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第一話

 「私が殺したアレは人間じゃないの」

警視庁の取調室にて。目の前の少女の発した言葉に警官は「はぁ?」と素っ頓狂な声を出す。

 「人間じゃないんですよ、アレは。だから私、罪に問われないの。分かる?」

 「何を馬鹿げたことを……証拠は上がってるんだよ!」

 警官はそう言いながら机を強く叩く。唾を飛ばし激昂する彼に対し、その視線の先に座っている制服姿の彼女────立松アマネは身動ぎ一つせず、面倒臭そうに警官を見た。

 「言い逃れできると思ってんのか!?」

 警官は机に置いてある、ビニール袋に包まれたネイルガンと赤く染まった釘を見た。霞が関を歩いている男、氏名『有明ユウスケ』三十六歳。経産省の官僚だった彼に、アマネは通りすがりにそのネイルガンを撃ち込んだ。まず最初に二発を腹に。そして続けざまに五発を顔に撃ち、最後に脳天に一発。被害者は抵抗する間もなく絶命した。

大通りで殺人を実行したアマネは当然実行犯として連行された。彼女はまだ十六歳だが、殺人の罪は少年法を適用してもなお重い。しかしそんな場面で彼女は────

 「はぁ……」

 アマネはため息をついた。さながら鬱陶しい生活指導の教師に叱られる不良学生だ。

 「あの、お巡りさん。今何時ですか?」

 怒りを通り越して呆れる警官に、アマネは時間を尋ねる。

 「私が連行されて、どのくらい経ちました?」

 「……一時間だが、それがどうした」

 「一時間? はぁ、もうおっそいなぁ……」

 アマネは不機嫌そうに足で床を叩く。

 「……あのひと」

 アマネは目の前にいる警官の向こう、記録をつけている若い警官を見る。

 「あのひとも人間じゃない」

 「ぼ、僕ですか?」

 若い警官は自らを指差し、鼻で笑った。アマネも笑顔になる。

 「良かった。また一人見つけられた。近くまで行かないと分かんないんだよね……」

 アマネは首を振り、目にかかっていた前髪をどけた。

 「そっちのお巡りさんは若いのに、どうして『向こう側』に魂を売っちゃったの? てっきり脂ぎったおじさんばっかだと思ってたから意外だった」

 「君は何を言ってるんだ? 僕に何か言ってもどうにもならないのに……」

 その時、扉がノックされる。扉を開けるとそこには妙齢の女性が立っている。ショートヘアにパンツスーツの女性だ。女性は開口一番こう言った。

 「彼女を解放してもらいます。これは辞令です」

 女性は懐から三つ折りになった紙を取り出した。それを見た警官は目を剥く。

 「け、警視庁長官!?」

 「ええ、つまり国からの命令です。彼女を開放しなさい」

 警官はたじろぎ、アマネを見る。

 「い、いやしかし、あれは殺人の実行犯で……」

 「そうですか。ではあなたを特別公務執行妨害の罪で逮捕します。入って」

 女性がそう言うと、取調室にスーツを着た男たちが雪崩こみ警官二人を取り押さえた。

 「な、何なんですかあんたたちは!?」

 警官二人が床に組み伏せられる。女性は警官のポケットから手錠の鍵を取り出した。

 「もう、遅いよ朱里さん」

 「ごめんなさい、アマネさん。でもあなたが予定に無いことをしたからでしょ? それに変装もしないでやらないでとあれほど言ったのに……回収も大変だったんですよ」

 「見つけちゃったからしょうがない」

 手錠から開放されたアマネは手首を撫でる。そこには手錠の痕の他に、爛れ変色した箇所があった。火傷の痕だ。

 「そこのお兄さん、異界人だった。やるね」

 「分かりました」

 アマネは机に置かれたビニール袋からネイルガンを取り出し、釘を装填した。そして若い警官の頭に銃口を向ける。

