2019/11/28『青』『川』『路地裏』
私が初めて会ったフィルテ《使うもの》は、リイッド・ヘクセ《歌うたいの魔女》だった。
初めて彼女に会った日、彼女は肩ほどまでもない黒髪を風になびかせながら、路地裏に佇んでいた。鳥のような透き通る声で歌いながら。
よく見ると、青いフィルテ《使うもの》の紋章が右の掌に描かれていて、たれ目は紋章と同じ、澄んだ色。年はまだ十歳ほどに見える。肌は白磁のように白く、唇は薔薇のように赤い。私は、彼女の美しさに息を呑んだ。
リイッド・ヘクセが歌い終えた時、風が止んだ。
——ふと、かちりと目が合う。
「わっ! まさか私のことを見てる人がいるなんて! はじめまして。私はリイッド・ヘクセ《歌うたいの魔女》のルルー。風魔法を使うの。貴方は?」
「わ、私は、人間よ。アンっていうの」
彼女の歌うような声に似てもつかない、私の低い声が耳を打つ。
「アン! 素敵な名前ね。もし貴方がよければ、お友達にならない?」
「……こんな私で、いいなら」
「やった! ありがとう、アン!」
初めて出会った路地裏は、ルルーのお気に入りらしい。一緒に遊ぶ時、待ち合わせ場所はいつもここだった。
ルルーは私に会いたい時、いつも歌う。どこからともなく、透き通った歌声が聞こえたかと思うと、風が吹いて私に手紙を届けるのだ。
『アン、一緒に遊びましょう!』
その一筆箋の裏に、私は答えを書く。
『うん、今行く』
と書くときもあれば、
『ごめん、今日は無理なの』
と返すときもある。
ただ、どちらにしても変わらないことがひとつ。それは、私が返事を書けば、また勝手に風が吹き、ルルーのもとに手紙を届けること。
今日は了承の意を紙の裏に記し、返事を送ってからあの路地裏に向かった。
「今日は川に行きましょう!」
「いいねえ」
私が答えると、ルルーは私の手を取り、歌う。すると風が私たちを包み、体を浮かせて目的地へと運んでくれる。川辺の草むらに降り立つと、歌は止んで風もいなくなる。
風を操る。これが、ルルーの魔法だ。
「ねえ、ルルー」
「なあに?」
私はずっと、思っていたことがあった。
「いつもこういうとき、ルルーからしか声をかけてくれないじゃない? 私も、ルルーに『一緒に遊ばない?』って言いたいんだけど」
そう。いつも、遊びの提案は一方通行だ。ルルーから私。私からルルーには話しかけられない。
「……確かにそうねぇ。……あ、そうだ」
ルルーは何かを思いついたのか、ふふ、と笑う。そして、口笛を吹いた。
すると、突然そこに白い鳩がやってきた。私が驚いていると、彼女は「使い魔のソールよ」と笑った。
「ソール、羽を一枚もらうわね」
『分かったけど、あんまり痛くしないでね?』
ルルーは使い魔から一枚羽を抜くと、それを右手で握り、歌った。短く、でも人間の私ですら『魔法を使っている』と感じてしまうような、そんな力を持った歌を。
そして、彼女は私にそれを差し出した。
「これ、あげるわ。私に会いたかったら、羽に向かって語りかけて。そうすれば、風が私に教えてくれるから」
返事は今まで通り、手紙で送るわ。そう言って微笑んだルルーに、私はうなづく。
「さ、水浴びでもしない?」
「うん、しよう!」
ルルーの提案にうなづき、私は川に向かって駆ける。そのあとを彼女が追いかける。
『せっかくなんだし、僕も混ぜてよね』
そんな声と共に、ソールもこちらにやってきた。そして不意に白い鳩が白髪の少年に変身する。
「こらソール、突然変身しないの。アンが驚くでしょう?」
『別にいいじゃん、たまには』
魔女と使い魔の会話が微笑ましくて、私はついつい口角を上げてしまう。
「ちょっとアン、笑わないでよっ!」
「ごめんごめん、でも馬鹿にしてるわけじゃないから許して!」
ふと、優しい風が吹いた。
その遊びに混ぜて欲しい、と言うかのように。
そして、私たちと戯れ合うかのように。
2019/11/29 0:09
誤字を見つけたので修正しました。




