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第七話 後

 ユキネとアマネの無事を確保した後、明神指揮の下で救出部隊は本格的に動き始めた。必死の捜索の結果、立松の居場所がついに捕捉された。

 「突入!」

 菅生が号令をかけ、立松が監禁されていると思われる廃ビルに入る。そこで敵構成員と戦闘になった。激しい銃撃戦の末、立松を救出することに成功する。身体中酷い拷問の痕だった。

 「立松さん! 立松零士さん!」

 菅生がヘルメットのバイザーを上げ、立松に呼びかける。

 「き、みは……」

 「明神総理の命令で、あなたを救けに来ました! 大丈夫ですか!?」

 立松は菅生の肩を掴む。虫の息とは思えないほど強い力だった。

 「ユキネとアマネは……! ユキネとアマネはどこにいる!? すぐに、安否を確認してくれ……あの子たちが危ない……ッ!」

 立松の意識はそこで途切れた。

 「すぐに病院に運ぶぞ! 時間が無い! 急げ!」


 誰が立松を誘拐したのか。ホモデウスの技術を使えば超人的な力を手に入れることができる。それを望む者。そもそもホモデウスの理論は複雑で、立松ほどの天才だからこそ構築できたものだ。悪用するためなら理論を完璧に理解しなければならない。だからこそ誘拐した。

 「ホモデウスを悪用して、一番利益を得る者……」

 分からない。候補が多すぎる。ならホモデウスの情報を得ることが簡単な者たち。ならば候補は絞られる。医学会会長、理事たち、そして……

 「厚生労働大臣……」

 竹上ヒロシ。竹上としても明神は目の上の瘤だろう。消したがっているのは分かる。長年有力者としてのさばっていたのなら、非合法組織の一つや二つ抱えていてもおかしくはない。

 「……権力を使うべきなのは、こういう時か……」

 検察と警察に圧力をかけ、竹上の周辺を洗わせる。やはりと言うべきか、すぐさま黒い交際が見つかった。人体実験を影で行っていることも。再現細胞の隠された効果に気付いていた。

 「急ですねぇ。総理、一体どのようなご用件で?」

 竹上を官邸に呼び出した。

 「失礼ですが、高度な政治の話です。二人だけにしてもらいたい」

 明神は竹上の傍にある護衛を見ながら言う。

 「彼は信頼できますよ。口は金剛より固い」

 「今回だけは。お願いします」

 険しい表情の明神を見て、竹上は護衛を振り返った。

 「……行け、八角」

 八角、と呼ばれたスーツを着崩した護衛は舌打ちでもしそうな雰囲気で部屋を出ていった。

 「して、高度に政治的な話とは?」

 明神はすぐに質問に答えず、懐からタバコを取り出し、ゆっくりと一服した。

 「……再現細胞。隠されたその真価について、あなたはよくご存じのはずだ」

 「何の話ですかな」

 「手駒のやくざ、麻薬密売組織、地下銀行……全て調べ上げました。これが証拠です」

 引き出しから取り出したファイルを机に置く。竹上の表情は変わらない。

 「これはこれは……総理、どういうつもりです?」

 「立松零士。この名前をご存じですね?」

 「ええ。再現細胞の功労者だ」

 「これら非合法組織を使って彼を誘拐しましたね?」

 「いいえ?」

 「あなたは彼を拷問し、引き出した情報で人体実験を行っていますね?」

 「いいえ?」

 「予想より早く立松が救出されてあなたは焦ったはずだ。都内の浮浪者、ホームレスの数がここ数日で一気に減少している。行方不明者も通常の三倍だ。これらの事件にはすべてこのファイルに名前の挙がっている組織が関わっていた」

