし」

 『アマネさん。久しぶりの学校はどうでしたか?』

 「もう辞めたい」

 『そうですか』

 朱里からの不躾な質問に、なんとなく不機嫌だったアマネは舌打ちしそうになった。

 「で、何の用」

 『いえ、特段用はありません』

 「はぁー?」

 『アマネさんが心配で連絡しただけですよ。そしたら案の定辞めたいって。子供ですね』

 「あのさぁ。そんなことする暇あるなら警察にいる異界人のことちゃんと探してよ」

 『もちろんやっていますよ。ただアマネさんの精神状態も大切なんです』

 「はぁ。分かった分かった。もういい?」

 『ええ。良い子でいてくださいね』

 「ったく……」

 電話を切って飲み干した缶を捨てる。下駄箱で靴を履き替え外に出た。見ると、校門には真湖のファンらしき気持ち悪い男たちがカメラを片手に待ち構えている。よく見る光景だ。だから真湖はいつも裏門から車で帰っている。

 「毎日毎日ご苦労様ですよ……」

 アマネは見下した目で彼らを見て、アマネの家に一番近い裏門に向かった。

 「ちょっと、やめてよ!」

 人気の少ない裏門前に声が響く。真湖の声だった。一人の男に腕を掴まれている。

 「キモイから! ホント離して!」

 教師の駐車場がある裏門を使う生徒はほんの一握りしかいない。真湖とその男、アマネ以外に人影は無かった。真湖を迎えに来る車はどうやら遅れているらしい。

 「いやっ、変なところ触らないでよ!」

 真湖はいい加減頭に来たのか、男の頬に張り手を食らわせる。男は一瞬静止して、凄まじい形相で真湖を睨んだ。そして強い力で真湖の腕を握りどこかへ連れ去ろうとする。

 「い、痛い! やめて!」

 それでも抵抗する真湖に、男は醜悪な表情を浮かべ拳を握った。真湖は恐怖で目を瞑る。

 「いやあああ!」

 男はそこで肩を叩かれ振り返る。目線の先にはアマネがいた。

 「退いて」

アマネは男のわき腹めがけて容赦ない膝蹴りを食らわせる。男はえづいて膝をつく。男はアマネを見て、ただの少女の蹴りがこんな痛いなんて信じられないといった顔をする。アマネは脚を振り上げ、男のあごを蹴り飛ばした。男は意識を刈り取られ、仰向けで地面に倒れる。

 「あ、アマネちゃん……」

 アマネは朱里に電話を掛ける。

 「学校にクソが出たから通報しといて。大至急で。あんまり騒ぎにならないようにも」

 『私は便利屋じゃないんですが』

 「いいから。今度頑張るから。良い子にしてるし」

 『……分かりました』

 すぐさまパトカーの音が聞こえてくる。朱里が事情を説明してくれたのだろう。さすが政府組織だ。そうやって感心していると、アマネは自分を茫然と見つめる真湖の視線に気づいた。

 「これ放っといていいから。迎え待ってないで早く帰ること」

 「あ、ありがとう……」

 アマネは柄にもないことをしてしまったな、と少しだけ後悔しながら裏門を出た。

 「まっ、待ってよ!」

 真湖はアマネの腕を掴む。アマネは「なに」と不機嫌そうな声を出しながら振り返った。

 「あっ、えっと……お礼! お礼したいな!」

 「はぁ?」

 「その、助けてくれたでしょ。だから」

 「いい。いらない」

 「この後予定あるの?」

 「無いよ」

 「なら……」

 アマネは真湖の腕を取り払った。

 「早く帰りたいから。じゃあ」

 アマネはきっぱり言うと、足早に校門を出る。少し言い過ぎたかもしれないが、これくらい言わないと気持ちは伝わらない。そう自分を納得させていると、背後から誰かが駆けてくる足音がする。真湖だ。真湖はアマネの前に出ると、泣きそうな顔をさせて言った。

 「ひっどい!」

 あまりの剣幕にアマネは呆気に取られる。

 「そんな言い方しなくてもいいじゃん! 断るにしたって! 早く帰りたいからって! 腕の払い方も! そんな虫払うみたいな! ひどい! ひどいひどい!」

 「ちょっ」

 「私はアマネちゃんにありがとうって! ついでにちょっとお近づきになれたらって思ってただけなのに! かっこいいねとかどうしてそんな強いのとか話したかっただけなのに!」

 「あの」

 「大体アマネちゃんいつもひどいよ! 話しかけたら無視するし! 無視しない時はすっごい冷たい目で見て簡単にあしらうし! そんなだと友達出来ないよ! 言っておくけど、友達いないよりいるほうが絶対、ぜーったい良いんだから!」

