3.
ズゥン・・・ズズゥウン・・
今朝、ほのかから体調不良で休む、とメッセージがあった。
昨日のこともあり、ほのかにどんな顔をして会えばよいのか、
そして昨日のあれがほのかだったのか聞いてもいいのか、
俺の見間違いではないのか。
そんな事を考えていたら一睡もできなかった。
ズゥン・・・
明日菜も俺をゲームに誘うのを遠慮して、
今日はゆっくり寝なよ、と慰めてくれたのだが結局目の下にクマをつくっている。
あれはほのかではないと思いたい。
でももしかしたらほのかだったのかもしれない。
そんな思考のループからぬけだせなくなり、
どんよりとした気持ちで登校していた。
ズズズゥン・・・
俺の視界が暗くなった。
それは影が俺の上にさしているからだ。
「おはよぉーう、しょぉーうきちくぅん」
まったりと伸びた低い声。
週末の夕方にやっているアニメで、
よく同僚を飲みに誘うたらこ唇の会社員によく似た声に顔を上げる。
つぶらなひとみに、
長い髪の毛を左右でまとめたツーサイドアップ。
・・・アニメや漫画だとツインテールともいう・・・に、ふっくらとした身体つき。
2mをこえる長身と、
胸囲よりもふっくらとした胴囲を女子学生服に包んだその子は、
ニコニコ優しい笑顔の似合う中学からの友人、
山茶花こころちゃんだ。
なのでこころちゃんは俺のことを正吉くんと呼んでいる。
「おはよう、こころちゃん。帰ってきたんだ」
久しぶりに見た友人の、
変わらない姿に思わず笑みがこぼれた。
こころちゃんは、
武道家かなにかをしている実家の都合で色々な地方へ試合?で飛び回ることがあるので、
学校を休みがちなのだ。
それなのに成績は上から数えた方が優秀で、
俺も困ったときには勉強を教えてもらったりする。
面倒見の良い、とってもやさしい子なのだ。
「ハート様だ!」「ハート様がご帰還されたぞ!!」
にわかに通学路が騒がしくなる。
こころちゃんはまさに文武両道質実剛健、
男女どちらからも羨望の目で見られファンクラブもある人気者だ。
こころちゃんを崇拝するファンクラブの人連中は、
こころちゃんの名前になぞらえてハート様と様付で呼んでいたりするが、
こころちゃんはそれを恥ずかしいと嫌がっている。
そうやってハート様呼びする連中は、
モヒカンだったり上半身裸に改造ガクランだったり、
世紀末肩パッドを愛用したりする独特の服なのでわかりやすい。
ただ改造学生服は校則違反なので、
よく生徒指導室につれていかれたり、
あまりききわけがないとこころちゃんの張り手で吹き飛ばされて、
おしおきされていたりするのだが。
「どうしたのぉ、しょうきちくぅん。元気がないけれど、なにかあったのぉー?」
俺の顔を見るなり、
心配そうに俺の様子をうかがうこころちゃん。
「え・・ええ?いや、なんでも・・・ないよ?」
思わず昨日のことを言いそびれてごまかしてしまう。
ごめんねこころちゃん。
帰ってきたばかりの君にあまり心配をかけたくないんだ。
「そう・・・もし何か困ったことがあったら、
いつでもいってね?私はしょうきちくんの・・・ヒーローなんだから!」
そういってニッコォ・・・と優しい笑顔を浮かべると、
「それじゃあ花壇の水やりがあるから先にいくね」
とズゥン、ズゥゥンと足音を響かせて足早に歩いていくこころちゃん。
こころちゃんの笑顔でなんだか元気が出た、気がする。
ありがとう、こころちゃん!と心の中でお礼を言うのだった。
教室に入ると、隣の席から明日菜が声をかけてきた。
「おあよー・・・その顔、やっぱり眠れてないじゃん」
俺の方を見て挨拶してきた明日菜の顔を見返し、お互い様だろ、と返す。
「ボクが寝不足なのはいつものことだからねー、ほら昨日もホゲモンしてたし」
そう言いつつ視線を逸らす明日菜。
これはこいつが嘘をつくときに無意識にやる癖みたいなものだ。
「そっか・・・心配かけてごめんな」
わしわし、と頭を撫でようとしたけどやめて・・・お団子をシビシビとさする
