12.審理
部屋を飛び出す。
部屋の傍で明日菜が待っていてくれたが、
俺の様子を見ると何も言わずに見送ってくれた。
そこから先はよく覚えていない、
荷物もそのままに早退して、そのまま家に帰るとベッドに倒れ込んだ。
テツくんに、具合が悪いから帰るとだけメッセージを送ると、
「わかりました」と短く帰ってきた。
もう、今は何も考えたくなかった。
ただ、泥のように眠りたい・・・。
チャイムの音に、目が覚める。
時刻はもうすっかり夕暮れだった。
「ごめんください」
階下のインターフォンから聞こえるテツくんの声に、
まだ寝ぼけたままの頭でおりていく。
ドアを開けると、そこには俺の荷物を持ったテツくんがいた。
2人分の荷物を持ってくるのはしんどかったよねごめんねと謝ると、
家のすぐそばまで、
こころちゃんが荷物ごとテツくんを肩にのせて運んでくれたから平気だったそうだ。
ありがとう、こころちゃん・・・。
あの後、ほのかは明日菜が付き添う形で家に帰って行ったらしい。
みんな迷惑かけてごめん・・・。
「それで、その後どうなったんですか?」
そう聞いてくるテツくんに、俺はあの部屋での顛末を話した。
「・・・そこで逃げ出したんですか。へたれましたね」
テツくんの言葉が容赦ない。
「返す言葉もない・・・」
「・・・そんな状態で一方的に別れを告げたら・・・藤島さんがとる行動がそう多くないです。
出来る事なら僕は早々にお暇した方が良さそうな気がします。
いいですか村正君、藤島さんの話を聞いてください。
あとできる限り藤島さんの言葉を引き出して改めて判断した方がいいですよ。
別れるか、ざまぁして別れるかを」
・・・それ結局どっちも別れるって言わないかなテツくん。
「僕は幼馴染ざまぁ経験済なので」
そういえばテツくんはそういう意味では俺のざまぁ先輩なんだった・・・。
-----------再びチャイムがなった。
「ほら、やっぱりこうなりますよね」
そう言って自分の荷物を抱えるテツくん
「しょうちゃん・・・私・・・です」
インターフォンから聞こえた声はまさしくほのかだった。
今、一番会いたくない相手。
しかも今はテツくんもいる。
「ごめんください、上がるね・・・?」
ギィ、ギィとこちらに上がってくる足音に、テツくんと顔を見合わせる。
「・・・・!」
テツくんは目配せすると、自分の荷物を抱えたままクローゼットの中に滑り込んだ。
テツくんがクローゼットの扉を閉めるのと、
ほのかが入ってくるのはほぼ同じだった。
ほのかを視ると、泣きはらしたのか真っ赤になった目と、
黒く戻した髪。
制服も、今朝の様子が嘘だったかのように元に戻っている。
「ごめんなさい、しょうちゃん・・・急に雰囲気を変えて驚かせて本当に、ごめんなさい」
そう言って頭を下げるほのか。
急いで染め直してきたからか、連日髪を染めたからか、
ほのかのきれいだった黒髪が、いまはボサボサで痛ましい。
「いいよ、もう。一方的に別れるって言ってすまなかった」
「・・・いやなのっ!しょうちゃんと別れるなんて、絶対に嫌!
ずっと一緒だっていったじゃない!
約束したじゃない!
しょうちゃんのお母さんが亡くなったときだって一緒にいたのは私なんだよ?!」
そう、涙をこぼしながら叫ぶほのか。
・・・そうだね。・・・でもそれを裏切ったのは君なんだ。
喉まで出そうになる言葉を、ぐっと堪える。
「ねぇ、許して・・・何でもするから。
・・・しょうちゃんがしたいことなら、
どんなことだって、なんだってするよ・・・?
だから、別れるなんて言わないで!」
そういいながら、スカートに手をかけるほのか。
パサリ、とスカートが地面に落ちた。
「・・・ほのか?お前、何を----」
制服を脱ぎながら、こちらに歩いてくるほのか。
モデル顔負けのプロポーションの肢体が、上下黒の下着だけに包まれている。
それはこうなる前であれば、きっとドキドキしただろう。
年頃の男子なのだから、興奮もしただろう。
だけど今は、そんなものをみせられても心は揺らがない。
逆に、そんなものを見せつけて、俺に迫って----俺の心が動くと、
本当にそう思っているのだろうかと、
どんどん心が冷めていく。
このほのかの身体は-------多羅篠に散々好き放題にされた後のだ、と嫌な気持ちになる。
「やめてくれほのか。俺はお前を抱けない。服を着てくれ」
「----どうして?!私たち、恋人同士なんだよ?!」
声を張り上げるほのかだが、
俺はほのかが感情的になるほど、熱を失っていくのを感じる。
「今はもう違う。少なくとも俺はほのかを
---君を、幼馴染の友人としてはみているけれども、
もう、恋愛対象としては見られない」
「何で?!どうして?!私、こんなに綺麗でしょ?
しょうちゃんだけのものなんだよ!?
どうして、私の何が不満なの!?」
泣きながら、
こちらにすがるように寄ってくるほのかの両肩を突き出した手で受け止めて遮る。
「酷いよしょうちゃん・・・なんで急に、そんなこと言うの?
髪の毛だって、服だって、元に戻したじゃない・・・」
「ちがうんだよほのか。違うんだ。そうじゃないんだ」
------------元に戻らないものだって、ある。
そう言って、ほのかを押し戻すと、ほのかはそのままへたり込み、
自分が脱いだ服を握りしめてすすり泣き始めた。
俺はそんなほのかから距離を取り、椅子に腰かける。
ベッドにこしかけてほのかににじり寄られたら、困る、
と考えてしまう程度には冷静に頭が回っているようだ。
「ねぇ、しょうちゃん・・・わ、別れるって・・・決める前に
・・・一度だけでいいから、・・・私を、抱いて?」
--------------------何を言ってるんだ?!
あまりにも予想外の言葉に、
一周回って頭が冷えてくる
そしてその、ほのかの言葉に、確信した。
ほのかは、自分が浮気していることがバレていると思っていない。
言いたくはなかったが、
これは伝えなければ収まらない状況になってしまっている、と思う。
・・・本当は、こんな事を言わないまま別れて、
綺麗な終わりにしたかったんだけどなぁ・・・。
一歩、二歩と距離をつめてくるほのか。
「大丈夫、気持ちよくなって、
ほのかと別れるなんてこと、言わなくなっちゃうから・・・」
そう、頬を紅潮させながら迫るほのかに、感情を殺して睨みつけながら答える。
「----------無理だ。多羅篠世志男とそういう事してるだろ」
俺の言葉に、ほのかの顔からサーッと血の気が引いていくのが見える。
どうしてそれを知っているのか、という顔だ。
ともすれば、学校での俺がこんな顔をしていたのかもしれない。
「だ、誰かな?・・・そんな人、私、知らないよぉ」
そう、震える声で言うほのかだが、言葉よりも態度が雄弁に語っている。
「誤魔化さなくてもいい。本当は、こんなこと言わずに別れたかったけどな。
もう知ってるんだ。--------多羅篠との事、証拠もあるぞ」
俺の言葉に、あ、ああっ・・・と震えはじめるほのか。
ごめんなさい、しょうちゃん、ごめんなさい。
下着姿のまま突っ伏してなきはじめるほのかに、
幼いころの姿で泣いている様子が重なって見える。
俺は複雑な思いでほのかを見下ろしていた。