47.dirty
は・・・ははは・・・やった!やった!!やった!!
背後で残り少ないスプレーを吹いたような音が鳴り、電車のドアが閉まる。
ガタンゴトンと音を立てて発車し去っていく電車を振り返る必要は、ない。
私の、藤島ほのかの純愛の成就のために。
想いが無駄でなかったことの証のために。
この街よ私は還ってきた!
だめ、まだ笑うな・・・笑ってはいけない・・・不審に思われるから・・・。
高鳴る鼓動を隠し、一歩ずつゆっくり歩く。
花火がはじまる時間まであと少し、
少し焦るくらいだがまだまだ余裕はある。
しょうちゃんとまた会えるかはわからない・・・いや、会えるはず。
------------そうに決まっている。
でなきゃ、今ここで、私が、お金を手にして、この街に1人で帰ってこれるわけがない。
運命は私に味方しているんだ。
亡くなったしょうちゃんのお母さんだってきっと私を応援してくれている。
ここでしょうちゃんに再会して、しょうちゃんに抱き着いてわんわん泣いて、
そうするとしょうちゃんが優しく慰めてくれて、それで、赦されるんだ。
そうして祝福されて全部全部、元通りになるんだ。
こんなにつらい思いをした私がハッピーエンドにならないわけが、ないんだから。
財布やバッグはは全部お母さんにとりあげられてしまったので、
持ち物と言えば子供の頃に使っていたポシェットに、むき出しでお金をいれただけ。
携帯電話もない。
でもずっと暮らした町なんだ、電話も地図もなくたって道になんて迷わない。
待っててねしょうちゃん-----------いま、会いに行きます
足取りがおぼつかない。
お腹の事と、軟禁状態ともいえる生活で落ち切った体力は思ったよりも少ないみたいだ。
だからこそ少しも無駄になんてできない、
だってしょうちゃんと再会して、
しょうちゃんとそういうことをする雰囲気になってしまうかもしれないのに、
そんな時に私がバテてたらきっとしょうちゃんだって悲しむだろうから。
人の波にのまれないように、慎重に駅の中を歩いていくと、姿見があった。
綺麗だった髪はぼさぼさで、頬はこけて目の下にはクマがある。
ロクな服が残されていなかったせいで、
襟の伸びたTシャツに、
痩せた所為でベルトがないとズリさがるようになってしまったホットパンツぐらいしか着れるものがなかった。
・・・・『Cheat on』ってなんのロゴだろう、ダッサいTシャツ。
ベルトはついぞみつけられなかったから、さがるズボンを時折手で持ち上げながら歩く。
酷い姿。
これが私?・・・そう目を覆いたくなる。
艶やかな髪も、すべすべの顔も、自慢の身体も、全部ボロボロだ。
以前の私の面影なんて微塵もない。
前の私を知る人が今の私を見ても、同じだとは思わないだろう。
でもいいんだ。
しょうちゃんならきっと、可哀想だって思って私を撫でてくれる。
そう思いながら駅を出て歩いたところで、ドンッ、という感覚があった。
何か引っ張られる感覚がしてそちらを見ると、帽子を目深にかぶった赤毛の男----------私と同じくらいの年頃だろうか--------が、見覚えのあるポシェットをもってこちらを見ている。
「・・・そ、そ、れ、わた、わぁ、たしの」
人と喋らなさ過ぎたから声が出ない。
周りの人が怪訝そうな顔をしてこちらを見るが、私の様相を見て皆顔をそむける。
それはそう。
もし私がこんなこんな小汚い身なりの、ボロボロの女をみても、
わざわざ近寄ろうだなんて思わない。
そんな事を思いながら奪われたポシェットを取り返すべく追いかける。
その男は追いつけないけれども離れない、
そんな距離を保ち、時折立ち止まってこちらを振り返りながら私の様子を見ている。
・・・何がしたいの?
少し走っただけでゼェハァと息が切れる。
額から汗を流しながら追いかけると、その男が入っていったのは・・・
「駅前タワー?」
ここは屋上が展望台になっている施設だ。
いつもなら展望台から花火をみる人でにぎわっているのに、周りを見るとほかに人がいない。何でだろう。
・・・まぁいい、あのポシェットは絶対必要なんだ、しょうちゃんとお祭りを回るのにも、その後にラブホテルに行くのにも。
「くそっ・・・え・・せ・・・!」
目の前でエレベーターのドアが閉まる。
「・・・あああああっ、くそっ、くそっ」
こんな事してる場合じゃないのに!
もう一つあるエレベーターのボタンを連打し、開いたドアに滑り込む。
展望台のある屋上直通のエレベーターを出れば、そこは展望台だ。
そこにも誰もいない。・・・おかしい。
だが、探していたポシェットはあった。
展望台にある、有料の双眼鏡のところにポシェットがかかっている。
ポシェットを開けたが、中身に手は付けられていなかった。
「よかった。・・・これで、しょうちゃんに・・・」
そう言いながら、ふと、閃く。
この双眼鏡なら、神社の境内やあの場所をみてしょうちゃんを探せるかもしれない。
闇雲に探すよりも、その方がいい気がする。
ポシェットからコインをつまみ出し、カチャリ、と鍵が閉まる時のような音を立てて薄い円のニッケルがスリットに吸い込まれて落ちた。
双眼鏡に顔を近づけ、倍率を操作しながらみていく。
変わらない街並み、もう通えなくなった学校、しょうちゃんの家、私が住んでいた家。
それらを見るたびに、辛く、泣きたい気持ちになるが、涙をこらえる。
「しょうちゃん、しょうちゃん、しょうちゃ-----------」
いた。
あの場所に、しょうちゃんはいた。
----------明日菜と、こころちゃんに挟まれて。
世界で一番大好きだった人が、世界で一番素敵な笑顔で笑っている。
そしてその笑顔は、肩に頭をのせた明日菜と、その膝に乗って甘えるこころちゃんに。
「め・・・だめえ、だめぇ!」
しょうちゃんの手が、こころちゃんの髪を優しくなでている。
ヤァ、ヤ・・・ッ私を、撫でてよしょうちゃん・・・!
ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
「それは、わたしのばしょ、わたしの、わたっ」
震える声を絞り出し、双眼鏡にかじりついたまま、手を伸ばす。
「かえしぇ、かえ、して、わたしの、場所、そこ、あ、アァァ・・・」
甘ったるい鼻水が口に入ってキモチワルイ。
花火が3人をひときわ強く照らした後、明日菜が、次いでこころちゃんが、その頬にキスをする。
「アァァァッ・・・アアアアアア!アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!アーーーーーーーーーーーッ!ヤダァーーーーーーー!!」
しょうちゃんの、明日菜の、こころちゃんの表情までもはっきりと、くっきりとみてとれてしまう。
「ヤダーッ!イーヤイヤイヤイヤッ、イヤッ、イーヤッ・・・ヤーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
言葉にならない絶叫を繰り返すことしかできない。
そして2人にしょうちゃんが押し倒され、3人で大の字に並んで笑い合っているのをみたところまでで、ゴトリ、という音と共に双眼鏡が暗くなった。
---------その音は、まるで断頭台のよう。
・・・こんな所でこんな事をしてる場合じゃない。
しょうちゃんのところに、すぐにいかなくては。
「行かせませんよ」
双眼鏡から目を離し振り返ると、
そこには浴衣姿のテツくんと、黒服にサングラスの男人たちが何人もいる。
「ここは今日、予め告知して貸し切りとして人払いをしていました。
そしてあまりほめられたやり方ではありませんが・・・貴女を誘導させてもらいました」
そう言うと黒服の人たちが、壁になるように前に数歩歩み出る。
「どう・・・して、なんで邪魔、するのぉ?わた、わたし、しょうちゃんの・・・」
「今、正吉君は貴女を振り切って前を向いていこうとしています。
そこに、やっぱり我慢できなかった・・・なんて我儘を振りかざして貴女に戻られても迷惑です。・・・ハッキリいいます。
--------------邪魔です。
だから万が一、
何らかの方法で貴女が今日この日にここに来た時のために備えをしておいたんです。
-------理解できましたか?」
淡々と告げていくテツくんが、私の知っているテツくんと随分違う印象で、怖いと、思う。
「ア・・・アアッ・・・ヤダァ」
震えながら、何とかそれだけを言う。
「駄目です。
貴女はビデオレターの別れを以て----綺麗な思い出として、
正吉君の前から去っておくべきです。
どんな思い出もいずれ美しいものとして昇華されて、
時間がたって振り返ったときに懐かしむものになる。
それをもって良しとしてください。
そして貴女も貴女でこれからを生きていってください」
淡々と、しかし有無を言わせない迫力で告げてくるテツくん。
ここまで来たのに、こんなに頑張ったのに、しょうちゃんには会えない・・・って事?
「わァ・・・あ・・・」
頭の中が真っ白になり、へたり込んで声をあげて泣く。
「・・・ほのか」
「ほのか」
テツくんの後ろから、お父さんとお母さんが出てきた。
どういう事?どうしてここに居るの?
「・・・知立さんに迎えを寄越されてきたんだ。
お前が居なくなってもしや、とは思ったが・・・」
「ほのか、もうこれ以上、正吉君を苦しめちゃ駄目よ」
そう言いながらこちらに歩いてくるお父さんとお母さん。
「イヤッ、イヤッ、イヤッ」
「ほのか。これから先も人生はずっとずっと続いていくんだ。
それこそ私や、お母さんが死んだ後も、何十年も。
それは今までほのかが活きてきた時間よりも、ずっと長い。
だから焦らず、ゆっくり、立ち上がって行けばいいんだ。
私もお母さんも、傍にいるから」
「ごめんね、ごめんねほのか。貴女が辛い時に・・・私・・・」
そう言ってお父さんとお母さんに抱きしめられて、ただただ、泣いた。
「わだし、しょうちゃんが好きだったの!
本当に好きだったのに!
どうして、どうしてこんな事になっちゃったのかなぁ?
私の居場所、無くなっちゃった・・・!
もう、もう、私のばしょ、しょうちゃんのとなり、
ない・・・ないよぉ!居場所、ないよぉ!」
「居場所がなくなっても、
新しく作ることはできる。
お父さんもお母さんも、一緒にいるから・・・」
「-------------ここは貸し切っていますので、ご自由に。
花火が終わり正吉君達が解散するまではここに居てもらいます。
その後は監視を着けますのでご自宅まで速やかにお引き取りください。
・・・知立女史の手配で新幹線を手配してあります」
テツくんが、悲しむような、憐れむような、何とも言えない表情で私たちの様子を見ていたが、
そう言うと踵を返して展望台の反対側へと歩き去っていった。
エレベーターは黒服の人がいるのでここを離れて-しょうちゃんのところにはいくことはできないけれど、もう、できないけれど。
それでも今日ん、此処で、私はしょうちゃんの隣にはもうあの2人がいるという事を、
思い知らされた。
私の初恋は、終わった。
・・・いや、もっと以前に、とっくに。
------------終わっていたのだ。
花火の日の裏側でした。
家人の協力で一日なろう作業だけをできたので無事花火の日の終わりまでかけました!