「っちょ、なんだよぉ!落ち込んでるかと思えば元気じゃん心配して損したー!」
「わははは、朝からこころちゃんの笑顔と、
珍しく性格ひかえめ明日菜で元気が出たのかもしれないぜ」
「ボクはぶつりアタッカーだからようき!」
そんなことを話していると担任が入ってきた。
今日も一日、いつものように授業がはじまった。
昨日のことがあったのと、
ほのかも休みなので今日は明日菜と机を向かい合わせてご飯を食べていた。
「・・・でも昨日のあれ、ほのかだったのかな」
箸を咥えながら、むぅ・・・と思い出す明日菜。
「こらやめなさい、はしたないわよ」
と明日菜を咎めつつ、俺もうぅぅん・・・と唸る。
実際、ほのかに直接聞ければいいのだが、どうしても気が引けてしまう。
もし違った場合はほのかを傷つけることになるし、
何よりほのか浮気をするようには思えない。
それは明日菜も同じで、
「・・・昨日はああ言ったけども私も本当にあれがほのかなのか、
わかんなくなってきたよ・・・あの子が浮気なんてするはずないもんね」
うーん、うーんと唸っている俺たちの真横から、突然声がかけられた。
「村正くん、今の話、本当?」
気配もなく突然声をかけられて、うぉぉぉっとびっくりして飛び上がる。
「藤島さんが浮気したの?」
そこに立っていたのは、
片目を前髪で隠した華奢で小柄な男子。
去年、一年の時からの友達なので俺のことを村正くんと呼ぶのは実相寺彰浩くん。
苗字が長くてちょっと言いにくいのと、
撮り鉄なのでテツくんの愛称で呼ばれている。
いつも存在感が希薄で、
クラスメートだけでなく担任の教師からも存在を忘れられてしまうこともあるテツくんは、
“存在しないクラスメイト”とちょっとかっこいい異名を持っていたりする。
・・・俺は厨二病じゃないよ?
だが撮り鉄と言ってもテツくん本人は物静かで友達想いのいい奴だし、
誤解しないでほしいのは、
集団で道を塞いだり、
罵声をあびせたり、
写真を撮るのに勝手に木を切ったり、
線路や敷地に無断で侵入したりするような迷惑な撮り鉄とは違うということだ。
人に迷惑をかけないよう、
写真を撮ることが許される場所でひっそりと写真ととって眺めて楽しむ、
常識的な撮り鉄なのだ。
テツくんとは一年の頃に色々とあって、
BSSなトラブルに巻き込まれたテツくんを、
俺とこころちゃんで助け出したりして結構仲良くなった・・・気がする。
そのときにテツくんも明日菜やほのかとも話すようになったんだっけ。
「んぁ、聞こえてたか
・・・まだなんともいえない、
というか見間違いかも、ってところなんだけどな。
・・・彼氏なんだから直接聞けよってのはわかるんだが、
・・・どうしても言いにくくてなぁ。
見間違いかもしれないし、証拠があるわけでもないし」
もし違ったらわんわん泣いて傷つくほのかの姿が見える。
できればほのかの知らないうちにそれは杞憂だった、
と確証をもって終わらせたい。
「わかりました。そういうことなら僕も手伝います」
そういってゴソゴソと鞄からカメラを取り出すテツくん。
ところどころぶつけて凹んだあとや欠けたがあるそのカメラは、
去年の騒動の時のカメラだ。
今でも大事に使ってくれてるんだな、と少し胸があたたかくなった。
「あまりほめられたことじゃないのはわかっていますが、
そういうことなら藤島さんの後を追いかけて浮気をしているかどうか確かめましょう。
真相をハッキリさせるならそれが一番だと思います。
それに、僕なら近づいても気づかれないので、
何かあったときに写真を撮るのは任せてください」
そういってカメラを掲げるテツくん。
「・・・そうか、・・・そうだな。
このもやもやが杞憂だってさっさと晴らしたいもんな」
こうしてテツくんの協力の元、
俺たちはほのかの疑いを晴らしに、
こっそりと行動することになった。
決行は、ほのかが元気になって登校した後で、俺とのデートを断ってどこかへ出かけるとき、だ。