 「何の罪も無いけど……かわいそうに。生まれ変わったら真っ当になってね。じゃあ」

 アマネは引き金を引いた────が、発射された釘が何かに弾かれる。若い警官の頭の周りに淡く光る霧が漂っている。

 「調子に……乗るなぁああアアーッ!」

 若い警官は身体じゅうに力を籠め、自分を抑えていたスーツの男たちを吹き飛ばした。男たちは人形のように壁に激突し、うめき声を上げながら床に崩れ落ちる。

 「朱里さん、下がって。あとワイヤーと予備の釘」

 「はい。健闘を祈ります」

 アマネは朱里から受け取ったワイヤーを射出する移動装置を左手首に装着、そして一面に釘が付いたベルトを腰に巻いた。

 若い警官の周りにある霧が段々と濃くなり、彼に纏わりついた。それはやがて繭のようになり、そして溶ける。そこから現れたのは、先ほどまでアマネの目の前にいた若い警官とは全く違った怪物だった。三、四メートルほどの巨体。全体的に暖かい橙色で、馬のような下半身を持ち、しかし脚は六本ある。胴体では肋骨が飛び出し、腹は異常なほどこけている。両腕の先は槍のように鋭く、そして顔の上半分からは馬のような頭蓋骨が伸びていた。まさに異形であり、怪物と呼ぶにふさわしい。これこそが、アマネの言う『異界人』の本来の姿だ。

 怪物は叫び、アマネに突進する。アマネはひらりと取調室を飛び出した。怪物は壁に激突し、壁は砂で作られていたかのようにあっさり崩れ、怪物はアマネを見据える。アマネは躊躇なく踵を返し、ネイルガンで窓を割り外に飛び出した。そこは三階だった。

 「……ふッ」

 警視庁の外壁にワイヤーを撃ち込み、道路にアマネは降り立つ。一際大きいガラスの破壊音が鳴り、怪物が外に飛び出した。着地する時通りがかったトラックを潰して諸共に爆発する。怪物は爆炎の中で吠えた。

 アマネは距離を取りながら釘を撃ち込む。魔改造されたネイルガンから発射される釘は、怪物の身体に次々と突き刺さり、怪物は呻いた。怪物は叫び、アマネに突進する。アマネは街灯にワイヤーを括りつけ、弧を描き飛び怪物の後ろに着地した。怪物は一直線に建物に激突する。

 「へぇ」

 怪物はいきり立ってアマネに対峙する。そして槍となった手をアマネに向けた。そこからアマネの目に捉えきれない速度で槍が発射される。

 「────ッ!?」

 アマネはコンクリートに身を投げ出し飛んできた槍を回避するが、背中に切っ先が触れ、鮮血が溢れ出す。傷には目もくれずアマネは怪物を見据えた。槍を飛ばした方の腕には何も無い。

 「……これ、あと一回しかないのか」

 まともに当たったらまず生き残れない。突進されても同じだ。そう考えたアマネは怪物に向かって走った。怪物の胴体にワイヤーを撃ち込み、一気に接敵する。その瞬間怪物は大きく身体を払った。その勢いに押され、アマネはビルに激突する。

 「くふ……ッ」

 ガラスにひびが入り、アマネの背中から出る血がガラスを汚す。肺から無理矢理息を吐いた。胃液が逆流する。しかしアマネは壁を蹴ってワイヤーを手繰り寄せ、怪物に飛び込む。背中にしがみついたアマネはネイルガンの銃口を向けた。無機質な音と共に次々と釘が突き刺さる。怪物は暴れてアマネを振り落とそうと暴れる。

 「弾切れ……」

 ベルトから連結された釘を引き抜いてネイルガンに装填するアマネ。怪物は後ろ向きに飛び、路肩に停めている自動車に自分ごとアマネを激突させる。

 「あうっ!」

 自動車は容赦なくひしゃげ、アマネは窓ガラスに頭から突っ込んだ。怪物が離れると、アマネはずるずると道路に落ちる。怪物は槍をアマネに向けた。突き刺さらんとするその瞬間、アマネはワイヤーを射出し怪物の首に打ち込み、槍を蹴って飛び上がる。怪物と距離を取った。