 「……私には関係の無い話だ」

 「証拠は出揃っている。言い逃れはできんぞ」

 「知りませんな」

 「竹上ヒロシ。あなたを告発する。お前はこの国の膿────」

 次の瞬間、明神は自分の身に起こったことを理解できなかった。胸に、穴が空いていた。そしてその穴の延長線上に、竹上の指があった。

 「小僧め。調子に乗らないでおればよかったものを……」

 明神は膝をついた。視界がぼやけ耳が遠くなる。竹上陣営の細胞実験は、成功していた。こともあろうに竹上自身に意図的に暴走させたホモデウスとなる手術を施していたのだ。

 「おおかたこの程度の証拠ではもみ消されると思ったのだろうな……」

 竹上は明神を蹴り倒し、スーツの内側を探る。そこからはボイスレコーダーが出てきた。それを竹上は握りつぶす。

 「ここで殺すか……」

 自分の脳天に向かって指をさす竹上。何かを考える前に明神は動いていた。

 「おおお……おおおお!」

 竹上の腕を払いのけ、顔面に拳を叩きつける。竹上はよろめいた。扉から部屋の外に行けば、竹上の護衛がいるだろう。

 「ああああああ!」

 明神は窓を突き破り飛び降りた。真下は中庭で、ちょうど植えられていた木に飛び込む形になる。枝で勢いが殺され、軽症ながら地面に落ちた。自分に駆け寄ってくる職員の腕を掴む。

 「竹上は信用するな……一刻も早くあいつを捕まえろ……!」

 そう言い残し、明神は意識を手放した。その様子を見下ろす八角は口笛を吹いた。竹上は忌々しそうに殴られた頬を撫でる。

 「おーおー。なんかえれぇ騒ぎになってますぜ、御大」

 「……厄介な……」

 「全員殺さねぇんですか?」

 「さすがに揉み消し難い。証拠は持ち帰らせていただこう。総理が苦心して我々に渡してくれた大切な証拠だ……」

 八角は机の上のファイルを手に取る。竹上はそれを確認し、部屋から出て行った。


 立松の手術はなんとか成功に終わったが回復の見込みは絶望的だ。立松は機器に繋がれ辛うじて生命を維持していた。ユキネとアマネは、そんな父親を見せられ絶句する。

 「申し訳ありません……自分たちがもう少し早く、助け出せていれば……」

菅生が苦しそうに言葉をひねり出す。しかしそれに答える余裕はユキネには無かった。

 「お父さん……!」

 ユキネはベッドに縋り付き泣きじゃくる。アマネはそんなユキネを心配して抱き着いた。

 「おねぇちゃん。おねぇちゃん」

 「……ありがとね、アマネちゃん」

 ユキネはアマネを抱きしめ返す。

 「アマネちゃんはお姉ちゃんが守るから」

 アマネは無垢な瞳で頷いた。

 「みょう……じん……」

 立松が小さく呟く。アマネは立松の顔を覗き込んだ。

 「おとーさん……?」

 「すまな……い……うじん……」

 「おねぇちゃん! おねぇちゃん!」

 アマネの声にユキネはすぐに飛んでくる。立松の身体を揺すった。

 「お父さん! お父さん!?」

 立松は虚ろな目を開けて、ユキネとアマネを見た。

 「ゆ……ね……ま……」

 「おとーさん……」

 「お父さん!」

 立松は目を閉じる。ユキネは手で口を覆った。看護師が慌てたように部屋に入り、ユキネとアマネを押しのける。しばらく病室から締め出された後、様態が安定するのはいつになるか分からないと医者は言った。


 ユキネたちは家まで泊りの用意を取りに帰ることになった。もちろん盤石な警護体制だ。家に到着し、中に入る。電気のスイッチを入れようとして────暗闇の中を何かが動いた。

 「二人とも。待って」

 菅生が懐から拳銃を抜き、ユキネたちを下がらせる。一瞬の空白の後、一人が飛び出してくる。手に持っているのはナイフだ。

 「急げ!」

 菅生はそれを腕で受け止め敵をなぎ倒す。護衛はユキネとアマネを家の外まで連れて行く。

 「アマネちゃん!」

 ユキネはアマネの手を引く。銃声。振り向くと血を流し倒れている菅生。

 「菅生さん!」

 「構わないで! 早く車に────」

 再び銃声。ユキネの肩に銃弾が当たる。ユキネは転びかけた。

 「おねぇちゃん!」

 「アマネちゃん……大丈夫よ……」

 護衛に導かれ玄関へ出る。しかしその護衛は脳漿を飛び散らせ倒れた。

 「だめだぜ、お嬢さんたち」

 スーツを着崩した男────八角が銃口をこちらに向けている。車の周りにスーツを着た男たちが武装して二人を待っていた。

 「外に出る時にゃちゃんと靴履かなきゃ……」

 引き鉄に指がかかる。アマネはユキネの前に飛び出した。

 「アマネちゃんッ!」

 ユキネに抱えられたアマネは咳をする。それには血が混ざっていた。背後で乾いた音と、一瞬の光の連続。幾人もの男たちのうめき声が聞こえ、途切れた。八角はアマネに近づく。

