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彗星のアギト  作者: マッスル育夫
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第一話

 彗星のアギト                           



定めの後に花束を飾ろう 

幸福と共に終わりを告げる 

名もなき岩にくさびを打ち込み 

誓いを果たせ                 

終わり、ある者たちのために             

      拘泥するハジカシ



 齢三十を数えるまで私は努力してきた、そして五体無事にこうして安穏無事に生きてこられたことに感謝しよう。父よ、母よ産んでくれてありがとう。いとこの裕兄ちゃん遊んでくれてありがとう。友達のたかし君、ゲームを借りパクしてしまってすまない。返そうとは思ってたんだよ。


だがしかし、私の今の生活はどうしたことだ。大学浪人を繰り返し、やっと入ったところで周りになじめず孤立し友達の一人もできず、彼女など夢のまた夢。クリスマスには実家で母の作ったチキンをむさぼり、バレンタインデーには色めく学生をしり目に一人キットカットをむさぼり寂しさを紛らわせた日もある。卒論を繰り返し引っ掛かり年下のゼミ生が悠々と内定を取り、卒業をしていくのを見送る情けなさよ。


 私は奮起した。奮起したが遅かった。時代はすでに下り坂。急転直下の貿易摩擦に経済不振。あれよあれよという間にデフレスパイラルにアリジゴクのようにつかまり落ちていった。


 ああなんということか、夢見た未来はどこへやら。私を待っていたのはうだつの上がらぬ万年非正規社員の肩書だった。こんな未来に誰がした。少なくとも私ではない。私は常に人の倍の努力はしてきたはずだ。夢もあった。私はすでに金持ちになっていて結婚していてよいはずだ!はずなのに。世間は自己責任だとか、能力がないなどといって知らん顔をするが、いまさらどうしろというのか。今の今までこうして生きてきたのだ。性格なんてそうそう変わるものではない!

 最後に女の子と話したのはいつだろうか。コンビニの店員にまでどもってしまうのだぞ私は。それもこれも全部世の中が悪いのだ。


 ああしかし、昔から走るのは苦手だったかもしれないし、そして少し要領が悪いことは認めなければならないかもしれない。



 だがこんな現実は断固拒否する。こんな世界は間違いだ。私が間違っていないなら世界が間違っているのだ。今の私をチャップリンが撮れば世紀の犠牲者を演出するまでもないだろう。断固再演を求める。やり直させてくれ。次はきっとうまくいくから!!



 いやーそんなことを思っていた時期もありましたね。僕はそんなことを思い出しながら手に握った槍を一瞬ぐっと握りしめてそれから力を抜いた。あたりを見わたしてちょうどよさそうな木の根の間に身を隠す。この森は大きな木が多く深く暗い。特にこの辺りは大きな木が多く獣を追い込んで罠にかけるのに具合がいいのだ。予定通りならすぐに仲間が獲物を追いたててくるだろう。

 静かな森の中で風が木の葉を揺らす音と虫の声が心地いい。木立が影になって周りから自分の姿が隠れていることを確認して足元に槍を下ろして僕は木の根の影に腰を下ろした。苔むした根っこが柔らかく背中を支えてくれて、すっと自然にため息がこぼれた。ここで合図が来るまでしばらく待つのだ。僕はしらず今までのこと思い返していた。


 僕が生まれてから十数年がたっている。前の人生で覚えていることはあまり多くはない。最後のほうは仕事ばかりの生活で、どうして頑張っているのかもわからなくなっていた。いったいどうして死んだのかは覚えていないが、ここにこうして僕が生きている以上一回死んだのだろう。


 今の僕の名は「リル・ドラケン」。一回死んで生まれ変わったらしい。


 どういうわけか僕は生まれたときから別の人生の記憶を持って生まれてきた。生まれたときは全く訳が分からなかった。気が付いたら体が縮んでいたどころの話ではない。何とか状況に意識が追いついて、どうやら生まれ変わったらしいと納得したのは五歳くらいだったろうか。それまでは実に困った子供だったね。なんせ体が思うように動かずに泣き出したと思ったら大人のような物言いでご飯の味がしないとわめくのだ。それでも捨てずに育ててくれた両親には感謝しかない。


 何となく前世のことは覚えているし、計算なんかは余裕だ。でもこっちの世界で生まれてから覚えたことの方が多くてなんだかずっと遠いことのようだ。なんせ前世じゃ運動なんて体育の授業でやったきりだったけど、こっちじゃ毎日くたくたになるまで走りっぱなしなんだ。毎日オフィスに行って書類をかたずけて仕事を回すだけの生活で覚えていることと、毎日森へ行って薬草やキノコの種類を覚えたり、獣の追い方を覚えていく生活だったら誰だって仕事のことなんてすぐ忘れてしまうだろうさ。


 ああでも、、両親より先に死んでしまったことだけは心残りかもしれない。



 その時不意にピーという高い笛の音が聞こえてきた。それから足音と獣の声。僕は槍をつかんで大きな木の根を盾にして音のした方を睨んだ。来た!体長1メートルくらいの猪だ。肩に矢が刺さっている。息が荒い。けもの道に沿って根をよけてぐんぐんとこちらへ向かってきている。その後ろから大きな声が叫んでいるのが聞こえる。周りからもだ。ちゃんとみんな予定通り取り囲んでいるのだ。僕はすっと体中の感覚が集中していくのを感じる。よしっと思う。あと五秒、四、三、ニ、一。猪が僕の目の前まで来たとき、猪の足元で紐が締まるのが見えた。猪がすっころぶ。今だ!ふぃごー、ぶおーとすごい声をあげて暴れるそいつの首筋めがけて、僕は槍を突き刺した。硬い皮膚を突き抜けて刃が肉を切り裂いた。


 赤い血がプシュッとホースで撒いたように飛び散った。猪はばたりと倒れて少し立ち上がろうとしたけれどすぐに動かなくなった。


 「すう、はあ」呼吸が戻ってくる。無意識に止めていたようだ。よしっと思うと同時に、何をしているんだろうと思う。前世じゃ山に行くことすらあまりなかったし、肉はスーパーに並んでいるもので自分で捕るだなんて考えたこともなかった。しかも武器は槍だぞ。怪我をたらどうする。病院なんてものはないし、傷口が膿んでも消毒液すらないんだよ。まいっちゃうよね。


 だけど僕は

 「うおー、捕ったどー!!」と声の限りに叫んだ。


 追いついてきた仲間の皆の顔がちらほら見えてくる。笑っている顔、安心している顔、怒ったような顔、あたりを警戒している顔、様々だ。自信満々に僕は彼らの前に歩いて行った。


 実に不便で危険でなんてことないこの世界の生活を、僕は最高に楽しんでいた!


 「あとは魔法があればな」歩きながら僕はつぶやいた。

 

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