26.
蒸気が霧散すると、そこには天に向かって拳を突き上げた、小さな女の子がいた。
身長140㎝、35kg。黒かったツインテールは、ほどけて灰色の髪色になっている。
もしもランドセルを背負っていたら、小学生だと思われてしまいそう。
全身ぼろぼろのその女の子は、俺の昔々の記憶にいた女の子だった。
------------これは、こっ、ころちゃんの、本来の姿
こころちゃんは、今の一撃で、全部燃やし尽くしてしまったんだ。
突き上げた右腕の手首に、昔、俺があげた髪飾りが、
ぐるぐる巻きにしてとめられている。
「こっ、ころちゃん・・・」
俺の声に応える声はなかった。
こころちゃんは立ったまま、意識を失ってしまっている。
----けども、瞳を閉じたその顔は、確かに薄く笑っていた。
自分の勝利の宣言と、きっと俺の勝利を信じてくれて。
・・・女の子にここまでされて、ここで立てなかったら男じゃない
明日菜と、まもねーちゃんから手を離し、ふらつく身体で歩いていく。
「よう多羅篠ォ。小便は済ませたか?パパやママにお祈りは?ネンショーの奥でガタガタ震えて懺悔をする準備はOK?」
「・・・うるせぇよダボハゼェソチン野郎!!!」
微かに残っていた、蒸気の煙の中からバールのようなものが振り下ろされた。
上から来るぞ、気をつけろ・・・じゃない・・・!
・・・これが有名なバールのようなものか、結構痛いなぁ。
なんとか腕でガードしたが、痛みから骨にひびでも入ったのかもしれない。
「俺は“上級”なんだよ!だから俺は何をしても許されるんだよぉ!!」
そう言いながら姿を現した多羅篠が、バールのようなもので滅多打ちにしてきた。
左腕で急所だけはなんとかガードする
「・・・威勢の割に随分とショボいなぁ、多羅篠ぉ!」
そう言いながら、思い切り多羅篠の顔面を右こぶしで殴る。
「ブベッ・・・!ぢ、ぢぐく、くしょお、くしょお!・・・俺様の顔を、てめぇ・・・!」
鼻の骨が折れて鼻血を流している。
どんだけ脆いんだこいつ。
っていうか弱い、本当に弱い。
喧嘩したことなんてないんじゃないか?
「とりあえず、無駄無駄無駄無駄無駄無駄…」
左腕で首元を掴みながら、右手で顔面を滅多殴りにしてみるが、
抵抗できずに全部モロに喰らっている。
「ほげっ、べぱっ、ぱぴゅあっ、ぴぎっ、ひでぶっ・・・ひゃ、ひゃめろぉ!」
あまり一方的に殴るのもなんだかなぁという気持ちになるくらい情けなくて弱いので、
やめろといったから手を離して殴るのをやめてやる。
顔はボコボコに晴れ上がり、見るも無残・・・ご覧の有様だよ!!!
「なんだ結構いい男になったんじゃあないか?」
「ぷ、ぷじゃけるなぁぁぁおまえぇぇぇ!」
バールのようなものを振り上げ、思い切り振り下ろしてきた多羅篠。
だけどそれは、村雨のそれなんかとは比べ物にならないほど、のろまな一撃。
「俺の判決を言い渡す。・・・死だ!!」
別にこの一撃で殺すわけでもないけどなんとなく頭に浮かんだ決め台詞で適当に〆ておく。
なんかそんな決め台詞あったよね。
鳩尾に全力の拳を突き立てて、ひねりながらさらに抉りこむ。
「ゴベェッ・・・」
口から吐しゃ物をまき散らしながら、うずくまって倒れる多羅篠。
喧嘩慣れしてないのか、コイツ自体は弱かったな。戦闘力たったの2か・・・ゴミめとか言われそう。
あと、危ないからバールのようなものは拾って遠くに放り投げておこうね、危ないからね。
「村正ァ!」
明日菜の声に、右手を振って応える。
「よ、よし君・・・しょうちゃん・・・私、わた・・・」
自分の口から生まれたゲロと、ガラスの海に顔を突っ込んでビクンビクン痙攣している多羅篠・・・もといよしくんと、俺を交互に見て震えるほのか。
「ほのか」
俺に名前を呼ばれただけで震えて失禁をはじめ、ズリズリと後ずさりをしていく。
別に取って食うつもりもないんだけどな。
小便を垂れ流しながら半狂乱になって助けてと叫ぶほのか。
パニックになっているのか、壊れかけていた心のダムが決壊したのか。
落ち着かせるように、ゆうくりと、語り掛ける。
「もう一度だけ話をしよう。--------きっと俺たちが言葉を交わすのはこれが生涯最後だ」




