2019/12/12『漫画』『辛い』『魔術師』
降ってこない。
なにも、降ってこない。
ここ最近注目を浴びている漫画家が、頭を抱えていた。
どうしても、物語が、キャラクターが、思いつかない——降ってこないのだ。
降ってこなければ物語を書けないたちの彼女は、頭を抱えた。締め切りのことを考えたら、もうそろそろ降ってこないと間に合わないのに。
魔術師が出てくるような、そんな物語を。そう言われ、期待されているのに。なのに。
——ぐう。
静かな部屋に、場違いな音が響き渡る。
「……仕方ない、ごはん食べよ」
彼女は作業部屋を離れ、台所に向かう。
「うーん、今日は辛いものが食べたいな。どっかに辛口カレーがあったはず……」
ストックしてあるレトルトカレー置き場を探すも、そこにあるのは甘口や中辛ばかり。
「もう、なんで辛口がないの……辛いものをくれい! なーんてね」
そう呟いた瞬間。
「——あっ」
降って、きた。
彼女は作業部屋に駆け戻り、すらすらと鉛筆を動かしていく。そこに現れたのは、一人の魔術師と、その愛人らしき女性。魔術師は神経質そうな表情をしていて、愛人は料理好きなのか、エプロンをかけて片手にはお玉を持っている。
——ここから、物語を広げていける。
彼女は確信した。
やがて、辛い物好きな魔術師と料理上手な魔女の恋愛物語が、大ブームとなるのであった。
『辛い』は果たして、『からい』のか、『つらい』のか。未だに分かりませんが、今回は『からい』の方で物語を書いてみました。




