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第九話 後

 アマネさんを頼みますね。真湖の頭の中にはその言葉がずっと、ずっと駆け巡っていた。

 「おそらく、私たちのどちらかは見せしめに殺されます」

 監禁されている時、朱里はそう言った。

 「これは願望も入っていますが……アマネさんと付き合いの深い私の方が先でしょう」

 「じゃ、じゃあその前に逃げなきゃ」

 「無理でしょうね……。そんな隙も与えてくれそうにありません。私たちはアマネさんに対して切れる有力な弱みです。最大限利用し潰すつもりでしょう」

 「そんな……」

 朱里は突然服をはだけさせる。真湖は慌てて自分の目を覆った。

 「あ、朱里さん!? 何してるの」

 「前に怪我したところがあってですね……そこにある程度の大きさのものなら隠せるんですけど……はい」

 朱里は真湖に小さな注射器を渡した。

 「こ、これって……」

 「アマネさんの血から作った兵器の試作品です。最後の最後の手段として、ずっと肌身離さず持っていました」

 真湖は手のひらにある注射器を見つめる。

 「出来る限り庇うと約束しますが、どうしても守り切れない場合が出てくると思います。その時はこれを使ってください。強力な毒素です」

 「毒素……」

 「あのアマネさんの姉を名乗る女……あれはアマネさんと同じ系統で作られたゾンビの可能性があります。しかし身体の安定性は皆無。ならこれを撃ち込めば殺し切れないまでも、確実なダメージを与えられます」

 「ま、待ってよ!」

 真湖は慌てて朱里の話を遮った。

 「どうしてそこまで……おかしいよ! 二人で生き延びるんだよ!」

 「リスクが大きいことはしません。私が犠牲になってあなたが生きれるならその方がいい」

 「だからどうして!? 私、朱里さんを見捨てることなんてできない……」

 朱里は首を振った。人差し指を真湖の口に当てる。

 「アマネさんと約束したんです。真湖を頼む、って。約束したんですよ。あの子は人の約束を守らないから。こっちが一方的に守って後悔させてやりたい。最後に一泡吹かせてやんないと気が済まない」

 朱里は穏やかに笑う。それを見て真湖は耐えきれなくなりそうだった。

 「……朱里さん……」

 「アマネさんを頼みますね。あの人は一筋縄じゃいかないですから。私に対して負い目があるなら、あの人の面倒を見ることで責任取ってください」

 真湖は目をきつく瞑り、俯いた。そして力なく朱里の肩を叩く。

 「じゃあそんな面倒なこと……押し付けないでよ……」

 「せいせいしますよ。やっと子守から開放される」

 冗談めかして、朱里は笑った。そこから真湖はずっと気を失ったふりをしていた。恐怖で身体が動かなくて、何もできないふりをしていた。心の中でずっと朱里に謝っていた。朱里が異界人になる時、朱里が一瞬こっちを見た。気にしないで、と言っているような気がした。


 屋敷の地下にある広部屋。異界人に関する実験場であるそこには、数々の研究の資料があった。さらには異界人になりそこなった死体が標本となって悪趣味に陳列されている。そこでユキネたちはアマネを待っていた。アマネを解析するための研究員が十数名。有事のための戦闘員が八角をはじめ十数名。部屋の隅にある車いすには、相変わらず真湖が座らされていた。

 「ふふふんふんふふんふーん。ふふふんふんふふんふーん」

 ユキネは鼻歌を歌いながら部屋の中をぐるぐる歩いている。

 「ご機嫌だな、お嬢。それ何の歌?」

 八角が煙草をふかしながら尋ねる。ユキネは壊れたからくり人形のように不自然に止まる。

 「……何、だっけ。あんまり、有名じゃなかったような、気、が……」

 ユキネが苦しみだす。頭を抑えてのたうちまわった。八角は「しまった」と舌打ちする。

 「なんだっけ。なんだ、っけ。あれ、なんだっけ……ああああ、ああ、ああああ……! 好きだったんだ、け、どなァ……!」

 「ほら、しっかりしろって! おい!」

 八角はスーツの内側から呼吸器を取り出し、ユキネの口に押し当てる。ユキネは抵抗してじたばた暴れ、八角の顔面を殴った。八角はユキネを押さえつけ、呼吸器の中身を吸わせる。

 「…………。……アマネ、まだかなぁ……」

 ユキネは何事も無かったように起き上がると、また部屋をうろつく。

 「アマネちゃん……アマネ……アマネちゃん……」

 「……ほんとにかわいそうなやつだぜ……」

 八角は頭をガシガシと掻くと、落としたタバコを拾い、口に咥えた。

 「あまり過去を思い出させるようなことを言うなよ」

 こつ、こつと階段を下りてくる足音が聞こえる。アマネを引き摺った竹上が現れた。

 「あんまわっかんねぇすよ。ただ世間話しただけだっつの」

 「こんなゾンビと世間話なんぞしようと思うな。所詮道具だぞ」

 「……分かってますよ」

 八角は不機嫌そうにタバコを吐き出し、踏みつぶした。

 「あ! アマネちゃん!」

 ユキネは床に放り投げられたアマネの下へ嬉しそうに駆け寄った。

 「契約通りだ。立松ユキネ。これでいいな?」

 「私はアマネちゃんがこれ以上傷つかない様になればなんだっていいよ。私はアマネちゃんのお姉ちゃんなんだから。アマネちゃんを守るのは私しかいないんだから……」

 ユキネは愛おしそうにアマネの頭を撫でる。

 「邪魔者は全員消えた。ゆっくりと立松アマネの研究に入ろう。すぐに実験の準備を」

 竹上は控えていた側近にそう命じる。側近たちは頷き、迅速に準備を始めた。白衣に着替え、ベッドと機器、そして解剖道具を用意する。アマネを寝かせる。

 「これで戦わなくて済むよ。良かったね、アマネちゃん。これ以上傷つかないよ……」

 うわごとのようにユキネはそう呟く。八角はそれを哀れそうに見つめていた。

 「竹上様。準備、完了いたしました」

 「ああ。立松ユキネ。最後の仕事だ」

 「はぁい」

 ユキネはアマネの手を握った。アマネが機器に繋がれる。いよいよメスが肌を裂こうとしたまさにその時。部屋に至る階段を、戦闘員の死体が転げ落ちる。荒い息と、不規則な足音。

