2019/12/24『氷河』『病』『退廃』
船に乗って旅をしたい。そう言った僕に、おばあちゃんはこう言った。
——もし船乗りになったら、はるか北にあるという氷河には行ってはいけないよ。
——その氷河にはね、死んだ人が、埋まっているのだというよ。冷たすぎて、腐らないんだねぇ。
——そして、死んでる人が沢山いるせいか、そこに行った人は死に引き込まれるそうだよ。
——だから、このことをよく覚えておきなさい。
あの日の願いは叶って、船乗りになった。
そして、世界各国を船で旅したんだ。
「美味いから食ってみろよ。あ、でもほんの少しにしておきな。食べすぎない方がいいよ、奇妙な病にかかるから」
ある日訪れた遠い街で、現地の人に果物を勧められ、それを口にした。
それは、今まで食べたものの中で一番甘くて、美味しかった。
それを沢山買い、沢山食べた。
どうしても我慢が出来なかった。
沢山食べて、食べて、食べて。
足りなくなったら、買って、買って、また食べる。
「その果物はもう無くなったよ、お客さんが買い占めていったから」
その言葉に激怒して、店主を殴った。
別の店に行ってまた買って。
また食べる、食べる、食べる。
「船長、そろそろここを立ちましょうよ」
その言葉に激怒して、部下を殴った。
果物を食べる。いつまでも食べる。
と、そのとき。
——どくん。
心臓が突き上げられるような感じがして。
——どくん。
身体の芯が燃えるように熱くなって。
——どくん。
やけに胸の音が、大きかった。
船に乗り込み、ここを立った。
向かう先は、寒い国。
ここは暑すぎる。
暑い。あつい。熱い。
熱い。早く冷たさを感じたい。
早く早く。
あまりに進みが遅いものだから、部下を怒鳴りつけ暴力を振るい、急がせた。
たどり着いたのは、遠い遠い北にある氷河。
そこに降り立つも、身体の熱は抜けていかない。
熱くて熱くてたまらない。
もう寒すぎる、ここを立とう、という声がする。
ふざけるな、こっちはこんなに熱いのに。
部下を思い切り殴りつけた。
帰るなら勝手に帰れ、ここで冷たさを感じるまで残るから。
そう叫んで一人ここに残る。
熱い、熱い。
——目があった。
氷の下に、人がいる。
——その氷河にはね、死んだ人が、埋まっているのだというよ。冷たすぎて、腐らないんだねぇ。
おばあちゃんの声が、蘇る。
——はるか北にあるという氷河には行ってはいけないよ。
まさか、ここが……あの話の氷河、なのか?
まさかまさか。そんなわけは。
下を見下ろすと、人が、いる。
まさかまさか。そんなわけは。
——死んでる人が沢山いるせいか、そこに行った人は死に引き込まれるそうだよ。
震える。
熱いのに、熱くてたまらないのに、震える。
嫌だ嫌だ、死にたくない。
船に戻ろうと岸を見るも、船はない。
どうして船がないんだ。どうしてどうして。
ああ、身体の感覚が消えていく。
熱いのに。こんなに熱いのに。
冷たくなんか、寒くなんかないのに。
どうしてどうして……。
人が埋まる氷河は、今日も海に浮かぶ。
一人、また一人と死人を増やしながら。
一応「退廃」には『道徳や健全な気風が崩れること。その結果の病的な気風。また、デカダンス。』という意味もあるそうなので、そちらを使いたかったのですが……とある果物の中毒になった主人公が道徳性を失っていく、みたいなのを書きたかったのです。
病、というのはとんでもない高熱を出す、というものです。あるいは果物の中毒を病と表すこともできそうです。




