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2019/10/29『本』『メモ』『学校』

「私はあの日、さよならを告げた」

 黄昏時。暖かくも冷たい光が教室に射す、その時間に、彼女はそう呟いて涙を流していた。

 ——あの子は誰?

 ——どうして私はここにいる?

 その答えは、頭からすっかり抜け落ちていた。

「これは、この学校にかけられた、よき(まじな)いであり、悪しき(のろ)いでもあった」

 そう言って、彼女は見たことのない本を手に取る。

 それは、黒い表紙に金の箔押しで不思議な紋章を描いたような、そんなものだった。

 ページを開いた途端、表紙の金箔がますます輝きを放ち、本から光が溢れ出すように見えたのは、錯覚なのか、夢なのか。

「……あなたに頼みたいことがあるの」

 彼女の声を最後に、私の意識は闇へと落ちた。


 それは、遠い遠い昔、百年前のこと。

 一人の少女がこの学校にいた。

 彼女は何の変哲もない子だった。……否、歌が異様に上手かった。鳥のさえずりのような高音を、川のせせらぎのような中低音を、優しく眠りに誘うような低音を、いつでも響かせていた。

 そんなある日、ひらりと目の前に何かが舞い降りてきた。ゆったりと光を放ち、自分の存在を主張しながら。

 思わず少女が手に取ると、それはただのメモだった。金色の文字で『歌って』とだけ記されている。

 ——『歌って』?

 少女は不思議に思ったが、何せ歌は上手かったし、それ以上に彼女は歌うことが好きだった。だから、歌った。

 その途端、メモは突然少女の手の上で真っ白な本に変化し、金色の文字は金の箔押しとなり表紙の上を踊った。

 さらに、本はひとりでにページを開き、溢れ出す黄昏時の空で輝くきらめきが、少女の頬に見えない紋章を刻み込んだ。

 彼女の背に純白の羽が生まれた時、少女の頭の中に為すべきことやその目的が突然浮かび上がる。

 この学校を守り続けるために『歌うもの』になりなさい、あなたの歌が学校を守り、皆の幸せになるのだから——。

 そんな声が聞こえた気がした。

 少女は自分が人ならざるものになったのだと、そう悟った。

『さよなら、私』

 彼女はひとしずくだけ涙を流し、そして、本を抱きしめて空へと舞い上がった。

 そうして百年間歌い続け、不幸を一手に引き受け、彼女が幸福なわけがなかった。しかし、学校は確かに難を逃れ続け、そして皆幸せに笑っていたのだった。


「……でもね、もう限界なの」

 突然、教室で涙を流していた彼女の声が聞こえた。

「百年間歌い続けて、この学校に不幸が起こらないように、守ってきた。でも、もうこの本が、不幸を溜めきれない。全てのページが闇に染まり、もう、使い物にならなくなった」

 ——そうか。今見た少女と教室にいた彼女は、同一人物、だったのか。

「お願い。私はこの本に溜め込まれた不幸をこの翼に全て移し、不幸とともに消えるから。そしてあなたにわたしの声をあげるから。だから……次の『歌うもの』になって」

 泣きそうな声そう言う彼女に、私は——。

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