 「竹……上ぃいいい……!」

 憎しみに満ちた表情で明神が降りてくる。手に持っているのは、道中奪った銃。身体じゅう傷だらけで、ワイシャツは銃痕で穴だらけ。そして顔じゅうが血塗れだった。もはや竹上に対する憎悪だけで立ち上がっているようなものだ。竹上はため息をつく。

 「貴様こそ本物のゾンビだな。一体どうやったら死ぬんだ」

 「お前を殺すまで、俺は死なん!」

 「愚かで醜い。いい加減にしてくれ」

 戦闘員が銃の引き鉄を一斉に引こうとしたところで、八角が「待て」とそれを止める。

 「俺にやらせてくれ。せっかくだし楽しみたい」

 「お遊びの時間は終わったぞ」

 「いいじゃねぇかよ、御大。どうせ虫の息だ。異界人にも回帰できねぇくらいにな」

 竹上は背を向けた。

 「好きにしろ。実験を遅らせるわけにはいかん。手早くな」

 「あいあいさァ……」

 八角は明神に近づく。明神はふらつきながらも八角を睨みつけた。

 「傷だらけじゃねぇか。大丈夫か? おい」

 「なんで……あんなクズに従ってる……」

 「そりゃお前。恩義だよ、恩義。あのひとが死んだ俺を生き返らせてくれたんだ。未完成の技術でな。その上傍にいりゃ好き勝手していいって言うならお前、従うに決まってるだろ」

 「くそ野郎が……」

 「汚ぇ言葉使うなよ。ソウリダイジン」

 明神の腿を撃つ。明神は膝をついた。

 「頑張れよ。すぐそこに仇がいるんだぜ」

 もう片方の膝を撃つ。明神は呻いた。

 「教えてやるよ。この世に正しいことなんてねぇ。まして間違ってることさえねぇよ。本人が納得さえしてりゃ、地獄だろうが天国よ。誰だってそうだ」

 明神の髪を掴み上げ、八角は嘯く。

 「あの糞爺が生きててもよ、結局何も変わらんぜ。なぁ。この国は緩やかな地獄だ。でも皆心のどっかで納得して生きてる。わざわざ乱そうとするからそうなるって分かんねぇのか」

 「それでも……絶対に間違ってることはある……」

 明神は八角を睨み上げ、腕を掴んだ。

 「あいつは……俺から多くを奪いすぎた……」

 「……結局は私怨かよ」

 八角は興味が失せたと言わんばかりに髪を離し、明神を蹴り押した。銃口を向ける。

 「さよならだ。もう起き上がってくんなよ」

 「そうだ……私怨だ……」

 「あ?」

「だからこそ────許せないんだろうがッ!!」

 どこからそんな力が漲ってくるのか、明神は突然飛び起きると八角を押し倒した。急襲に八角は対応できない。

 「間違ってることは、間違ってる! 竹上ぃ!」

 明神は竹上を睨みつけた。

 「お前が生きてることは……最も大きな間違いだ!」

 爆発が起きた。橙色の光が爆発する。

 「たぁあああああああけぇえええええええがぁあああああみぃいいいいいいいい!!!!」

 明神は回帰した。その姿は以前と異なる。体躯は二回り大きくなり、腕は四本に。そしてそれぞれに巨大な剣を持つ。鬼のような顔は怒りに満ち溢れ、禍々しい炎の意匠を持つ鎧のような外皮を纏っている。

 「まじかよ!」

 八角は発砲する。異界人用の特殊弾。しかしびくともしない。剣が壁に当たるが、ものともしない。壁が崩れ、瓦礫が落ちてくる。

 「立松アマネを守れ!」

 竹上が指示する。アマネのベッドが外に運び込まれる。ユキネがアマネと繋いでいた手が無理矢理離される。

 「え────」

 ユキネの頭上に瓦礫が降って来た。瓦礫に当たる直前、八角がユキネを助け出す。

 「くっそ! お嬢! 大丈夫か!」

 「アマネちゃん! アマネちゃんッ! アマネちゃんッ!!」

 狂ったようにアマネの名を呼ぶユキネ。八角はそんなユキネを追おうとする。しかし瓦礫で足が潰れて動けない。

 「……ああ。そうか」

 やっと、年貢の納め時だ。死に時を逃し続けた。ここで死ぬのも悪くないだろう。

 「八角!」

 そうやって柄にもなく物思いに耽っていると、ユキネが八角の腕を引っ張る。みしみしと足から嫌な音がした。

 「ちょっ、待ってお嬢! 足! 足が!!」

 「早く! 出なさいよ!!」

 潰れた足を引きちぎり、八角は救出された。

 「いってぇ! んぐ」

 半ば強引に血を飲まされる。すぐに千切られた足が再生した。

 「アマネちゃんを追わないと! 早く! アマネちゃん!」

 手を引かれて上階に行く。ついていかないと身体が引きちぎられかねない。八角は苦笑しながらも付いていった。明神はますます暴走する。剣を振り回し、足を踏み鳴らし、咆哮する。

 轟音とともに、屋敷が崩壊した。


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