11.開廷
瞳を閉じて思い返せば、
俺の人生はいつもほのかが一緒にいた。
それこそ物心ついたときにはもう隣にいて、
お互いに空気のように当たり前の存在だった。
「-----------なぁ、ほのか。話をしよう」
静かに、ほのかの瞳を見つめながら----穏やかに言う。
俺の様子がいつもと違う、という事にほのかが動揺しているのが解る。
「な、何かなぁしょうちゃん・・・今日のしょうちゃん、なんだか怖い・・・よ?」
ほのかをからその瞳を見続けると、目を泳がせながらほのかが話しかけてくる。
「しょうちゃんは、こういうの・・・嫌いだったの?
それだったら、すぐに元に戻すし----」
そう言い、眉尻を下げ困ったような表情をするが
---ソレは俺の知るほのかの仕草とよく似ているが、違う。
表情がぎこちない。
口元が固い。
何より、泳ぐ視線はこちらを見ていない。
「改めて聞くけれど、教えてくれ。
どうしてほのかはそんな恰好をするようになったんだ?」
俺の様子に、うっ、えっと、と言葉を詰まらせ、宙に視線を泳がせる。
「それは・・・えっと、この方が、
しょうちゃんが喜んでくれると思って---」
「ごめんほのか。俺はちっとも嬉しくない。
だって俺は、子供のころから変わらない、
ありのままのほのかが好きだったんだから」
俺の言葉に、ショックを受ける様子のほのか。
「えぇ?!そんな、嘘っ」
そういいながらも、視線は足元に逃げ、
金髪の巻き毛を触っている。
動揺を誤魔化すようにも、現実から逃避するようにも見える。
こんな事をする子じゃ、なかった。
「ほのか。
・・・俺は優しい君が好きだった。
幼稚園の頃の誕生会で、俺と一緒に泣いてくれたときから。
君の優しさに何度も救われた。
母さんが亡くなったときにいてくれた事も、そう。
俺はいつだって・・・
心に正直で優しい君が好きだった」
俺のそんな言葉に、はじめてここで俺を視るほのか。
そして俺を見上げたその表情が、愕然とする。
「しょう・・・ちゃん・・・その顔」
俺を視て震えるほのか。
-------俺はそんなにひどい顔をしているのだろうか。
「・・・ごめんなさい、私、その・・・」
そう言い、顔を伏せる。
「なぁ、ほのか。今でも俺の事、好きか?」
俺の言葉に顔をあげて、叫ぶほのか。
「好きだよ!大好きだよ!私はしょうちゃんが好き!
ずっと一緒にいるって、約束したじゃない!!」
それは確かに間違いなくほのかの本心だろう。
この必死な言葉はまぎれもない真実だ。
ほのかの心は完全に俺から離れたわけではない。
・・・だから、もしほのかが自分から全てを語ってくれたなら、
それが納得できる理由なら・・・
例えば多羅篠に無理やり関係をもたされたとか、
脅されているだとか、
どうしようもない理由があるのならきっと。
俺はほのかを救けて、
1度だけ、ほのかを許してしまうかもしれない。
----------だから最後にもう一度、ほのかに問いかける。
「ほのか、教えてくれないか?
そんな姿になるような理由----
何か、困っていることはないのか?
もしあるなら・・・話してほしい。
俺の救けが必要なことはないのか?」
俺のそんな言葉に、足元を見たまま、
しばらくもごもごとしたあと、ほのかが言った。
「えぇ、何もないよぉ。
その、最近全然デートとかできなくてごめんね?
また、デートとかいっぱいできるようにするから-------」
それはこの場をごまかして切り抜けるための嘘。
そういって、手をパタパタさせながら困ったように笑うほのか。
------あぁ、駄目だ。
やましいことを隠そうとする意図が透けて見える。
いつものように俺が折れると、許すと。
ほのかはそう、思っている。
謝ればまた、元通りになるという態度。
本当は、今すぐにでも多羅篠との事を言及したい。
証拠を晒して問いただしたら洗いざらい話すだろうか。
そうすれば、俺の知らないところで、
俺を騙して男に抱かれていたという事に対しての、
暗い負の感情も幾分かは晴れるかもしれない。
心の中のぐちゃぐちゃになった感情を、
他の男に抱かれに行く姿をみせつけられた苦しみを、
その悲しい気持ちを、
惨めさを、
全部、全部全部全部全部!
--------------全部、あらいざらいこの口から吐きだせたのなら。
浮気者。
二股女。
ビッチ。
そう、感情のままに罵れたのなら。
・・・でもそれをしても得られるは、
俺の復讐心と、
自尊心を保ったというちっぽけな満足感。
幼いころから一緒だったからこそ、
許せない気持ちと同じくらいに憎み切れない気持ちもある。
それに・・・ほのかの両親と俺の父親は友達同士だ。
そこにヒビを入れるような事を、
子供の俺たちで起こす必要もないだろう。
だから、ほのかを傷つけることなく終わりにしよう。
それがこれまでずっと一緒にいてくれた、
最愛だった幼馴染に、
俺が最後に出来る事。
ほのかが俺に何も言わないなら、
何も言ってくれないなら・・・
俺から出来る事は、もう、何もない。
哀しいけれど。残念だけれど。
深い、深いため息が出る。
「そうか。わかった。・・・ごめん、ほのか。俺たち、別れよう」
なんとかほのかに伝えることが出来た。
喉の奥から震える声を絞り出す。
おれのこのちっぽけなカッコつけは、ほのかにはどう見えたのだろうか。
何かを言おうとし、俺を引き留めようと手を伸ばすほのか。
ほのかの顔も見ず、言葉も聞かず、俺はそれだけ告げて駆け出した。