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田舎の酪農家少女、激重王子から逃げられない

作者: 真白ゆき


初投稿です。( *´︶`*)

深く考えず読んでください。



セレナ・アーティの朝は早い。

木製の簡素なベッドからもぞもぞと抜け出すと、見慣れたつなぎに袖を通す。桶の水で寝起きの顔を洗うと水面には亜麻色の髪と空色の瞳を持つ少女が見えた。

首には不釣り合いな翡翠の首飾り。これはセレナにとってのお守りであった。



「おはよう、セレナ。ちゃんと朝食はとったか?お前みたいな年頃の娘は、ちゃんと食べないと駄目だぞ」



準備を済まして玄関の扉を開けると、両親が早くに亡くなったセレナを何かと気にかけてくれるトミーが明るく声を掛けた。




「おはよう、トミーおじさん。今日は昨日採れたユミルのミルクでスープを作ったの」


「おお、そいつはいいね」


ユミル、というのは人間ではない。乳牛のことである。

少女は16歳ながらに酪農家という職業で生計を立てているのだ。




「おはよう、みんな。今日も元気かな?」


私が話しかけてもおはよう、という返事はない。返ってくるのはモォ〜という牛の鳴き声だけだ。


「ユミル、アシュレイ、それとルーク。体を綺麗にするからね〜。」

手早く、そして丁寧に牛の体をブラッシングしていく。上質な体には上質なミルクができるのだ。ミルクを飲むだけでなく、市場で売ることもしているので出来る限り品質は良い状態にしたい。


乳牛が三頭しかいないしがない牧場だが、私の世界の全てだ。三頭の牛は私の大切な家族であり友達。

そして貧しい両親が残した宝物だ。




そうしてミルクを搾り終わり、今日もありがとう、と牛たちに声をかけた瞬間、ぞわっと背筋を凍らせた。


(最近、視線を感じるんだよな……)


確証はない。しかし誰かが見ている。そんな気がするのだ。こんなこと誰にも相談できなかった。村の人達にはただでさえ心配をかけているというのに、更に心配事を増やしてはいけない。


(きっと、気の所為だよね……)


そう結論付けると、私はまたせかせかと牛小屋の掃除を始めた。






「セレナ・アーティさん、でしょうか?」

お昼休憩がてら木陰で涼んでいたら、見知らぬ男性に話し掛けられた。黒いコートに身を包み、いかにも怪しげな男だ。疑いながらも、返答を返す。



「は、はい。私がセレナ・アーティですが。」


「やはりあなたがそうでしたか。私はルイ殿下の従者でございます。」




殿下?その言葉の意味をよく理解出来ない私に彼はこう言った。


「殿下命令です。あなたを宮殿に連れてくるように、と」



何を言っているのか分からなかった。宮殿という言葉のインパクトが強すぎて、何か続けて話していた気がするが全く耳に入らなかった。



「……ということでよろしいですか?」

「あっ、はい!」


つい反射ではいと言ってしまった私の右腕をがっちり掴んだ男は私を馬車へと投げ入れた。



「え、え?何するんですか!?どこへ連れて行く気なんです!?」


「だから言っているでしょう。宮殿だと」


「え、え、え〜!?!?」



パニックになりすぐさま馬車の窓から身を出そうとする私の首に、コートの男が手刀をお見舞いした所で私の意識は途絶えた……。





「ん、んん……」


何だか奇妙な夢を見ていた気がする。王子だとか、宮殿だとか、そんな夢。田舎に住んでいる私には一生無縁な言葉だったな。


(あっ、ユミル達の小屋の雨漏り、修理してない!!)


そう思ってがばっと飛び起きたとき、私は見慣れない世界の中にいた。


私の瞳一面に煌めくシャンデリア。軋まない、ふかふかで滑らかなシーツのベッド。私でも高いことが一目で分かる、色とりどりのドレスや宝石。どこかのお姫様の部屋なのだろうか。白を貴重とした、可愛らしさの中に品のある美しい部屋だ。



(ここはどこなの!?)


徐々に頭が冴えた私は先程までのことを思い出した。


(あのローブの人に馬車に乗せられて……。それでここまで連れてこられたの!?)




