第三十二章 泉、友二に襲われる
数ケ月間、何事もなく、古田友二の行方は不明でした。
復讐は諦めたと判断した警視庁は護衛を解除した。
亮太は泉を心配して、護衛を解除しないように交渉した。
警察も暇ではないと断られた為に、その後、亮太が泉を護衛していた。
その後も、特に問題なかった為に、泉は、「亮太、私を心配してくれるのはありがたいけれども、古田友二の手配写真も交番に掲示されていたし、もう大丈夫だと思うわよ。」と亮太を犠牲にしたくない様子でした。
亮太は、「泉がそういうのだったら特に護衛はしないが、古田友二が逮捕されるまで身の回りには充分注意して、ストーカーされたとか何かあれば必ず俺に知らせろ。」と泉に護衛を断られたので心配でしたが護衛はしない事にした。
古田友二は泉を狙って様子を窺っていて、警察も護衛していない事に気付いたが、通勤は車通勤で会社の地下駐車場に直接乗り込み、地下駐車場の扉はリモコンで開閉している為に侵入できず、住まいも秋山官房長官の自宅なので侵入は不可能でした。
しかし、腹の虫がおさまらず、捕まる可能性がありましたが、勤務時間中に襲って逃亡する事にした。
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数日後、亮太は職場であかりとの打ち合わせが終了して、あかりは、「では、そういう事でお願いします。」と頭を下げて、亮太も、「こちらこそよろしくお願いします。」とお互いに頭を下げて、あかりをエレベーターまで送り見送った。
その数分後、あかりから亮太の携帯に着信があった。
亮太は自分の机に向かって歩きながら、「どうした?あかり。忘れ物か?」と笑っていた。
あかりは、「今玄関を出たところで黒ぶちメガネのサラリーマン風の男性とすれ違ったけれども、交番に掲示されている手配写真の古田友二に似ていたわよ。玄関ではなく、人目を避けるように非常階段から会社に入っていったわよ。」と泉が古田友二に狙われていると聞いていたので気になり、更に人目を避けるように非常階段から会社に入っていった事も気になり亮太に伝えた。
亮太は驚いて、慌てて打ち合わせ資料とスマホを机に放り投げて、急いで泉の部署に、全力疾走で向かった。
その様子を見た昌子が、「陽子さん、何慌てているの?」と亮太の様子から、ただ事ではないと判断してあとを追った。
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亮太は、泉に近づく黒ぶちメガネのサラリーマン風の男性がナイフを持っている事に気付いて間に合わないと焦って、「泉!危ない!後ろ!」と大声で叫んだ。
泉はナイフを構えて迫ってくる古田友二を見て、「人殺し!」と大声で叫んで亮太のほうに逃げた。
友二は、「待て!ぶっ殺してやる!」とナイフを構えて泉を追い駆けた。
近くにいた男子社員が、泉が“人殺し!”と叫んだので、ナイフを持って泉を追い駆けている古田友二に気付いた。
男子社員は、「ナイフを持っている不審者がいるぞ!」と他の社員に知らせて、取り押さえようとしたが、「じゃまするな!」と刺されて、血が噴き出して、動脈を切断したようで、天井にまで届いた。
女子社員の悲鳴がフロアに響き渡り、あたり一面騒然となった。
亮太は、何か武器になりそうなものはないか周囲を確認すると、掃除道具がでている事に気付いて、泉を連れてそこまで行き、ホウキを構えて、「泉、俺の後ろに隠れろ。皆!気を付けろ!こいつは交番に掲示されている指名手配中の殺人犯だ!」と他の社員に知らせて友二を睨んだ。
泉の、“人殺し!”の叫び声と女子社員の悲鳴を聞いて、ただ事ではないと、総務の真由美が男子社員と上司の総務課長と駆け付けて、血が勢いよく噴き出している現場を見て、体が固まった。
男子社員が救急車を呼んで総務課長が警察に通報した。
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友二は、「お前は先日、銀座のデパートで泉と一緒にいた女じゃないか!じゃましやがって!ぶっ殺してやる。」と亮太に向かって来た。
亮太は、友二のやつ、俺が女になっているから、俺の事には気付いていないようだな。と襲ってきた友二をホウキで強く殴るとホウキが折れた。
亮太は、ナイフを持っている腕を押さえて小さな声で、「お前は子どもの頃に右腕を骨折しているから、相変わらず左手に頼っているわね。あなたが攻撃してくる方向はお見通しよ。」と笑っていた。
友二は、「お前、誰だ!何故、俺の子ども時代の事を知っているのだ!」と驚いていた。
亮太は、「私は以前、あなたに会っているわよ。その話は、あなたから聞いたのよ。刑務所のなかでゆっくりと思い出すのね。」と笑っていた。
亮太と友二が争っている様子を見た男子社員数人が、「陽子ちゃんに危険な事はさせられない。」とホウキを構えて友二を取り囲んだ。
友二は、今回、復讐は無理だと判断して逃亡しようとしてナイフを振り回して、「退け!殺すぞ!」と焦っていた。
通報を受けて、近くの交番巡査が駆け付けて、男性が刺されて出血が止まらず苦しんでいる様子を見て、一刻も早く病院に搬送する必要があり、警棒で争っている時間がないと判断して拳銃を構えて、「動くな!ナイフを捨てろ!撃つぞ!」と一喝して、古田友二を殺人未遂の現行犯で緊急逮捕して、駆け付けた警官隊に連行された。
友二は連行される時に、「貴様!覚えていろよ!必ずぶっ殺してやるからな!」と亮太を睨んでいた。
亮太は、「それは無理ね。人を殺した上に、今回こんな事までして、生きている間に刑務所から出られないでしょう。死刑になるかもね。」と復讐は無理だから諦めるように促した。
