2019/08/09『会社』『ガラス』『雪』
日付超えましたが、書き始めたのはこの日なのでお許しください……。
——雨の匂いがした。
23時26分。
東名高速道路を、下っていく。
窓ガラスに降り注ぐ雨粒はまるで、空から吹き付けられた霧吹きのよう。
視界を良くするためワイパーでそれを拭えば、半円形をした世界が広がる。
風圧でガラスの外に押しやられる粒。
速度計を見ると、時速120km。
さっき、この車を追い越していった車があったけど、そもそもこの車が法定速度を超えていたのか。気付かなかった。
……うん。おまわりさんに捕まらないことを願おう。
おや、とかけっぱなしだった音楽に耳を傾ける。
CDはトラックNo.6を再生し始めた。
跳ねるようなサウンド。歌詞は、愛しい人のために夜の高速を走る、というストーリー。
今この状況の自分にはぴったりの曲だ。
大切な人のために東名高速道路を下っていると言っても、過言ではないから。
故郷は、高速道路の区分だと西日本に位置するところにあった。
今、故郷に帰るために高速道路を走っている。
そう、要するに、帰省ってやつ。
そういう車は今、多いんじゃないかな。さっき高速に乗る前、ラジオでもちらっとそんなことを言っていたような。
……早く母さんに、会いたいな。
ふと、雪が見えた。
信じられなくて、目を見開いた。
でも、雪だった。雨が、雪に変わっていた。
……やばいな。
会社が終わってすぐ、家に帰ることなく徹夜で車を走らせようとしている自分に、脳が警鐘を鳴らし始めたのか、あるいはもう、危ない状況に立たされているのか……どちらにしろ、危ないことに変わりはない。
だって、今は夏——雪が、降るわけがない!
つまり、自分は今、幻覚を見ているのだ。
とにかく、休まなければ。事故を起こしてしまったら大変だ。
しっかりしろ。そう自分に言い聞かせながら、ハッカ飴を口に放り込んだ。
いつのまにか次の曲に変わっていたCDは、響きのないピアノの和音を流していた。それこそ、警鐘を鳴らすように。
カーナビの画面を見ると、10km先にパーキングエリアがあると表示されていた。
よし。そこで、仮眠をとることにしよう。
パーキングエリアに車を止め、目を閉じると、すぐに眠りに沈んでいった。
——ああ。ここは、故郷だ。
雪の中、母さんが微笑んでいる。
『ユウキ、元気してる?』
「……うん、元気だよ」
『仕事は無理してない?』
「もちろん」
『仲間やお友達とは仲良くやってる?』
「うん。割といろんな人に頼りにされてるよ」
『——よかった』
母さんは、にっこり微笑んだ。
いわゆるシングルマザーだった母さんは、一人っ子の自分を、優しく厳しく育ててくれた。そして、いつも自分のことを気にかけてくれた。それは、大人になってからも続いた。その優しさが、嬉しかった。
母さんに伝えたいことが、沢山あった。
遅すぎるけど今、伝えたい。
……でも。
『ユウキのことだから、もっと私と話したいことがあるんでしょう?』
「……うん。うん、あるよ。あのね」
『しいっ』
勢いよく話し出そうとした自分を、母さんは止めた。口に、白い人差し指を当てて。
そのまま母さんは、光となっていった。
『続きは直接、聞かせて』
目がさめると、朝になっていた。
雨はもう、止んでいる。
CDを再生させ、昨日聞いたトラックNo.6の曲をもう一度かけて、車を発進させる。
母さんに、早く、会いたい。
故郷に着いたのは、昼過ぎだった。
ホテルの駐車場に車を止め、チェックイン。
そして荷物を置くと、再び車へ。
CDを変え、トラックNo.3を再生すると、バラード調の美しい、英語の歌が流れてきた。一応J-Popなんだけど。歌詞は、全ての女性に捧ぐ歌。
母さんのことを思いながら歌を歌い、車を走らせ、途中でしきみを買い、そして、目的地に到着する。
——そこは、市営墓地だ。
今は、お盆のシーズン。
母さんは、三年前に亡くなった。
死因は、癌。
最後の方はずっと、眠り続けていた。時折、思い出したかのように少しだけ目を開けたけど、母さんは動くことも、喋る事も出来なくなっていた。体や顔がむくみ、膨らんだ母さんを見るのは、とても辛かった。
ただ、死に顔は安らかだった。
お墓を綺麗にし、しきみを挿し、車の中にあった線香を燃やし、母さんが好きだった缶コーヒーを供えた。手を合わせたのちに、お墓の横にもたれかかった自分は、タバコを燃やす。ふうっ、と息を吐くたび、煙がもわりと広がった。
「母さん、夢の続きを今から、話すよ」
『——楽しみにしてたわよ』
一瞬、光となった母さんが、見えた気がした。
語り部のユウキが男か女かは、ご想像にお任せします。
あと、語り部は速度違反してますが、皆様は速度違反をしないようにしてください。