「お加減はどうですか?」


「うぉうっ!?」


部屋に凛とした声が響いた。その声の持ち主は、突然声を掛けられ素っ頓狂な声を出した私にクスクスと笑う。


「お元気そうで何よりです。」


絹のように柔らかな金の髪。形の良い鼻。長い睫毛に縁取られた美しい翡翠の瞳。 顔の全てのパーツが完璧決められた位置にあるような人だ。それは、いつしか母が読んでくれた童話の絵本に登場する王子そのものだった。



「王子様、みたい……」


心の声が漏れた私に美しく微笑んだ男は、


「ええ、王子ですよ」


と、言った。




「え、はい?王子ってあの王子ですか?あの、あれですか?あの、国で一番偉い王様の息子の。」


「はい。俺は国で一番偉い王様の息子ですよ。」



「??ちょっと貴方が何を言っているのか分からないです。……あ、これは夢ですね!もう一度ベッドへ戻るのでここら辺で失礼します。」





なんだ、夢か〜と安堵する私の右手にするりと指を絡ませ王子様(仮)は言った。


「ああ、やはり実際に貴女に会うと抑えが効きませんね……。やっと、やっとです……。初めて会った時からずっと貴女に恋焦がれていました。貴女が私の妻になるなんて夢のようです」


……それはゾッとする程美しい微笑みだった。

思わず頬を抓りあげた私は気づく。


(これ、夢じゃない!!)






「ああ、すみません。気が回っていませんでした。

直ぐに軽食の準備をさせます。」


ずっと黙りこくっていた私をお腹が空いていると勘違いしたのか、彼はそう言った。


……王子!?恋焦がれる!?それに妻?!



(いやいやいや、冗談じゃない!)


私は一生をあの小さな牧場で過ごすと心に決めているのだ。死ぬまでひっそりと両親の残した土地と牛たちを守りながら生きていく。こんな華やかな場所では暮らせないし、私の柄じゃない。まず、こんなボロボロのつなぎを着た娘に求婚する王子なんて聞いたことがない。



「あの、多分人違いだと思います。私は小さな村で酪農を営むただの小娘です。貴方の探している人ではないですよ!」



「いいえ、俺の運命の人は他でもない貴女、セレナ・アーティ様ですよ。」



「へ?私と貴方、初対面ですよね??何故私の名前を……。それに運命ってなんですか??」



素朴な疑問である。私はこの人に見覚えが無いが、この人は私を知り、ましてや運命の人とまで言うのだ。

ただでさえ学の無い頭で必死に考えてみる。



(人違い、でも無さそうだし…)



「やはり、忘れているのですね…」


美しい瞳が悲しげに揺れる。私は自分の良心が殴られウッ…とたじろいだが、ここで弱腰になってはいけない。


「すみません。さっぱり分かりません」


またしても傷付いた表情を見せる王子に、何故か心がざわめいた。




「では、俺とセレナの出会いの話を致しましょう。」


……いつの間にかセレナ呼びになっている事は無視しよう。





俺とセレナが初めて会ったのは俺が10歳、セレナが8歳の冬頃でした。

俺は王子という肩書きしか見られない生活にうんざりしていました。そこで俺は監視を欺き宮殿を抜け出し、ひたすら走りました。今思うと、あの頃の俺は反発心しか持たないただの馬鹿者でしたね。

気がつけば知らない村に辿り着き、身も心も憔悴していた俺は倒れました。



倒れている俺を介抱してくれたのは一組の家族でした。道端で倒れている見ず知らずの俺に自分達の分の食事を分け与え、本当の息子のように接してくれました。そんな一家を俺は数日もしないうちに手放し難く感じるようになったのです。



