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2020/02/07『雪』『会社』『正義』
とある会社には「正義のヒーロー」と揶揄される男がいた。
彼は、自分がどれだけ切羽詰まっていようとも、相手が助けを求めていなくとも、困っている人や苦しんでいる人に手を差し伸べ、決して礼は受け取らない人だった。
ある日、雪が降っていた。
出社中だった彼はバスを降り、会社のあるビルまで向かっていた。
その時、突然女性が目の前で素っ頓狂な声をあげて、足を滑らせて転んでしまった。
彼は転ばないように急いで駆けつけると、女性を助け起こした。大丈夫ですか、と。
そして、寒さに震える女性に開封済みの暖かなカイロを手渡し、会社の入り口まで付き添った。転ばないように、転んでも大丈夫なように。
その女性は、彼は気づかなかったが、彼の上司だった。
彼女は彼が揶揄されていることを知っていた。
自分がしてもらったこと、それはからかわれるべきことだったのか。
答えは――否。彼女はそう思った。
どうして社内の人は彼のことを揶揄するのか。
それは、自分が当事者ではないからかもしれない。




