6.
あの後、会計を済ませたてからテツくんと別れ、明日菜を家に送った後で俺は帰宅した。
女の子を遅い時間で一人で返すわけにはいかないからね!
帰宅してご飯を済ませた後で、PCをつけて明日菜とライブチャットしながらオンラインゲームをしていた。
色々と考えていたところで明日菜からの電話が鳴り、「なんか一人で思い悩んでそうだからゲームだゲーム!!」と誘ってきた、努めて明るく言ってくる明日菜に、優しい子だなぁ、と思いながら応えたのだ。
そうして3VS3の対戦ゲームをしていると、明日菜がぽつりと言った。
「でもあいつって誰なんだろうね」
あいつ、という言葉だけで俺も理解した。
俺からほのかを寝取った、男だ。
アイドルばりのイケメンだ、それは同性の俺から見てもはっきりと言える。
「そういえばそうだよな。俺、何にも知らないんだ」
あの男がどこのだれかなのか。
どうしてほのかとそういう事をするようになったのか。
そもそもいつからほのかは浮気をしていたのか。
考えれば考えるほど色々な事が連鎖して思い浮かぶ。
俺には知らなければいけない事がまだまだあるのだ。
ほのかに対しては、裏切られたという気持ちがある。
決定的な証拠を手にして、自分自身でもみて間違いない。
俺とはキスまで止まりだったが、あの男とはそういう行為をするような関係なのだ。
-----------ほのかの初めての相手は、俺ではない。
哀しいし、悔しいし、惨めだ。
俺は、あの男と天秤にかけられて選ばれなかった敗北者なのだ。
・・・だが、それでも。
--------------それでも、何か理由があるのではないだろうか。
例えば何かやむを得ない事情があって、2人はそういう関係になったという可能性。
ほのかに対して、証拠を突き付けて問い詰めることはできる。
でも、何かどうしようもない事情があるのかもしれない。
もしそうだとしたら・・・一方的にほのかを責めるわけにはいかないだろう。
俺に何か至らないことがあったのかもしれない、
もしかしたら俺の気づかないところでほのかを傷つけるようなことがあったのかもしれない。
俺がほのかに対しての感情の答えを出す前に、俺は知らなければいけない事がまだまだあるのだ。
「・・・全部口に出てるぞ村正ァ。そういうとこだぞ村正ァ!」
画面から聞こえる明日菜の声に、ハッと正気に戻る。
「やべっ、声に出てたか」
「うん。・・・でもまぁ、いいんじゃない?村正らしくて」
そう言う明日菜の声色に、画面の向こうでくすりと笑っている明日菜の顔が見えた気がした。
「例えば、ボクが彼氏に・・・まぁそんなのいたこともないけど・・・浮気されてると知ったら、そりゃ、ガーッて相手に詰め寄っちゃうよ、多分ね・・・タブンネ?でも村正はそうやって自分の中でまずは抱えて、その上で自分に悪いところはなかったとか相手の事を知ろうとしてるじゃん。そういうの、偉いと思うよ。・・・なので明日菜さん特製アスニカポイントあげる」
また出たぞアスニカポイント。
「また貯まったな。ばえるんだっけ?」
「バエるね」
そう言って、ケラケラ、はははと笑い合う。
「そっか・・・ありがとな。お前やっぱいいやつだよ。お前がいて救われたところ、あるからさ。俺お前と友達になれてよかったって思ってるよ、本当」
そういうと、「ふぇ?!急に変な事いうなよなぁ・・・・アスニカポイントあげる」とわちゃくちゃしてる明日菜の声がした。そして、ぽそり、と
「・・・いいなぁ、おさなじみ、かぁ。もしもボクが----」
「多羅篠世志男」
明日菜が何かを言いかけたその時、突然テツくんの声がした。
「うおおお、テツくん?!」
「はい、僕です。今ゲームをしながらさっきの写真の男の人の事を調べていました」
そういえば俺と明日菜のほかにテツくんもゲームに参加していたのだ。
今の今まで音一つ立てない存在感の希薄さで完全に認識の外に消えていた。
これやっぱりすごい才能だと思うぞテツくん?!
「多羅篠世志男。ヨッシーって名前でモデルをやってるみたいです。プレイボーイのモテ系で売ってるようですね・・・隣の学区の実家暮らし、両親も芸能人のようで、裕福な家の2世タレントとの事です」
「えぇ?!もうそんなことまでわかったの?凄いじゃん!」
明日菜が驚いて声をあげるが、俺も驚いている。
「ありがとうございます。でもタクシーで連日移動しているということは、ここからほど近く、かつそれなりに裕福な家で顔が良いというところまではわかっていたのでそこを足掛かりに調べていったら割とすぐでてきましたよ」
さらっといってのけるけど凄いぞテツくん。
「印象的ななみだぼくろや、眉毛が特徴的なのでまず間違いないと思います。データ送りますね」
ピコン、とメッセージの着信音が鳴る。
そこにはは、ヨッシー・・・多羅篠世志男のプロフィールやSNSへのリンクがあった。
「幾つか“匂わせ”な写真がありました。村正くんならそこから藤島さんの姿が確認できるかもしれません」
そういうテツくんの言葉に、教えられたリンクをみていく・・・あっ。
SNSにアップされている写真の端などに、女物の服が映り込んでいたりする。
いくつか、ほのかの服で思い至る服がいくつかあった。
一番古い画像では去年のクリスマス前ぐらいからだ。
「・・・大丈夫?村正」
押し黙った俺に、明日菜が声をかけてくる。それで、明日菜も察したのだろう。
“匂わせ”ている相手が、ほのかであることを。
「あぁ・・・大丈夫、大丈夫だ・・・」
そしてSNSの写真をみていく中で、決定的なものを見つけてしまった。
「この時計・・・」
画面の端に、時計を付けた女性の腕がうつっている写真。
その時計は、世界にただ一つしかないものだからだ。
-------------去年の夏休み、死ぬほどバイトをして買ってほのかの誕生日に贈った一点モノの時計。
文鳥をあしらったそれは地元の有名デザイナーが有名ブランドの時計をベースに趣味で装飾した手作りの品で、縁あって地元の商店街に並んでいたものだ。
デートの時にほのかがそのデザインに一目ぼれしていたのを見て俺がプレゼントしたんだ。
「あっ」
テツくんは明日菜にもSNSのリンクを送っていたのだろう、明日菜も明日菜で気づいたようだ。
「これ、ほのかがしょうちゃんからのプレゼントだっていっていた時計じゃん・・・」
明日菜が震える声で呟いているのが聞こえる。
『YOU LOSE』
気が付けば、オンラインゲームで俺たち3人のチームは負けていた。
会話とSNSを見るのに夢中になりすぎたんだ。
そして画面に表示されたその文字が、俺自身がこの多羅篠世志男に負けたのだと言っているようにもみえて、思わず涙が零れた。