 「待って、騒ぎになってる」

 「そのくせちょっと寂しそうな雰囲気たまに出すじゃん! 私そういうの分かるんだから! なんなの!? 私だって変にレッテル張られることあるから仲良くできるかなって思ってただけなのに! アマネちゃん最低! 人でなし!」

 「ああ、もう!」

 アマネは真湖の手を取り裏路地に行く。真湖が大声で叫ぶせいで野次馬が集まってきてしまったのだ。しかも中には真湖に気付きかけている人もいた。

 「ちょっと、あんな往来で叫ばないでよ!」

 路地裏で、アマネが真湖に向かって小声で叫ぶ。

 「だ、だってアマネちゃんひどいから」

 「悪かったよ……言い過ぎた」

 アマネが謝ると、真湖の顔から泣きそうだった表情も流れそうだった涙もすっと無くなった。アマネは再び呆気に取られる。これがアイドルか。

 「わーい。アマネちゃん以外にちょろいね」

 「うっざ」

 「あー! ごめんごめん! でも、さっき言ってたことは全部ほんとの気持ちだよ。アマネちゃんとちゃんとお話ししたいって思ってる」

 アマネがそれに対して口を開こうとしたその時、学校の方から大きな音が聞こえた。続いて聞こえてくる悲鳴。そして地響きと、何かが崩れる音。

 「まさか……!」

 アマネは表に飛び出した。学校から煙が上がっている。スマホが鳴った。

 「朱里さん!」

 『アマネさん! 異界人です!』

 「すぐ行く! うちの学校!」

 『武器は!?』

 「ない! こないだ朱里さんに取り上げられたばっかだから!」

 『すぐ部隊を向かわせます!』

 通話を切り、真湖の肩を掴む。

 「今すぐここから逃げて。走って」

 「な、何言ってるの? 学校で何か……」

 「いいから!」

 真湖はアマネの剣幕に肩を震わせた。

 「絶対こっちに来ちゃだめだから。いいね」

 「待って! アマネちゃんは!?」

 アマネはその返答をせず、学校に向かって走り出した。


 学校に戻ると、部活で残っていた生徒たちが校庭を逃げまどっている。校舎によじ登っているのは、巨大な芋虫のような怪物────異界人だった。

 「きも……」

 アマネは顔を顰めた。アマネに気付いたのか、異界人がこちらを向き何かを吐き出す。アマネは心底嫌な予感がしてそれを避けた。直撃した地面が煙を出しながら溶けていく。

 「なるほどね……」

 リュックからネイルガンを取り出そうとして────うめき声が聞こえた。異界人が壁を壊して降って来た瓦礫が校舎に散乱していて、一人の生徒が下敷きになっている。足が挟まって動けないようだ。アマネはそこに駆け寄った。

 「大丈夫?」

 男子生徒は泣きながら首を振る。怪物がいるせいで誰も助けに来れないのだ。アマネは身の丈程ある瓦礫を押しのけた。男子生徒は信じられないものを見たような顔をする。アマネは男子生徒を肩に担いだ。怪物がこちらを見ている。

 「走るから。痛くても我慢して」

 怪物が液体を吐き出した。足にかかる。肌が解けて筋肉が見えた。

 「あ、足が!」

 「大丈夫だから」

 痛くはない。ただ肌が焼ける匂いが不快だった。男子生徒を正門の外まで運び、救急車を呼ぶよう周りの人々に指示する。

 「あ……あなたは?」

 聞かれて、アマネは曖昧な表情を浮かべる。

 「ああ……大丈夫ですよ」

 足の火傷はもう治っている。そこに一台の車が到着した。朱里の車だ。

 「遅い」

 「すいません。はい、ネイルガンと刀です」

 次々と対調の車が到着した。警察と連携してけが人を運び出し、逃げてきた人々を安全な場所まで案内する。朱里たちは戦闘部隊として、アマネをサポートする役目を負っているのだ。

 「とりあえず、酸みたいなの吐くから当たんないように。遠くから銃でサポートしてください。私はなんとかあそこから落としてみるから」

 「気を付けてくださいね」

 「分かってるって」

 ブレザーの上着を脱ぎ、袖をまくる。ネイルガンの残弾を確認し、刀のロックを解除した。校舎に入り、階段を上がって行く。三階の廊下に差し掛かると、異界人がうごめいているのが見えた。毛虫の要領で進んでいるからか、その動きは遅い。背後には巨大な穴が空いている。異界人は外壁を食い破り、校舎の中に侵入したようだ。廊下の角に身を隠しながら、アマネは狙いを定め引き鉄を引いた。釘が身体に当たり、異界人は耳障りな声を上げる。わめき散らして口から何か吐き出してきた。それは酸の塊だった。当たった壁がぐずぐずに溶ける。しばらくして何かが崩れる音がした。様子を見るために頭を出すと、傍らにある教室の扉が破られて、中に異界人が入って行くのが見えた。机や椅子をなぎ倒す音が聞こえる。標的が狭い場所に入ってくれた。降って湧いた好機に警戒しながら廊下を進む。教室のもう一つの扉の前に差し掛かったところで、異界人が突進してきた。先ほどののろい動きからは予想できないその行動に、アマネはもろに攻撃を食らい窓に激突する。