 「終わったみたいだな」

 ユキネはアマネに覆いかぶさった。前方を八角、後方をその部下たち。詰んでいた。

 「その子を渡しな。命だけは助けてやる」

 「いやだ!」

 ユキネは叫んだ。

 「死んでも守る……ッ! 約束したのッ!」

 八角は哀れな目線を向けた。ユキネを蹴り飛ばし脚を撃つ。アマネを奪い取った。

 「死んで何になんだよ」

 「返して! 返しなさい!」

 「うるせぇ……!」

 ユキネの頭に銃を押し付ける。すると、部下たちがざわめいた。

 「八角さん、後ろ……」

 振り向くと、そこには明神がいた。

 「あ────」

 患者服姿の明神は八角を睨みつけると、拳を振りかぶって思いきり八角の顔面に叩きつけた。吹き飛ぶ八角。壁に激突し、信じられないように明神を見る。

 「嘘だろ……死んだはずじゃ」

 「……零士……」

 明神は自身の手のひらを見つめた。気を失ったアマネを抱きかかえるユキネを見た。

 「……すまない」

 「え……」

 明神は二人を庇うように前に出た。

 「お前ら……許されると思うな」

 明神は『回帰』した。それは人の形をしていた。それは家の天井程の背丈があった。それは目が無かった。それは鬼の面頬をしていた。それは身の丈ほどもある剣を握っていた。それは鎧のような外皮をしていた。

 「成功してやがったのかよ……!」

 八角は口元の血を拭いながら立ち上がる。怪物と化した明神は八角の胸元に剣を突き立てた。目にも止まらぬ速さ。八角は何も対処することができなかった。

 「かっ……」

 明神の腕を握りしめ、銃口を向けた。

 「お前ら! 俺ごと撃て!」

 明神に向かって無数の銃弾が飛んでくる。しかし鎧が銃弾を弾いてしまう。

 「バケモンが……」

 八角を貫いたまま剣を振り投げ飛ばす。八角はリビングを縦断し窓から庭に飛び出された。

 「俺はまだ不完全なんだよ! クソが!」

 血を吐き出しながら八角は起き上がる。部下の短機関銃を奪い取り、弾倉を取り換える。そして手りゅう弾を投げた。それはユキネたちの元へ転がった。

 「対象の生死は問わない! さっさと殺してずらかるぞ!」

 攻撃の対象がすぐさまアマネに移った。手榴弾が破裂する。明神が二人に覆いかぶさって攻撃を退けた。頭に銃弾が当たり、明神の身体がわずかに揺らいだ。明神が反撃する。数人の身体が真横に両断された。その中の一人の持っていた手榴弾が見当違いの方向に転がり、その先はガス管だった。大きな爆発が起き、敵味方諸共を吹き飛ばす。家は炎に包まれた。

 「けほッ……アマネちゃん! アマネちゃん!」

 投げ出されたユキネは半身を起こし、アマネを探す。身体じゅうが痛いが気にしていられない。見ると、気を失ったアマネが倒れていた。

 「今行くから……、ッ!?」

 足が動かない。そうだ、撃たれていたんだった。大きな塊がうごめく。明神だ。まだ怪物状態を解いていない。明神がアマネの下へ行こうとする。しかし明神は気づいていない。その向こうで、八角が銃を構えていることを。

