2019/06/18『退廃』『しょっぱい』『赤』
必要とされていないのならば、いなくなってしまおう。そう決めた後の行動は、早かった。
中身がいっぱいの一升瓶を用意して、真っ赤なお猪口を用意した。
お気に入りの赤いインクが詰まった万年筆で、手紙を綴る。躑躅という名の、美しい色だ。
赤という色は、美しい。いつでも、いつまでも、その色に見とれたものだった。
さいごに最も美しい赤が見たくて、近くにあった刃物で、小さく指先に切り傷をつけた。
それに見とれたその後に、そっと舐めると、鉄のような味がして、少しばかり、しょっぱい気もして。
これから、これがもっとしょっぱくなるのかもしれないと考えると、少し笑えた。
「さて、さいごの宴を始めるか。……ま、一人だけどな」
お猪口に一升瓶の中身を注ぎ、くぴっ、と呑んだ。
「うへ、しょっぺぇ。ま、仕方ねえな」
くぴっ。くぴっ。
一升瓶の中身を注いでは呑みを繰り返し、ついに一升瓶を空にしてしまった。
一升瓶に貼られているラベルに書かれている文字は、『醤油』。
躑躅色で書かれた手紙は、遺言書となった。
彼は賢く、能力が高い人であった。
なのに、どういう理不尽なのか、彼は上司に暴言を吐かれ続けていた。
それでも今まで頑張ってきていたが、ある日、何度目かもう分からないほど言われた「お前はいらない」という言葉に、心が折れた。
「お前の代わりはいくらでもいる。お前がいなくともなんとでもなる」
必要がないなら、いなくなってしまおう。
そう思った彼は、一升瓶に入った醤油を飲み干し、自殺した。
——確かに上司は「代わりなんていくらでもいる」といった。
しかし、代わりを用意しても、他の人々を無理矢理に働かせても、彼の代わりにはならなかった。
彼の関わっていた仕事は全て潰れ、優秀な人材を失った会社は、少しずつ崩れ、衰えていった。
その会社は今、どうなっているのだろうか——。