 「このっ!」

 至近距離でネイルガンを連射する。酸を吐きだしてくるが頭をかがめ躱した。異界人は頭から鎌のようなものを出し、アマネに突き立てる。わき腹に刺さるが、アマネは歯を食いしばりながらさらにネイルガンを撃ち続けた。異界人の力が緩む。アマネは素早く拘束から抜け出した。距離を取ったアマネに対し、異界人は酸を浴びせかける。抜刀しそれを切り裂いた。

 「…………終わらせてやる!」

 新しい弾倉を装填する。ネイルガンで牽制しながら壁や天井を縦横無尽に走り、狙いを絞らせない。異界人はまごつき酸を吐き出せない。一気に接敵したアマネは刀を振り抜き、顔部分を切り裂いた。異界人は悲鳴を上げ大きく身体をよじる。逃がさずもう一撃。さらに一撃。後退した異界人は壁を酸で溶かし、突き破って外に出た。そのまま校庭に墜落する。

 「はぁ……」

 アマネは納刀し、異界人が空けた穴から飛び降りる。対調の攻撃部隊が異界人に向かって集中砲火をしていた。アマネの血液から作った特殊弾だ。一発一発の攻撃力は大したことないが、さすがにあれだけ食らい続けていれば絶命は時間の問題だった。

 「ふぅ……」

 アマネは一仕事終えたのを感じ、息を吐く。背後からかさり、と音がした。

 「誰!?」

 アマネが降り立ったのは裏門に近い、木々が植えられている場所。そこで真湖が、アマネを見ていた。アマネは驚いた。

 「あ……アマネちゃん。どうしたの」

 「なんで……なんでここにいるの! 逃げろって言ったでしょ!」

 「だ、だってアマネちゃんも逃げないといけないでしょ!? 連れ戻そうってここに来たら変なのいて、そしたら逃げ遅れちゃって……アマネちゃんどこかなって思ったら、校舎から飛び降りてくるし……わけわかんないよ!」

 「事情説明する時間無いからさっさと逃げろって言ったんだよ! 何やってるの!?」

 「いきなり逃げろって言われても分かんないよ……」

 アマネはため息をついた。真湖の言い分にも一理ある。

 「ここで見たこと全部他言無用。大人しくここから立ち去って。危険だから」

 「アマネちゃんは……」

 「私はあれを処理する側だからいいの。早く行って。説明が必要なら後日する。いい?」

 「は、はい……」

 「分かったらさっさと────」

 「アマネさん!」

 朱里の叫び声が聞こえる。と同時に、胸に衝撃が走った。何かが身体から突き抜けている。見覚えがあった。あの異界人から出てきた鎌だ。

 「アマネちゃんッ!」

 真湖が怯えた顔でアマネを見る。いや、アマネの後ろにいる何者かをだ。アマネは真湖を制するように手を向けた。

 「逃げて」

 アマネは後ろの何者かに素早くネイルガンを向けると、引き金を引いた。何発か手ごたえがあった後、払いのけられる。アマネは身体を鎌から引き抜くと、後ろ蹴りを見舞った。

 そこに立っていたのは、カマキリが人になったような姿をした異界人だった。茶色がかった引き締まった身体に、虫のような頭。腕の先には鎌がついている。向こうの方にしなびた先ほどの異界人が抜け殻のようになっていた。中に入っていたのだろう。

 「アマネさん!」

 朱里が銃を異界人に発砲する。向こうでは戦闘部隊の何人かの手足が落とされ倒れていた。

 「そっち、行くなよ!」

 アマネは刀を抜いた。アマネの一撃を異界人は鎌で受け止める。もう片方の鎌でアマネを狙った。アマネはネイルガンでそれを防ぐ。なんとか銃口を異界人に向け、引き金を引いた。身体に釘が刺さり、異界人は叫び声を上げる。アマネは蹴り飛ばされた。朱里たち戦闘部隊がアマネの前に展開し武器を構える。