そこで暮らし始めて数ヶ月が経ったある日、俺は自らの生い立ちを打ち明けました。







「あのさ、俺、実は王子なんだ。」


「ルイが王子??ふふっ、面白い冗談だね。」


少女は信じる様子もなく面白げに笑う。それでも俺は気にせず続けた。


「周りは俺を「国王の息子」としか見ずに過大評価する。俺は本当は肩書き以外に何の取り柄もないのに」


自分で言ってじわりと涙が浮かんでくる。ああ、つくづく弱い自分に腹が立つ。

そんな俺に少女は語りかける。


「数ヶ月しかルイと過ごしていないけれど、私、ルイは優しくて、ちょっと泣き虫だけどかっこよくて、誰より周りを見ていること、知ってるよ」


それに、と少女は頬を薄桃色に染め、


「わ、私、ルイが好き」


と言った。


初めてだった。そんな事を言われたのは。

肩書きや能力以外を褒められたことは無かった。

俺は生まれて初めて内面を評価され、好きだ、と言われた。



俺は声をあげて泣いた。わんわんと泣いた。

少女はあまりにも号泣する俺を心配しおろおろとしていた。



俺は深呼吸をする。そして、


「俺も君が好き。将来、君の夫となりたい。……許可してくれる……?」


少女は顔を真っ赤に染め、こくりと頷く。


俺の心臓は張り裂けそうだった。ただひたすらに目の前の少女が愛しくて愛しくて堪らなかった。

ああ、俺はこの少女に出会う為に生まれてきたのだ。


「じゃあこれは約束の証だ。」


自分の首に掛かる一つの首飾りを少女の首に掛けると、少女は嬉しげに笑う。

俺は、生きている意味をやっと見つけた気がした。







それから数週間後、少女の両親が事故に合い亡くなった。

いつまでも泣き続ける少女に俺は決意した。


もう二度と泣かない。俺がいつまでも彼女を守る、と。






次の日の朝、俺はこの家に来てからの習慣である牛のブラッシングをしようと玄関を開ける。


「今日は先に起きてブラッシングを終えて、あの子を驚かせよう」



「殿下」


無機質な感情の無い声。

浮かれた俺の前に見慣れた護衛達が待ち構えていた。



「やっと見つけました……。殿下!!貴方は王子としての務めがあるのです!!一刻も早く宮殿に戻りますよ!!」


俺は必死に抵抗した。

しかし、大人数人がかりでおさえられればもう逃げられない。


「嫌だ!俺は好きで王子になんかなったんじゃない!!」


護衛は叫んでも叫んでも引いてはくれない。



俺は多数の護衛に拘束され、無理やり歩かされる。

俺はこれからも王子としての肩書きを捨て去る事は出来ないだろう。

しかし、あの少女との約束を果たすことだけを考えていた。いつか、あの少女と再開する事を夢みて……。







「少し、長話になってしまいましたね。「ルイ……??あなた、ルイなの……?」……やっと思い出した?セレナ」



目の前の王子、もといルイが話し終えたとき、私は全てを思い出していた。何故今まで忘れていたのだろう。



私の首に掛かる翡翠の首飾りを握り締める。

この王子は間違いなくあの時の少年だ。


私の初恋の人。泣き虫で優しい、ルイ。




「ほんとのほんとに王子様だったの……?」

「そうだよ。君との約束を果たすためだけに今まで血の滲む様な努力を重ねてきたんだ。君に見合う俺になる為にね。」


昔の口調に戻るルイに私は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。




「それで、セレナは俺の妻になってくれるよね……?」


私の頬に手を伸ばして顔を近づけるルイ。

そのまま私の唇に自分のそれを……



「ちょ、ちょっと待ったーー!!!」


寸前の所でルイの唇に手を重ねて押し返す。


「何するのさ」


むすっと頬を膨らませる彼に私はぶんぶんと首を横に振る。そんな顔にすらときめいている自分がいることに驚いていた。





「で、婚約を発表するのはいつにする?」


「こ、婚約!?」



「そうだよ。やっと君が俺の物になるんだし。周囲の人間全てに自慢したい。」


「えっと、婚約はちょっと……」



「あ、でもそれじゃ悪い虫がつくかな。まあ、駆除すれば良いだけか。やっぱり心配だな。外に出さない方がいいかな、拘束してずっと俺だけ見れるようにして……「ルイ!」……えっ、セレナ随分積極的だね……?」



何やら物騒なことをぶつぶつと考え込んでいるルイの両手を引っ張ると、ルイは乙女のように耳まで赤く染める。


「結婚はできないよ……。私には大切な人がいる「は??」……ど、どうしたの、ルイ」



大切な人とはもちろんユミル達である。

大切な「人」ではないがそんなところまで頭が回らなかった。



「誰かな?それ」



それ、とは「大切な人」についてだろう。


「あっ、言ってなかったね。ユミルとアシュレイ、それとルークだよ」



「そいつらが、君の大切な人?誰よりも?俺よりも?」


「比べられないよ。ルイも大事だけど、ユミル達は家族だもん「俺たちは結婚するんだから家族だよ」…ひっ……!」



私は逸らしていらルイの目を見る。するとルイの目が暗く淀んでいるように見えて、おもわず悲鳴が漏れた。


「あの約束は嘘だったの?俺を騙したの?俺のこともう好きじゃないの?」


あはは、と自嘲ぎみに笑うルイ。


「それともそいつらが君を誑かしたの?だとしたら俺はその虫ケラ共を消す必要があるね。ああ、可哀想なセレナ。俺がそいつらを社会的にも身体的にも抹殺してあげる。今すぐそいつらの元へ連れて行っておくれ」


