44.ほのかの独白
あれから病院に運ばれて、結局私に宿った命は失われてしまっていた。
お父さんとお母さんは悲しめばいいのか、
喜べばいいのかといった様子だったけれど、
私は------
幸い私自身の体には何もなくて、あっさりと退院することが出来た。
お父さんやお母さんは私を気遣ってくれるので、私も適当に返す。
もし宿った命が産まれてきたのであれば、きちんと愛するつもりではいた。
けれど、失ってしまったことを哀しいとは思うけれど・・・惜しい、とは思わなかった。
失われてしまったのなら、仕方がない。
まるで私の心が此処に無いようだった。
何もかもを他人事のように感じるのだ。
しょうちゃんを失った時のような、身を切るような絶望も、声の限り叫びたくなるような悲しみも、今は、ない。
そのことを最低だな、と思うけどそれもどこか人の事を評価しているようだ。
お父さんもお母さんも私を心配してくれているけれど、本当に、私は、何ともないのだ。
今なら、わかる。
ここにいるのは、藤島ほのかのぬけがらなのだから。
しょうちゃんに向けたビデオレターが、藤島ほのかの中身全てだったのだ。
心は全てあそこにおいてきて、今ここにあるのは藤島ほのかだったもののナレハテ。
私はもう、息を吸って餌を食べて糞をひりだすだけのそこに生きているだけの存在なんだ。
窓の外からは、蝉の声。
クーラーのきいたリビングで、ぼーっとゾナモスプライムの映画を垂れ流しながら観ていた。
気づけばもう、夏も終わりが近づいてきている。
毎年しょうちゃんと一緒にみた、あの花火。
今年はしょうちゃんは誰かと観に行くのかな。
そう考えると、ずきり、と胸が痛む。
今の私は財布やスマホもなくて、家の外を出ることもままならない。
最も家の外にわざわざ出たいと思うような状態でもなかったからというのもあるけれど。
それでも!
あの花火が、観たい------------
ふと、そんなときだった。
しょうちゃんのお母さんとのやり取りを思い出した。
『ほのかちゃん、女の子は何かあったときのために、
他の誰にも言っていないへそくりを隠しておくのよ』
昔、しょうちゃんのお母さんとそんな話をして、その歳のお年玉の残りをこっそりと本の間に隠したことを今----思い出した。
お父さんお母さんに気づかれてはいけない。
気づかれれば、絶対に没収されてしまう。
これはしょうちゃんのお母さんが残してくれた私の最後の希望なんだ、きっと。
ゾナモスプライムばかりみていて疲れたから、部屋で寝るね、とお母さんにこえをかける。
お母さんは食事の用意をしていたのか、こちらに背を向けているので私の様子に気づいていない。
私は努めて冷静に、普段通りに、自分の部屋に戻った。
ドアに鍵をかけることはできないので、ぴったりと、しずかに、ドアを閉める。
『マルヤウのプレゼント』
そう描かれた絵本は、しょうちゃんのお母さんからプレゼントされた絵本で、子供の頃はなんどもくりかえして読んだお気に入りの本だ。
中学生に上がるころにはほとんど開くこともなくなった本だけれど、その本を恐る恐る開くと・・・あった、ポチ袋だ。
震える指で、ポチ袋の口を開いて中を見る。
中には1万円札が1枚と、千円札が数枚。
やった・・・やった!
声を上げることはできない。それでも、笑みが止まらない。
やった、やった、あった!
嬉しい、これであの街へ行ける。
あの街で、あの花火を視たい。
しょうちゃんに会うことが赦されないことはわかっている。
でももしかしたら運命の神様が奇跡を起こして、
この状況を救ってくれるかもしれない。
そんな、ご都合主義のようなハッピーエンドがあったっていいはず。
その可能性がわずかでもあるのなら、それは今の私がすべてをベットするのに充分すぎる希望なのだ。
ポチ袋を絵本に戻し、絵本を閉じると元に戻した。
念のためドアの方を振り返る、ドアは開かれていない。
足音を殺し、ドアを開いて廊下を見渡す。誰もいない。
階段を降りてリビングを見ると、その奥の台所でお母さんは料理を続けていた。
あぁ、良かった。
誰にも気づかれていない。
これは私に与えられた最後の希望。
夏の終わり、あの花火の日。
全てが壊れた始まりのあの日に、私は、かえることができる-------------