 「アマネさん! 大丈夫ですか!?」

 「こっちはいいから、後ろに逃げ遅れた子がいる。早く連れてって」

 それを察してか、異界人が真湖を狙った。真湖に向かって飛び上がる。アマネはコンマ何秒か、反応が遅れた。その間に真湖に付いていた部隊員が、真湖を庇い鎌の餌食になる。

 「くっそ────」

 ネイルガンを構えるが弾が出ない。先ほど鎌の攻撃を受けたからか故障してしまっている。アマネはネイルガンを放り投げた。走り出す。異界人は鎌を振り上げる。真湖は目を瞑った。しばらく真湖は固まる。しかしいつまでたっても、来るはずの痛みが無い。恐る恐る目を開けると、肩で鎌を受け止めたアマネが仁王立ちしていた。胸のあたりまで切り裂かれている。

 「え……」

 アマネの脚元には血が流れている。真湖は何も言えなかった

 「だから……早く逃げろって言ったんだ……」

もうひと振りの鎌が来る。アマネは素早く抜刀し、その鎌がついた腕を切り落とした。異界人が動揺している隙にもう一方の腕も切り落とす。瞬きする間に右足。そして態勢を崩した胴体を斬る。そして来る銃弾の集中砲火。異界人はあっという間に絶命した。

 「あ、アマネちゃん……怪我……け、怪我大丈夫……?」

 アマネの切り裂かれた肩はもう傷が治っている。すぐに対調の職員が後処理に勤めた。

 「私、こういうのだから」

 「こういうのって……」

 真湖は訳が分からないという顔だ。アマネは説明するのが面倒で茫然としている真湖を残し立ち去った。真湖には対調の職員が付き、責任をもって家に無事帰してくれるだろう。

 「あの子は?」

 指示を終えた朱里がアマネに話しかけてくる。

 「同じクラスの子。さっさと誰かにこのこと言ったら罰則、みたいな書類書かせて」

 「……アマネさんのこと、心配しているようですが」

 「いいんだよ」

 アマネは朱里が乗って来た車に乗り込んだ。

 「帰りたい」

 「私はタクシーじゃないので。それに今から報告書を書きに本部まで行きますから」

 アマネは深くため息をついた。


 アマネは朱里に連れられ、対調の本部にやってきた。対調本部は国会議事堂の地下にある。様々な場所から本部まで行くことができ、例えば地下鉄や、病院の地下や、果ては下水道からも可能だ。そうすることで素早く移動し異界人の下へ行くことができる。

 「ご苦労様、アマネ君」

 アマネと朱里が来たのは局長室。そしてアマネたちを出迎えたのは対外勢力調査局局長である菅生尊。彼こそアマネが現れるまで対異界人の最前線で戦い、アマネを戦えるレベルまで引き上げた者だ。対調内での信頼が厚く、例に漏れずアマネは彼を尊敬していた。

 「あ、はい……菅生さんの思ってるより、楽チンでした」

 「いつも矢面に立ってもらってすまない」

 アマネは頬が綻ぶのを寸前で引き締める。朱里は咳払いの後持っていたファイルを開ける。

 「異界人の名は秋山サトル。調べでは官僚の三男で、フリーターだとか。普段はそこまで精力的に活動していないようです」

 アマネはその写真に見覚えがあった。真湖に絡んでいたあの気色悪い男だ。どうりで、と納得する。あの醜さと真湖を狙ったことに合点がいった。

 「報告ありがとう。引き続きよろしく。……アマネ君」

 「はい」

 菅生が真剣な表情の中に優しさを滲ませながらアマネを見る。アマネは背筋を正した。

 「たくましくなったね。これからも頼む」

 「……いえ。失礼します」

 アマネは一礼して、局長室から出る。

 「嬉しそうですね」

 朱里はからかうような口調で話しかけてくる。

 「そんなことないよ」

 「にやついてますよ」

 「そんなことないよ」

 「最近会えてませんでしたからね」

 「そんなことないよ」

 「その返しはおかしいですよ」

 「……うっさいなぁ」

 アマネは朱里の二の腕を小突いた。アマネの頬は部屋を出てからずっと緩んでいた。


 アマネたちが局長室を出て、菅生はスマホを取り出した。

 「……明神さん」

 『ああ。聞いてるよ。また異界人か』

 明神、と呼ばれた男は電話の向こうでため息をついた。

 『このところ、事件が起こる頻度が明らかに増しているな。敵勢力の拡大がいよいよ顕著になってきた』

 「ええ。私たちの手も追いつかなくなるのも時間の問題かもしれません」

 『立松アマネの調子はどうだ』

 「なんとか保ってる、といった具合です。これ以上無理をすれば確実に壊れてしまう」

 『……そうか』

 「まだ、竹上のことは……」

 『まだ全てを知らせる時じゃない。私と、君の秘密だ』

 「ええ。共に地獄に落ちる覚悟です」

 『……すまない。ありがとう』

 菅生は通話を切った。そして髪をかき上げる。

 「アマネ君……僕はそんな目で見られる資格は無いんだ……」

 菅生のその呟きは、誰も居ない局長室に虚しく溶けていった。


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