2019/12/05『青』『節制』『悪魔』
「そこのおっさん」
ふと、声をかけられた。
「なんだよ、兄ちゃん。オレ急いでるんだ、じゃあな」
「いやいやいやいや、待ってくれよ」
すらりとした若い兄ちゃんは、ぱたぱたと後を追いかけてくる。
「おっさん、こんな体型になりたくないかい?」
オレの前に回り込み、そのほっそりとした姿を見せつけてくる。
イラつくなぁ……太ってるオレへの当て付けか?
「なれるもんならな。でも無理だろうよ。じゃ」
「ちょっとおっさん! 俺だって体型を自慢したいわけじゃないんだよ。おっさんにさ、紹介したいもんがあるんだ」
そう言って兄ちゃんが取り出したのは、青い小瓶。
「んあ? なんだそりゃ」
「痩せ薬さ。俺も少し前までは、おっさんみたいなスタイルだったんだぜ? けれどこれ飲んだら、あっという間にこの通り。食べすぎることも無くなったし、ありがたかったから、おっさんにも紹介したかったんだって」
小瓶には「Moderation」の文字。薬の名前か? 中には大量の錠剤が見える。
——これで、本当に痩せれるのか? もし本当なら、万々歳なのだが。
「ま、試してみてくれよ。この瓶やるからさ。一日一錠。どのタイミングでもいい。効き目は抜群だったぜ」
「……ま、貰っとくか」
オレはとりあえず、貰えるものは貰っておくことにした。
「効き目は抜群だからな、誤用に気を付けろよ」
兄ちゃんはそう言うと、あっという間にその場からいなくなった。
「……さて、これは効くのか?」
オレは早速、薬を飲んでみることにした。
ごくり。
……なんともないな。
「さて、飯食うか。今日は……ラーメンだな!」
お気に入りのラーメン屋に入り、いつも通り食券を買う。
「ラーメン普通盛りに、ご飯少なめ。餃子は……いいか。トッピングもなしで」
そう呟いてその通りに食券を買い、ふと気づく。
「あれ……いつもより、絶対量が少ねえ」
普段なら、ラーメンもご飯も大盛りに、餃子、そして大量のトッピングが当たり前。なのに、どうしてこんなに量が少ないんだ?
トッピングだけでも追加しようとするが、体が動かない。
仕方ない、とりあえずこれを頼むか。
「おーい、これ頼むわ」
「らっしゃい! ん? 珍しいな、こんなに量少ないなんて」
「ああ、たまには少なめでいいかな、なんてさ」
戯けてそんな風に言ってみたが、自分のことなのに不思議で仕方がない。
しばらく待つと、目の前にゴトリと頼んだ通りのものが現れた。
「いただきまーす」
それを食べるうち、不思議なことに気づく。
「なんか……いつもよりもお腹いっぱいになるのが早いな。頼んだ分だけで十分だ」
ごちそうさま、と呟いて、そのまま店を後にした。
それからというもの、薬を飲みながら生活するうちに、あることに気づいた。
「あの薬、オレが食べ過ぎないようにしてくれるのか」
そう。薬を飲み忘れた日は暴飲暴食してしまうことで分かったのだが、あの薬はどうやらそういう働きを持つらしい。そして、薬のおかげで食べる量が減ったからか、体重も徐々に減り始めた。
「……待てよ、あの薬をたくさん飲めば、もっと早く痩せるんじゃねえか?」
そう思いついた後は、一日二錠の薬を飲み、そのうち、三錠へと増やしていった。
痩せるスピードは、速くなった。
どうしてだろう。常に頭がぼうっとする。足元はおぼつかないし、フラフラしている気がする。脳は働こうとしないし、常にクラクラしている。
ふとショーウィンドウのガラスを見れば、すらりと痩せ細ったオレがいる。
「だから誤用に気を付けろって言ったのにねぇ」
耳元で声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
ガラスには誰もうつっていないのだから。




