7.
グスッ、ズズと鼻をすする音を鳴らしながらゲームを終えてパソコンの電源を切ると、
ピロリンッとメッセージが来た。
億劫な思いでスマホをみると、ほのかからだった。
「帰宅!最近しょうちゃんと遊べてないけれど、浮気しちゃだめだからね♡」
いつもなら、俺はほのか一筋だから!とか返していただろう。
だが今の気持ちでは、そんな言葉を返す事はできない。
暫くの間、どう返そうかと悩んでいたが、
結局返信する言葉が思い浮かばずスマホをベッドの横に置いた。
その時だ、キキキーッという自転車のブレーキー音が玄関先でなった。
時間は夜の11時。こんな時間に何だろうと思いつつ様子を見るかとスマホをポケットに詰め込み、一階に降りて玄関に向かえば、丁度チャイムが鳴った。
ピンポン、という音に玄関のドアを開けると、そこには
「生きてるか村正ァ!」
--------------------明日菜がいた。
クセッ毛がところどころ左右にハネて、眼鏡も少し傾いている。
上下芋色のジャージ姿で来る途中にひっかけたのか葉っぱがついている。
肩で息をして汗づくになりながら俺の様子を見ている明日菜に、
「・・・明日菜?」と間の抜けた返事しか返せなかった。
「いやぁ、なんか終わり際の村正の様子がアレだったからさ、
うっかりスーサイドしないかなって心配になって」
「・・・・しないよ、大丈夫。
心配かけてごめんな・・・っていうかこんな時間に女の子一人で出歩くものじゃないよ。
ほら、送っていくから!」
そういって俺もチャリだして送るか・・・なんて考えていると、
明日菜は下を向きながら俺の服の袖をきゅっ、とつまんだ。
「だってあんた・・・泣いてたじゃん」
そんな事を呟く明日菜は、小さくて弱弱しい声で。
その表情は見えないけれども、
まるで俺の代わりに泣いているような気がした。
あれからきっと飛ばしてきたのだろう。
そんな明日菜をこのまま返すのはなんだか違う気がしたので、
とりあえずお茶でも出そう、と明日菜を家に上げた。
玄関のすぐ横のリビングに明日菜を通し、電気をつけて、冷蔵庫を開ける。
よく冷えた麦茶があったのでコップ八分目程度に注ぎ、明日菜に出す。
「ほい、喉乾いただろ。」
そういって麦茶を出すと、
「ありありぃ!・・・・・ップハーいきかえるー!」
とゴクゴクと一気に飲み干した。
やっぱり喉が渇いていたようだ。
豪快な飲みっぷりは見ていて元気が出るな!ムラニカポイントあげよう。
「でもお前がこんな時間に家に来るなんて驚いたぞ。
心配させちゃってたんだな・・・ごめん、それとそんなに心配してくれてありがとう」
素直にお礼を言うと、下を向いて、
てれてれと頬を赤らめながら頬をポリポリかく明日菜。
「いやぁ・・・何か今の村正をひとりにしちゃいけないような気がして・・・サ」
ピロリンッ
ちょうどまた、スマホが鳴った。思わず眉根を詰め、スマホの画面を見る。
ほのかだ。
「もう寝ちゃったの?起きてるなら返事ぐらいしてよー!」
「それともやっぱり他の子と浮気してるのー??私はしょうちゃん一筋なのに、裏切り者~~」
ピロリンッ、ピロリンッ、と続く音と共にほのかからのメッセージが届く。
いつもなら、今までなら、
ほのかのメッセージが届くだけでうれしくなって相好を崩して返信をしているのに。
今日はそんな気持ちにはなれず-----ぽろり、と涙が零れた。
子供のころから一緒にすごした過ごした今までの思い出と、何度か見たあの男と仲睦まじくする今日見た光景と、テツくんがくれたあの写真がフラッシュバックする。
「ぐっ・・・ウグッ、ぐううっ」
明日菜がそこでみているのに、と頭の片隅で思っても、一度零れた涙は止まらなかった。
スマホを持ったまま、しゃがみこんで泣き続ける。
高校生にもなって大の男がみっともない。
俺って情けない奴だ、ごめん、折角来てくれたのにこんなところを見せてご免、明日菜。
そうやって咽び泣いていると、ふわり...と柔らかくあたたかな感触につつまれた。
鼻腔をくすぐるのは、石鹸の香り。
「・・・つらかったね、しんどかったよね」
そう言って、明日菜は俺の頭を正面から胸に抱きしめ、
俺が落ち着くように、背中をさすってくれていた。
「・・ごめん、ごめんっ・・・」
「いいんだよ、つらい時は泣いたってむら・・・正吉」
明日菜の、少し早い胸の鼓動を感じる。
繰り返し背中をさすられる感覚のままに、
涙が枯れるまで泣き続けた。
しばらくして、涙が止まり落ち着いたところで俺も顔を上げた。
冷静になると、急に恥ずかしさ炸裂してきた。
くそう、俺はなんてみっともない、
だめなやつなんだ・・・女の子に心配させて家に来させたばかりか抱き着いてわんわん泣くなんて。
「・・・でも可愛いところもあるな村正ァ」
そういって、耳まで真っ赤にしながら、
いつものようにニヘラっとわらう明日菜。
「むっ・・・忘れろ!忘れてくれ!」
「どぉーうしよっかなぁ。このお礼は何をしてもらおうか村正ァ」
そうやってケラケラ、と笑う明日菜の様子に、あ、と思い出したように零す俺。
「・・どうした村正ァ」
「お前、結構、かなり、着やせするのな。こう・・・大盛り?」
「そういうところだぞ村正ァーーー!」
げしっ、と明日菜に蹴倒された。
ははは、と笑いながら、ありがとう、と素直に明日菜にお礼を言うのだった。
「大丈夫ですか、村正くん」
突然の声に「ウォアアアアア!?」「ひゃああ?!」と驚いとてとびあがる俺と明日菜。
玄関の方からにゅっと顔をのぞかせているのはテツくんだ。
「「テツくん?!」」
ハモった。
「はい、僕です。僕も村正君の様子が心配だったので来ちゃいました。
・・・でも大丈夫そうで良かったです。
ところでこの体勢少し大変なのでお邪魔しても良いですか?」
ごめんテツくん、とあがってもらってお茶を出す。
その間明日菜は、ふー、パタパタと掌で自身を仰ぐような真似をしながらソファに座っていた。
まだちょっと耳が赤いぞ明日菜ァ!
「でもよかったです、井上さんも来ていたんですね。
村正くんが泣くなんて滅多になかったから、心配しました」
いつものような表情で言いながらこちらを見上げるテツくんに、
ありがとうとお礼を言う。
ちらりと明日菜のほうを見ると、はわわ・・・と目をキラキラさせてる。
・・・意外に切り替え速いのか?
そのはわわは何なんだ・・・とそんな事を思いながらテツくんに視線を戻した。
「親には言ってきました。
迷惑でなければ今日は泊まっていってもいいですか?
一人じゃなければ気も紛れると思います」
「お泊りイベントッ・・・!ムラテツッッキタッッ!!!」
テツくんからの突然の申し出に、なぜかガッツポーズをとっている明日菜。
よくわからんけどそういう所だぞ明日菜ァーーー!