ななちゃんとふたり
1.ななちゃんとふたり
僕の幼なじみのななちゃんは、日光で少し傷んだ茶髪のボブを今日も風になびかせていた。
背が高く、いつも長い手足を持て余している。驚くほどに華奢で、体を構成するあらゆるパーツが細くて、特に手首なんかは僕の片手のみで握り潰せそうな程に細かった。本当に頼りない体つきをしていた。
そのくせ、運動をさせたら基本的になんでも人並み以上にできるし、負けず嫌いだから重たいものも自分で持つし、その体つきとは裏腹に、内面の部分ががとても強かった。
彼女と僕は、いつでも一緒に過ごし、いちばん近くで成長し、気づけば僕たち二人は高校生になっていた。
高校も、幼稚園、小、中と、同じように二人とも同じ高校に入学し、同じ陸上部に入部した。
僕たちはこれからもずっと一緒なのだと思っていた。
同じ高校に入学し、同じ部活に入部し、少し時間が過ぎた8月の半ばの夜にその事件は起きた。
ふと部屋の窓を開けると、ななちゃんの家から、ななちゃんの泣き声が聞こえる。それから、ななちゃんのお父さんの怒鳴り声も。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
ななちゃんの必死な謝罪はちゃんと聞きとれる。しかし、お父さんがなにを言ってるのかは、よく聞き取れない。
『それ』は、いつものことだった。
ななちゃんは、実のお父さんに虐待を受けている。それはもう小さい頃から。
近所の人は噂話しかしないし、きっと、僕の両親も『それ』を認知している。
ななちゃんの持て余した長い手足には、いつも大きなアザがあった。それはもう、宇宙図鑑に載っていた『バラ星雲』のような大きくて、青くて、赤黒いアザが。
だけど、ななちゃんは学校の先生になにを聞かれても答えなかった。
小学生の頃に一度、「ななちゃんのお父さんの怒鳴り声が聞こえるよ。」と、聞いたが、僕にも何をされているのか教えてくれなかった。
「え〜ふつうに遊んでただけだけど〜。
◯◯、心配かけてごめんねえ。」
と言われ、けたけたと笑われた。
今日は、ななちゃんの泣き声とお父さんの怒鳴り声が止むのがやけに早い。
気になって窓から体を乗り出して様子を見てみると、ななちゃんが家の玄関の外で俯いていた。何があったのだろう。
ななちゃんはキャミソール1枚にハーフパンツ、裸足の格好で、長い足を引きずりながら歩いていた。
「なな」
僕は窓からななちゃんを呼ぶ。
こちらに気づいたななちゃんは、俯いていた顔を上げ、こちらを向いてにこっと笑う。
「◯◯〜!」
長くて細い腕を振って見せた。
この女はなんでいつもいつも笑っているんだろう。
僕は、心配な気持ちと、こんな状況で笑っている彼女に若干イライラする気持ちを抑え、玄関から出ると、ななちゃんのもとへ駆け寄った。
「ななちゃん、こんな時間に外に出てどうしたの。しかもそんな格好で。」
近くでよく見ると、今日のななちゃんは、あのバラ星雲のようなアザを頬にも抱えていた。僕がギョッとしていると、
「…お父さんにされたの。
今までずっとされていたの。いま、おうちから追い出されちゃった。」
と、言いながらまたけたけたと笑っていた。
今までずっとなんて、そんなこと、僕はとっくに知っている!本当になんでこんな時まで笑っているんだろう。
「そんな時まで笑うな。とりあえず俺の家に来て。顔冷やそう。」
僕がななちゃんの肩を抱き、僕の家に来るように促すと、
「いやだ!だめだよ〜。迷惑かけられないもん。
◯◯のおうちの人にも迷惑かけちゃうし、困らせちゃうよ。」
と、僕の手を強めに振り解き、また笑った。
「じゃああの家に帰るの?」
僕がななちゃんの目を見て問う。
この女の目は本当に大きく、いつも泣いているかのように潤んでいる。きらきら。綺麗。可愛い。
「もう疲れちゃったから、どっか遠くにいきたいな〜。私のことを知っている人がひとりもいないところにいきたい!」
合っていた視線をそらして、僕の方を見ずに彼女は言った。
明日もふつうに学校がある。今までの僕なら、ばかなことをいうなと言って、帰らすかうちに来させるかしていた気がする。
だけど、今日のななちゃんは、ほっておいたら本当にどこか遠くに行って、それから消えちゃいそうな気がした。
だから、
「俺も一緒に行くよ。」
と、自分の性格ではありえないようなことを呟いた。
ななちゃんは、一瞬本当に驚いた顔をしたが、すぐにまたけたけたと笑った。
「一緒に来てくれるの?」
ななちゃんのこんな嬉しそうな顔は久しぶりに見た。
「うん。俺たちはずっと一緒だからな。」
僕がそう言うと、ななちゃんは僕の手を掴んで、
「行こう」
と、泣きそうな瞳を僕の方に向けて、にこっと微笑んだ。