今までの二倍程のスピードで話すルイにたじろぎながらも答える。



「いいよ、っていうかユミル達と昔会ってるよね?」


「え?俺のセレナを誑かすような屑と会った覚えはないけど」


「え、昔はあんなにブラッシングも搾乳もしてあげてたのに」


「ブラッシング?搾乳?」


ルイは鳩が豆鉄砲食らったような表情をしていた。




「酪農のやり方、お父さんとお母さんから教えられて一緒にやっていたでしょ」


「え、ひょっとしてその虫ケラ達って…」





___君の家の牛のこと?


私はそう尋ねるルイに向かって頷いた。


「だから言っているでしょ。私の家族だって」





何やらルイは勘違いしていたようだ。安堵したような溜息を漏らすと、良かった、と心底安心したように呟いた。


「大丈夫。俺はセレナだけじゃなくて、フェリスさんとユーリさんが残した牛たちだって守るよ」




_____だから結婚してくれるよね?



蜂蜜を溶かしたような甘ったるい顔をするルイに、



「ふ、ふつつか者ですが何卒よろしくお願いします……」


と、バクバクと高鳴る心臓を抑えながら言うのが精一杯だった。









ある日の朝、トミーは隣の家に一人で暮らす、娘のように思っているあの子にいつもの挨拶をしようと玄関に向かう。

すると、少女の家と牛小屋から彼女と牛たちだけいなくなっていることに気がついた。

そして、玄関の前に置かれた、「トミーおじさんへ」という置き手紙を見つける。




そこには王子と婚約すること、今まで気にかけてくれた事への感謝の言葉、それとこれからも牛たちと暮らす、といった内容が書かれていた。




(王子と婚約だって?!)


トミーは驚いたが、次第に彼女の幸せな気持ちが伝わる文章に胸が打たれた。

その手紙を読みながら、トミーはふと昔のことを思い出していた。






数年前のある日の夕暮れ。トミーは木こりの仕事を終え、村外れの崖近くの木の裏で休憩をとっていた。



「ふぅ〜。疲れた疲れた。今日は酒でも飲むかな……」


また飲んだの?と口うるさい家内に叱られそうだな、と内心苦笑していると、




「どうしたの、ルイこんな所に連れて来て」


「えっと、見て欲しいものがあって」



つい反射的に木の裏に隠れてしまったトミーはこっそりと声の持ち主を見てみる。



優しげな夫婦と一人の少年だ。

金髪で翡翠のような瞳を持つ、美しい少年を、トミーは知っていた。

ボロボロになって倒れた姿で発見され、隣の家の一家が介抱した少年だ。


その少年が一家の両親二人の崖近くに歩いて行くのが見えた。



(何故こんな所に……?)



そして、トミーは見てしまったのだ。








その天使の様な少年が彼女の両親を崖から突き落としているところを。





「俺の世界には俺とセレナだけでいい」


「他の人間は要らない」


まあ、牛は入れてやってもいいか、と美しく微笑む少年に見つからないように身体を縮こませ、トミーは己の脚がガタガタと震えるのを必死で抑えていた。





両親の墓の前で泣き崩れる少女を見ても、トミーは真実を打ち明けられずにいた。

自分が殺した人を想って泣いている少女の涙をハンカチで拭うあの少年。

トミーは心の底から恐怖を感じた。



いつしか少年は村からいなくなり、少女はひとりぼっちになっていた。



(俺は、なんてことを……)


少女に真実を伝えるのが彼女のためになるのかトミーには分からなかった。



その負い目から今まで彼女の親代わりとして育てていたが、やっと少女にも牛以外の家族ができたのか。

思わず目頭が熱くなるトミーは、自分のした事の懺悔と、彼女のこれからの幸せを願って空へ祈った。





(しかし、王子は金髪で翡翠と見まごう様な瞳を持つと噂で聞いたが……)




「いや、まさかな」



そう呟くと、トミーは手紙を上着の内ポケットにしまい、木こりの仕事へと出かけたのであった。



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