友二は、「五月蠅い!脱走してでも貴様をぶっ殺してやる!離せバカ野郎!貴様らもぶっ殺すぞ!」と暴れたので警察官数人がかりで連行された。
刺された男子社員は、救急車で搬送され、女子社員が、血だらけになりながらも必死に応急手当した事もあり一命は取り留めた。
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友二が連行され、少し落ち着いた泉は、「亮太、怖かった~」と泣きながら亮太にすがりついた。
社員達は、「亮太?」と泉が亮太と呼んだので不思議そうでした。
亮太のあとを追って来てその場にいた昌子が、「陽子さんは男っぽいところがあるので、私達は冗談で陽子さんの事を亮太と呼んでいたのよ。」とその場を治めた。
亮太は、まだ怯えている泉を、「まだ震えているな。大丈夫か?」と心配して休憩室に連れて行った。
昌子が、「ほら、皆、何しているの?仕事よ、仕事。女子社員は血で汚れた床や机などの掃除から初めて。」とこれ以上騒ぎが大きくならないようにした。
亮太はもともと童顔で、女性ホルモンの影響で女性っぽくなり、化粧をすれば美人になっていたので、誰も亮太が男だったとは夢にも思っていませんでした。
マスコミは、熊川泉さんが狙われている事がわかっていたにも関わらず、護衛どころか張り込みもしていなかった警察の大失態で、ひとつ間違えれば死人がでた可能性があると報道した。
逮捕された古田友二は現行犯で、社員が犯行の一部始終をスマホで動画撮影していた為に犯行を認め、「俺も被害者だ!あの女にホウキで殴られて、肩が赤くなってまだ痛く腕が上がらない。動画にも撮影されているように、ホウキが折れたんだぞ。そんなに強く殴らなくてもいいだろう。あの女、バカ力なんだから。」と苦情を訴えた。
刑事は、「それは、お前がナイフで人を襲ったからだろう。彼は出血多量で意識不明の重体だ。ちょっと肩が赤くなって腕が上がらないくらい何だ!更に、彼女に、ぶっ殺すと迫っている様子が撮影されている。あの場にいた社員全員が目撃者として証言している。彼女の行為は誰が見ても正当防衛だろう。マスコミも、彼女の事を正義のヒーローとして報道しているぞ。諦めろ。」と説得された。
友二は、「わかったよ。最後に聞いておきたい事がある。彼女は以前、俺と会った事があると言っていた。俺が子どもの頃に骨折していた事も知っていた。彼女は何者だ?」と亮太の事を知ろうとしていた。
刑事は、「それは初耳だ。お前の子どもの頃を知っていたのは、お前の幼馴染じゃないのか?時間はたっぷりある。刑務所でゆっくりと思い出せ。」と本当かな?と疑っている様子でした。
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帰宅後、泉は、「亮太、今日はごめんね。私が取り乱したので、亮太の秘密が全社員に知られるところだったわね。」と反省していた。
亮太は、「あんな事があったんだ。取り乱すのも仕方ないよ。噴き出した血が天井にまで届いて、俺も足がすくんだよ。昌子さんがフォローしてくれて助かったよ。」とホッとしていた。
秋山官房長官は、「陽子さんが出張中や外出中でなくて、泉さんの近くにいて命拾いしましたね。今度は私の娘が正義のヒーローとして、指名手配中の殺人犯と争って逮捕に協力したとして、私の株がまた上がったよ。」と嬉しそうでした。
幸枝が、「テレビニュースで何度も陽子さんが刃物を持っている殺人犯とホウキで争っている動画を見たわよ。アクションスター顔負けだと絶賛していたわ。あまり危険な事をしないでね。」と亮太の事を心配していた。
亮太は、「泉に危害を加えようとするやつは絶対に許さない。殺人犯がナイフを持って泉に向かって来たので俺も泉を守る為に必死だったんだ。」と殺人犯に向かって行った理由を説明した。
泉は、「ありがとう、亮太。」と亮太の腕にすがりついた。
その様子を見て治子が、「相変わらず二人は仲が良いのね。」としらけて家族会議は解散した。
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古田友二は殺人未遂の取り調べ後、酒井紀子さん殺害容疑の取り調べの為、京都に護送された。
その後、泉は亮太と相談して、啓子と母親にも声をかけて、酒井紀子さんの墓参りに行き雑談していた。
啓子の母親が、「先日、主人と啓子と私とで、酒井紀子さんの御両親を訪ねて、丁重にお詫びしてきました。母親は少し取り乱していましたが、父親は、啓子が古田友二の毒牙にかからなくて良かったですね。と言ってくれました。」と報告した。
泉は、「私も友二が、まさかあそこまでするとは思ってもみなかったわ。私は啓子を女癖の悪い友二から守ろうとしただけなのよ。テレビニュースで紀子さんが殺害されたと知り、私が殺したようなものだと血の気が引いたわ。」と後悔している様子でした。
亮太が、「だから、あの時、血を見るからやめとけと警告しただろう。」と世間知らずのお嬢様のように手がかかるんだからと呆れていた。
泉は、「そうね。亮太の警告を聞いておくべきだったわね。」と反省していた。
裁判では、「復讐の為に平気で殺人を犯し、更にホウキで殴られたと自分の事しか考えない加害者には同情の余地は全くない。更に、逮捕時、脱走してでも彼女を殺すと豪語していて、裁判中も検事に、「貴様!ぶっ殺してやる!」と襲いかかろうとしている事からも反省している様子が全く見られない。」と裁判長は述べて死刑判決が下された。
次回投稿予定日は、7月7日を予定しています。