 「逃げなさい! アマネ!」

 明神はユキネの声で八角に気付く。そこで新たな爆発。ユキネと明神を熱風が襲う。

 「逃げなさいってばぁああああ!!」

顔を覆いながら呼びかける。手を退けると、八角が脚で踏みつけながらアマネに銃口を向けていて、アマネの、頭から、血だまりが、広がって────

 「いやぁあああああああああ!!」

ズドンと。胸に。痛みが走る。アマネが撃たれたという心の痛みだけじゃなかった。物理的に急に苦しくなって、床に身体を投げ出す。かひゅ、かひゅ、息が不気味に漏れる。

 「ア……マネ……ちゃん」

 アマネの下へ這いながら行く。手を伸ばす。もう少し。もう少し………………。

 「ごめんね……アマネちゃん……」

 胸を痛ませながらユキネは涙を流した。その目にはアマネしか映っていない。

 「無力で……ごめんね……」

 目を閉じる直前、アマネの目が開いたように見えて、ユキネは心の底から安心した。

 「生きて……お姉ちゃんの分まで……」


 「愛してる……」

 明神は、目の前の悲劇を受け入れきれなかった。足元には身体が縦に真っ二つになった八角。そこら中に敵の骸。そして少し先にはアマネに手を伸ばしながら絶命したユキネ。目を覆いたくなった。竹上の手は速かった。自分が思う以上に。もっと早く対策していればこの二人を巻き込まずに済んだかもしれない。自分のせいだ。しくじった。

 「お……」

 叫びそうになる炎の中、何かがかすかに明神の耳に届いた。誰かの声だ。女の声だった。

 「お……ねぇ……ちゃん」

 アマネが起き上がり、ユキネの亡骸を抱き寄せていた。明神は信じられなかった。アマネは確かに頭を銃で撃ち抜かれて死んでいたはずだ。

 「おねぇちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん!」

 頭に空いていた穴も、背中の傷も無くなっている。しかし火に包まれてできた生々しい火傷は身体中にこびりついていた。

 「お姉ちゃん! 起きてよ! お姉ちゃん! どうなってるの!?」

 舌足らずだった声が明瞭として、幼かった面影が無くなっている。アマネは何が起こっているか分からないまま、恐れながら周囲を見渡し、ユキネに向かって呼びかけていた。

 「お姉ちゃん! 返事して! お姉ちゃん! お姉……ちゃん……」

 アマネがこちらを見た。そして顔を引き攣らせる。そこで明神は自分が怪物状態を解除していないことに気付いた。

 「お前が……お姉ちゃんを……」

 アマネの顔が憎しみで鋭くなる。そして足元に落ちていた銃を拾い上げ、明神に向けた。

 「お前が!!」

 弾が出ない。暴発し破片が飛び散る。顔に破片が突き刺さるが、すぐに傷が治った。

 「う……あ……」

 アマネは頭を掻きむしる。火傷がどんどん広がっている。腕から肩へ。肩から背中へ。どうなっているか明神は分からなかった。

 「ああ……あああああああ!!」

 アマネは倒れ、痛みに声を上げる。明神は黙ってそれを見ていることしかできなかった。

 「お姉ちゃん……お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 狂ったようにそう叫び、やがて静かになった。明神はやっと我に返り、ふと目に飛び込んできたガラスの破片に映った自分の姿を見る。そこにいたのは、どうしようもなく怪物に成り下がった自分だった。

 「醜いな……」

 怪物状態を解除し、アマネとユキネを抱きかかえる。そして家を出た。家はもう全体に火の手が回っており、野次馬や消防隊が駆けつけていた。救急隊がこちらへやってくる。

 「彼女は……もう……。もう一人はまだ生きているから……どうにか……」

 救急隊員は重々しく頷くと、二人を担架に乗せ救急車に飛び乗った。

 明神は膝をつき、燃え尽きる家を見る。

 「すまない……立松」

 全て自分のせいだ。しくじった自分のせいだ。いや────。思い直す。あの膿のせいだ。

 明神は裏路地に姿を消し、再び怪物となった。大きく跳躍する。目的地はもちろん、竹上ヒロシの屋敷だ。屋敷を見つけ、そこに飛び降りる。銃を向けてきた者たちを容赦なく屠った。屋敷内に入る。武装した者だろうが誰だろうが関係なく切り捨てる。竹上の姿を見た。

 「立松零士は最後まで何も吐きませんでしたよ。適当な女の叫び声を聞かせるまでは。誰かと勘違いしたんですかねぇ。例えば……可愛い可愛い娘なんかと」

激高した明神は吠える。爆発するように回帰し、竹上に躍りかかった。

 「もう一度殺してやろうか、若造」

 応えるように竹上も怪物となった。明朝。屋敷は崩壊し、竹上は撤退。瓦礫の山の中で、明神はただ立ち尽くしていた。


 明神が次に目を覚ましたのは、総理専用の緊急病棟のベッドの上だった。

 「立松零士さんの件ですが……」

 殺されたらしい。病院内に竹上一派が居たようだ。そう報告する菅生はひどく憔悴しきっていて、自分を罰し続けている。菅生は唯一の生き残りだった。右手脚を犠牲にしながらも。