 「……ぺっ」

 アマネはふらふらとしながら、血の混じった唾を吐く。頭や腕、背中や脚、至るところから血を流し、右目は腫れて開いていない。それでも何でもないような顔をして、アマネは立っていた。アマネは、痛みを感じない少女だった。

 「弾ァ……無いな……」

 ネイルガンに装填し直して、歩く。引き金に指をかけ怪物に近づいていく。怪物はいきり立って足で地面を蹴った。そして突進してくる。アマネは怪物の身体にワイヤーを撃ち込み、怪物の懐に潜り込んだ。首に絡みつき、足で締め上げる。怪物は暴れた。

 「終われ……ッ!」

 銃口を頭に向け、間髪入れず引き鉄を引く。引く。引く。引く。怪物は釘が撃ち込まれるたびに痙攣した。だんだん身体に入っていた力が無くなっていき、だらんとし始める。最後まで釘を撃ち切り、アマネは膝をついた怪物からふらふらと立ち上がった。

 「終わった……」

 アマネは一息吐き、スマホを出そうとしたが、そういえば警察に連行された時に没収されたんだった、と思い出した。ポケットに手を突っ込みながらアマネは独り言ちる。

 「どうしよう、朱里さんに終わったって言わなきゃ────」

 その瞬間、影がアマネを包んだ。怪物が起き上がってアマネに槍を向ける。アマネは振り向く。ネイルガンが手ごと貫かれた。手のひらに大穴が空き、ネイルガンがおしゃかになる。槍が道路に突き刺さり、アスファルトにひびが入る。怪物は槍を引き抜きアマネに吠えた。

 ────死ぬかも。

 槍の一撃を紙一重で回避する。このままでは壁際まで追い詰められてしまう。そこで急に飛び出してきた自動車が怪物に激突する。怪物は吹き飛び、道路に投げだされた。

 「アマネさん!」

 前部分が破壊された自動車から朱里が降りてくる。朱里は棒をアマネに投げ渡した。

 「なんで来てんの。危ないって」

 「ヤバそうな顔してましたけど」

 「うっさい。サンキュ」

 アマネは棒を握る。アマネの生態認証を認識し、棒が起動する。アンロックされた。怪物が起き上がりアマネに向かってくる。アマネは歩き出した。

 「……来い!」

 槍が来る。タイミングを合わせ、槍の上を蹴り上がった。棒を腰に構える。棒から赤い刀身が現れ目にも止まらぬ速さで抜かれた。怪物は叫び声を上げ────前に、首が刎ねられた。釘だらけの首がごとんと落ちる。怪物はついに道路に沈んだ。

 「おっとっと……さすがに血ぃ流しすぎた、かな……」

 着地したアマネはよろける。いよいよ倒れそうになった時、彼女を支えた手があった。

 「ナイス朱里さん」

 「お疲れ様、アマネさん」

 朱里は目の奥にアマネを心配する色を見せながら、アマネを抱きかかえる。

 「思ったより苦戦した。なんで応援来なかったの?」

 「急すぎて準備ができなかったんですよ。だからあれだけ事前に言えと……それにしても、まぁ派手にやりましたね」

 朱里は大通りを見る。凹んでひび割れた道路、落ちたガラス片、ぐちゃぐちゃになった自動車に抉れたビル。その張本人であるアマネは血塗れになりながらも涼しい顔だ。

 「良いじゃん、倒せたんだし」

 「そうですね。処理は私たちに任せて、アマネさんはゆっくり休んでください」

 怪物────異界人の死体は燃え始めている。死んだ異界人の特徴だ。防疫服を着た人々が死体の回収作業に当たっている。死んだ異界人は重要な研究材料だからだ。

 アマネはそれを薄ぼんやりと見ながら、朱里の腕の中でゆっくり目を閉じた。

 「生き残っちゃったな……」


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