2019/06/12『本』『人肌』『過去』
今は滅びてしまった国の古城に、一人の少女が迷い込みました。年は十六歳。森で果物を採っていたところ、雨が降り出してしまったので、とにかく雨宿りができる場所を、と思って走っていたら、いつの間にか着いていたのです。
古城はとても美しく、でもやはり人が長く住んでいないせいか、寂れていました。
少女は暖を取ろうと、マッチを探し出して、暖炉にくべられていた薪に火を灯しました。
そこで服を乾かし体を温めた少女は、城に向かって言いました。
「ごめんなさい、少し雨宿りさせてください。雨が止むまでの間でいいんです」
少女は雨宿りさせていただいたお礼にと、城に溜まっていた埃を掃除しました。埃は暖炉で燃やしました。
眠くなった時は、城にあるベッドを借りて眠りました。お腹が空いたときは、少しずつ採った果物を食べました。
雨は長く長く降り続いたので、少女は、こじんまりとした城の全ての部屋を掃除することができました。
雨は、いつまでも降り続きました。
少女は暇つぶしに城の図書館へと向かいました。
そこには古ぼけた本が沢山ありました。
少女はその中から一冊を選び、そっとそれを開きました。
その瞬間、本からまばゆい光が溢れ出し——。
少女は、森の中にいました。
「どうなっているの?」
少女が戸惑っていると、遠くから突然「うわあっ!」と声が聞こえました。
「たすけてぇ!」
その声はそう叫んでいます。
少女は慌ててそちらの方へと駆けていきました。
やがて少女は、大きな穴を見つけました。その穴から声が聞こえるので覗き込むと、そこには男の子がいます。
「たすけてぇ! 落とし穴に落ちちゃったの!」
少女は辺りを見回して、長く太い蔓を見つけるとそれの片方を近くの木に結びつけ、もう片方を穴に落とします。
「捕まって!」
男の子が捕まったのを確認し、女の子は男の子を助け出しました。
男の子は「ありがとう!」と言って、城の方へと駆け出しました。
「こんなに服が汚れちゃった。爺やに心配されちゃうよ」
楽しそうにそう言って、男の子はいなくなったのです。
自分も城に戻らなければ。そう少女が思った時、ふと、足元にあの本があることに気がつきました。
「あれ、なんでここにあるの?」
少女は首を傾げて本を拾い上げます。
と、その時。再び本が光を放ち——。
少女は、城の図書館にいました。
しかし、本たちはどれも古くとも美しく、決して朽ちてはいないのでした。棚も古くとも手入れがなされています。机と椅子も同様です。
例外は、少女が手に持っていた本だけ。その本だけは、古ぼけて朽ちかけているのです。
「……どうして?」
少女は思わず、呟きます。
何が起きているかは分からないが、とりあえず本を戻そうか……そう思ったその時。
「——誰かいるのか?」
男の人の声が聞こえ、少女は本を落としそうになってしまいました。
「おや? 君は——」
「ご、ごめんなさい! 人がいるとは思っていなくて! 雨が降っていたから雨宿りをと思っていたんですけど、止んだみたいですし帰ります!」
「落ち着いて。とって食おうって訳じゃないんだから。もう少し詳しく、話を教えてくれない?」
男の人に促され、少女は今までに起きたことを全て語りました。
「——そうか……その本を貸してごらん」
男の人は本を受け取ると、何か呪文のような言葉を呟いてから本を開きます。光は、出てきませんでした。
「これは異歴書。呪文を唱えずに開くと、開いたページの時代に飛ばされてしまう本なんだ。君はどうやら、二十年前に飛ばされたようだね。ほら、ここを読んでごらんよ。歴史がどう変わったのかが書いてある」
少女は指さされたところを読み、そして、目を丸くしました。
『一人の少女が国の存続を変えた話
一国の王子がある日、落とし穴に落ちた。
本来ならば王子は誰にも見つけられず死亡する。王子が誰にも見つけられずに死亡したことにより、人々を恨み妬んで魔物となる。そして国を丸ごと全て滅ぼしてしまった。古ぼけた城のみが残り、街は全て森と化した。
しかし、一人の少女がこれを用いたことにより歴史は変わる。
少女は王子を見つけ出し、救い出した。それにより国は滅びることなく続いていくこととなる』
「それで今は、この時助けられた王子、つまり僕がこの国の王だ。二十年前に僕を助けてくれた女性を妻にしようと国におふれを出している。
——ようやく、見つかったよ」
少女は、ようやく気付きました。
目の前に立つ男性には、あの男の子の面影が少し残っていることに。
「あなたは間違いなく僕の命を助けてくださった恩人様です。僕と結婚してください」
王様が差し伸べた手に、少女はその手を重ねました。
それが、少女の答えでした。
ここは、今も栄えて美しい国の古城。
ここの図書館には、過去を変えられる本がある——。
そんな噂がありますが、あなたは信じますか?




