2019/06/09『赤』『強欲』『姫』
幻の真っ赤な木の実のことを、知っているかね?
——知らない?
そうかいそうかい。
あの木の実はねえ、強大な国をひとつ滅ぼせるだけの力があるんだよ。
そうだね、今日はその国の話でもしようかの。
昔々、幻の赤い木の実に関する言い伝えがまだちゃんと残っていた時のこと。
強大な国が、ひとつあった。
その国の王様はとても強欲な悪い王で、国を豊かにするというお題目のもと、重い税金を課し、多くの男を徴兵し、重労働をさせ、自分は欲しいものを手に入れ、楽ばかりしていた。
その国にはひとりのお姫様がいた。
お姫様は、それはそれは美しく、とても賢く優しくて、今の王様のことも、今の国のことも、嫌いであった。けれど国民は愛しており、国民が生み出した文化も好んでおった。
そんなお姫様はある日、お見合いをすることになった。
お見合い候補は三人。
ひとりは金髪ですらりとした、白馬に乗った隣国の王子様。
ひとりは喋りが得意で、沢山の知識を持つ西の国の王子様。
ひとりは優しい目をした、粗末な身なりの東の国の王子様。
「さあ、この中から選びなさい」
そう言われたお姫様は「そうね」と言った。
「では、幻の赤い実を持ってきてくださった方と結婚するわ」
幻の赤い実は、食べた者の願いをなんでも一つだけ、叶える力があった。
ただ、幻と言われるだけあってとても珍しく、実のなる木がどこにあるのかすら分からないのだ。
それを聞いて、王様は「なんと無茶なことを」と宥めた。しかし、お姫様は笑って王様にこう言った。
「私のことを本当に想ってくださる方ならば、きっと見つけ出してくださるわ」
それを伝えられた三人の王子様だが。
金髪ですらりとした、白馬に乗った王子様は、幻の赤い実を探さなかった。近所にあったナンテンの実を採って届けたのだ。
それを見たお姫様は怒ってしまった。
「馬鹿にしないで。これはナンテンの実よ、そもそも食用の実じゃないわ」
金髪ですらりとした、白馬に乗った王子様は、すぐに脱落することとなった。
喋りが得意で、沢山の知識を持つ王子様は、彼も幻の赤い実を探さなかった。古い書物を読み、幻の赤い実の特徴を学び、それにそっくりな別の実を届けたのだ。
お姫様は困ってしまった。自分が言い伝えで聞いた実そのものが、目の前にあったのだから。
しかし、お姫様が飼っている大人しい犬が実に近寄ると、鼻をクンクンとさせて、突然唸り出してしまったのだ。お姫様が手を出そうとすると、吠えて触らせてくれない。
というのも、王子様が届けた実は、王子様自身も見落としていて知らなかったのだが、毒入りの実だったのだ。お姫様の飼っていた犬はとても賢かったため、毒入りだということをお姫様に伝えようと、唸り吠えていたのだ。
お姫様はそれには気付かなかったが、大人しく賢い犬が吠えるのならば、これは偽物なのだろうと判断した。
お姫様は、喋りが得意で、沢山の知識を持つ王子様との結婚を拒否した。
優しい目をした、粗末な身なりの王子様は、普通ならば平民が乗るはずの、茶色く背の低い馬に乗って旅に出た。幻の赤い実を探すためだ。
王子様の国は広いのに人口が少なく貧しい国だったのと、王子様が城を抜け出し城下町で平民と共に時を過ごすのが大好きな王子だったため、王子様の身なりも粗末で、馬も平民のものと同じものだった。
王子様は様々な国をめぐり、そこで地位の低い者たちを助けながら、幻の赤い実を探した。
そして旅に出て五年が経った時、ようやく王子様は幻の赤い実を見つけた。それはキラキラと宝石のようなきらめきを放っていた。
王子様はそれをお姫様の分、ひとつだけを採り、お姫様に直接渡しに行った。
お姫様はそれが幻の赤い実なのだとすぐに悟り、お姫様は、優しい目をした、粗末な身なりの王子様との結婚を宣言した。
お姫様は実を食べると「私を魔法使いにしてください」と願った。
お姫様は願った通り、魔法使いになった。
そしてお姫様は、今の王様や国のあり方、政策などに納得できない、不満を抱えた国民——つまりはほとんどの平民、そして悪政を敷く王様に反発している貴族たち——を、夫となった王子様の国に魔法で連れて行くことにした。
お姫様の国の国民は、賢く聡いお姫様と優しく慈悲にあふれた王子様が作り上げる国に来られて幸せだったし、王子様の国は人口も増えて文化も活発になり、豊かな国になったから、お互いの国にとって素晴らしい結果となった。
ただ、お姫様の国は人がいなくなってしまったから、寂れて無くなってしまった。
赤い実は、ひとつの強大な国を滅ぼしたとも言えるだろう。
——どうだったかの?
さ、今日の話はおしまいさ。
また明日来ておくれ。




