表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/430

特別編 2019/02/26 『退廃』『魔法』『酸っぱい』

2019/12/25は忙しく小説を書けなかったので、特別編として2019/02/26のテーマで、少し時間をかけながらも2019/12/03に完成させた物語を投稿しようと思います。

 深い深い森の奥、廃れた家のその中に、長く長く生きている、盲目の魔法使いがいます。

 その魔法使いは昔に人間の妻を亡くし、その悲しみに耐えきれず、ひとり、妻の生まれ故郷にある深い深い森に、人知れず住んでいるのでした。


 森の奥、古い家の、その中で。

 古いが大切にされているであろう椅子に腰かけ、これもまた古いがきっと彼が愛着を持っているのだろうと分かる机に置かれたカゴの中のクッキーを手に取り、魔法使いは使い魔を呼びます。

「……おーい、おーい、パールはいるかー?」

「ここにおります、ヘイル様」

 そこに突如現れたのは、フクロウでした。

 ヘイル様、と呼ばれた彼はクッキーを二つに割るなり、半分を「食べるかい?」といたずらっ子ぽく笑ってフクロウに与え、もう半分は自分で食べます。

「パール、皆を呼んで月に一度のお茶をしよう。アールグレイ、ダージリン、セイロンティーと、あとはコーヒーを淹れてくれ。ホットミルクも」

「分かりました」

 フクロウ——パールはそう言うなり、上品な初老の女性に変身し、紅茶の準備をし始めます。

 そして彼——魔法使いのヘイル・アイーネは、ゆっくりと席を立ち、クッキー以外のお茶請けを用意するため、そして他の使い魔達を呼ぶため、森に向かいます。


 家を出た直後、ヘイルは魔法円を描くと、歌うように呪文を呟きます。

「さあ、森の中へ。あの広場へ」

 すると彼は一瞬のうちに、森の中の小さな広場へと来ていました。

 彼は虚空をつまみ、何もない場所から笛を取り出します。

 ベージュ色をしたその笛を加えてひと吹きすれば、ほら。


 ヒューイ

 ヒューイ

 ヒューイ


 まるで何かの鳥の鳴き声のような、美しい笛の音が森の中をこだまして。

「お呼びですか、ヘイル様?」

「ヘイル、今日はなにをするんだい?」

「どうかなさいましたか?」

 現れたのは、白狐に黒猫、鷲にカラス、狼、そして他にも……。

 何匹も、何匹も、長い年月が経つうちに増えた使い魔達が集まって来ました。

「なあに、今日は月に一度のお茶会さ。みんな好きなお茶請けを持って、うちに来ておくれ」

「分かりました」

「はいよ、任せといてよ」

 使い魔達が口々に応え、散り散りになっていきます。全員が楽しみにしていた、月に一度のお茶会です。そのためのお茶請けですから、張り切って探さねばなりません。皆、嬉々としています。

 ヘイルは目が見えないはずなのに、その様子があたかも見えているかのように笑います。まるで、皆が幸せそうなのが嬉しいとでも言うかのように。


 彼は再び魔法円を描き、呪文を唱えて家に戻ってきました。

「パール、準備は進んでいるかい」

「ええ。今日もとびきり美味しい飲み物を用意しますね」

「ああ、楽しみだ」

 ヘイルはにっこりと微笑んでから、ふと、呟きます。

「……一番古くからの付き合いなのに、お前は未だに私を敬うのだなぁ」

「ヘイル様は、命の恩人ですもの。捨てられ、傷ついた私に、癒しの魔法をかけるだけでなく、命の力を分けてくださいました。感謝してもしきれません。ですから」

 パールはひとつ息をついて、笑います。

「私は敬うことで、いつでも貴方様に感謝の意を伝えたいのです。私の命が終わり、貴方様と別れを告げなければならない日が来るまで」

 ヘイルは不意を突かれたような表情になり、そして、次の瞬間には、涙を流していました。

「……そうか。ならば私は、パールの感謝を受けとり続けるよ。いつか別れを告げなければならない日が来るまで……」

 見えない目から流れるものを、彼は拭い続けます。パールの想いが、嬉しかったのです。

「もう、泣きすぎですよ。ヘイル様はすぐ泣くんですから」

 ふふ、なんて笑われたり、ちょっと茶化されるくらいでは、涙は止みません。


「ヘイル様!」

「ヘイル!」

「お茶請けを持ってきましたよ」

「月に一度のお茶会をしましょう!」

 外から使い魔たちの声が聞こえます。流石にもう泣いていられません。

「ああ、勿論! みんな、庭で待っていておくれ!」

 涙を拭い、ヘイルは声をあげると、家の外に出て、庭に沢山のテーブルと椅子を魔法で用意します。人間に変身し、椅子に腰掛けた使い魔たちがお茶請けを並べ、パールが飲み物を持ってきたら、楽しいお茶会の始まりです。

「今日のお茶請けは何があるかな? えーと、これが……す、酸っぱい!」

「それは紅茶用のレモンですよ、ヘイル様!」

 レモンを持ち込んできた使い魔が慌てると共に、パールがふふ、と笑います。

「時々うっかり屋さんですからね、ヘイル様は」

「ぱ、パール……」

 今日も森の中は笑い声に溢れ、楽しいひと時が過ぎていくのでした。

これは、私が一年半ほど前に書きあげた「オズルとフロウの魔法使い日記」の番外編にあたります。

本編を読んでみたい方は、目次ページにあるシリーズ「長編集」のリンクからご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