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2019/12/08『天邪鬼』『雨』『少年』

「飲むか?」

 青年は少年にサイダーを差し出しながら、問いかける。

「これやるよ」

 そう青年が言っても、少年はサイダーを受け取らない。青年は苦笑いしながら、一つにまとめられた長い髪を揺らした。

「ま、見ず知らずの人からもらいたくないよな」

 あ、俺は志賀。志賀さんとでも呼んでくれれば。

 青年——志賀はそう言って、自分用に買ったコーヒーを口にする。

「で、君は学校にも行かずに、ここで何をしてるの?」

「あんな場所、行きたくねえよ」

 ぶっきらぼうな少年の言葉に、志賀は「何かあった?」と問いかける。

「何にもねえよ。邪魔だからいなくなってくんねぇかな」

 吐き捨てるようにいう少年。

「……うん、いいよ。じゃ」

 志賀は思いの外早く引き下がり、その場を立ち去ろうとする。

 しかし。

 袖が引っ張られる感触で、その場に引き戻される志賀。見てみると、さりげなく少年が、志賀の服を摑んでいたのだ。

 その行動に驚いていたのは、少年自身だった。

「何で……何で、おれ……」

「サイダー、飲む?」

 くすり。少しだけ笑って、志賀はペットボトルを差し出す。少年も今度は、拒むことなく受け取った。

 プシュッ、シュワシュワ、ゴクゴク。

 サイダーを一気に煽った少年は、プハッと一つ息を吐いた。

「……美味い」

「ならよかった」

 相変わらず仏頂面の少年に、志賀は笑いかけた。


「虹が嫌いなんだ」

 ふと、少年が呟く。

「雨の後は必ず虹が出る。だから雨も嫌いだ」

「どうして虹が嫌いなんだい?」

 志賀の問いを聞いた少年の目に、怒りが宿る。

「兄ちゃんが、虹が好きだった兄ちゃんが、死んだんだ。最期に、とびきり大きな虹がかかったのを見て、おれに『じゃあな』って言って、飛び降り自殺した」

 少年はいつしか、歯軋りしていた。

「あんなに優しかった兄ちゃんが虐められてたのに、担任は見て見ぬ振り。親は忙しすぎて兄ちゃんの声を聞く暇すらない。兄ちゃんは自分がおれより年上だから、おれには心配をかけまいと笑ってた。でも、限界がきて……飛び降りた」

「……」

 志賀は、ひたすら少年の話を聞いていた。

「——今、爺ちゃんの家にいるんだ。親が仕事のストレスと兄ちゃんの自殺で、心が壊れかかってるからさ。おれを見るたびに『なんであの子が』って言うんだぜ、もうこっちが疲れるよ。っていうかあいつらが兄ちゃんの声を聞かなかったくせに、それで心を壊すとか、マジで笑うわ。

 んで、進級した後の担任が兄ちゃんを助けなかった担任だって分かったからさ、担任を困らせてやろうと思って学校に行かねえんだよ。爺ちゃんと婆ちゃんにはちゃんと説明した。そしたらよ、孫には甘いのかね、兄ちゃんが自殺したショックが抜けきらないってことにしてくれたんだ」

「……そっか」

 辛かったね、とも苦しかったね、とも言わない。ぼろぼろ涙を流し続けていることに気づかない少年が話し続けるのを、コーヒーを飲みながら聞くだけだった。


 話が終わったところで「そういえば」と志賀が話し出す。

「君、家では勉強、してるの?」

「おれは隼人だ。……正直言って、出来てない」

 少年——隼人は、拗ねたような表情になる。

「なら隼人、俺が教えてやろうか? ここで青空教室、なんてどうだ。こう見えて教員免許も持ってるから、教えることぐらいはできると思うけど」

「……マジで?」

「うん、マジ」

 目を丸くする隼人。至って真剣な志賀。

 隼人の表情が、しかめっ面になる。

「……ま、考えといてやる」

 その言葉に、素直じゃないなぁ、と志賀は笑った。

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