 「……そうか」

 「申し訳ありません」

 菅生は涙ながらに言う。明神は何も言ってやれなかった。何を言うべきかもわからなかった。完全な敗北だった。明神たちは竹上の動きになすすべもなかった。意図的に暴走させたホモデウスを使い、竹上は勢力を凄まじい勢いで拡大させていく。明神はそれらホモデウスのこの世のものとは思えない醜い姿を、皮肉めいた名称でこう呼んだ────『異界人』と。異界人という名とともに、彼らの所業は官邸を中心に知られることになる。

 政権内での発言力にも、竹上の派閥にも明神は追いつくことができない。今殺されないのは自分が総理大臣だからだ。アマネの居場所が見つかるのは時間の問題だった。

 一つ誤算だったのは、アマネが異界人を一人で退治したということだった。明神陣営は、竹上陣営の異界人に対して有効打を持つことができていなかった。明神は考えてしまった。これは竹上を倒すチャンスだ。

 「彼女の血液が異界人に対して有効なのは、彼女の血────つまり細胞が、異界人の細胞を侵食するスピードが格段に速いからです」

 明神は病院のベッドで眠りこけるアマネを見つめる。彼女の担当医が続けた。

 「おそらく彼女の細胞を司っている脳内コンピューターの不具合……コンピューターが暴走していることで、再現細胞のリミッターが外れているのです」

 「……あの時のホモデウスが実現してしまった、というわけか……哀れだな……」

 菅生が病室に入って来た。二人だけで話がしたい、と明神は担当医を部屋から出す。傍らに立つ菅生へ、明神は口を開いた。

 「彼女を武器として使おう」

 菅生は明神の言葉に目を見開いた。

 「刺し違えてでも竹上を倒す。今この国の膿は全て竹上に集まっている。竹上を倒せば全て収まる。そのためなら何だってやる。死んだ立松のためにも」

 「総理! それはあまりにも……あまりにも彼女自身のことを考えていない!」

 「ああ……そうだ」

 明神は諦めたように笑った。

 「俺は地獄に落ちるだろう。ただ、地獄に落ちる外道は……俺とあの糞爺で打ち止めだ」

 「総理……」

 「哀れだ。哀れなんだ、あの子は」

 明神はアマネを見る。首元まである火傷は細胞の再現能力の不具合の表れだと言う。火傷がある状態がデフォルトだと認識して、身体じゅうに火傷を広げているのだ。

 「誰に生み出されたのかも分からず、気付いたら意識があり、人格があり、家族を奪われ、一人だ。彼女は何のために生まれた? その答えを与えてくれる人はもう死んだ。与えなければならない。彼女は尊厳ある命だ。誰が何と言おうと、歪だろうと、異界人だろうと、彼女は人間だ。生きなければ。生きる目的を与えなければ」

 アマネが異界人を倒す時の映像を明神は見ていた。自分を顧みない無茶苦茶な戦い方。早く家族の下に行きたいと願っているような。

 「そんなこと……あの家族が望むものか……」

 「なら、私も地獄に落ちます」

 明神は菅生を見た。菅生は先を失った右腕を左手で握りしめる。

 「守れなかった。彼女たちを守れなかった。この責任は死んだっていつか果たさなければならない。だから死んでも彼女を守ります。そして地獄に落ちましょう」

 「……馬鹿め」

 「なんとでも仰ってください」

 アマネへのふたつの嘘。ひとつは、アマネの幼少期の記憶を創り出したこと。立松から聞いていた話を繋ぎ合わせ、アマネの脳内コンピューターにその記憶を書き加えた。しかし与えたのは記憶の断片だけだ。それは必ずしも感情には繋がらない。アマネの家族に対して抱いた愛情は本物のはずだ。ふたつは、アマネの家を襲った怪物が敵だと言ったこと。だから異界人を殺せと。家族がなぜ死ななければならなかったのか真実を探せ。目的への道のり、その最中で明神はアマネに殺されても良かった。

 「立松……もう、一生会えないな」


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