2019/06/05『揺らぎ』『科学』『王国』
むかしむかし、あるところに、奇跡の国と呼ばれた国があったといいます。
その国は聡く賢い王様がいて、優しく慈悲にあふれたお妃様がいて、二人の良いところを受け継いだ一人の王子様がいたそうです。
その国の民は誰も飢えることがなく、重い病気をかかるものもなく、誰もが幸せに暮らしていて、作物が沢山採れ、家畜たちも沢山いて元気で、様々な高度な技術を持つ、まさに奇跡のような国だったと伝えられています。
他の国が戦乱に巻き込まれようと、奇跡の国は戦乱に巻き込まれませんでした。奇跡の国は武術にも長け、戦いをけしかけられても武術と技術で返り討ちにできるだけの力があったのです。そのため、奇跡の国には誰も攻め込まなかったのです。
そんなある日、王宮で仕えている位の高い占い師が、顔を曇らせました。
「王様、王様、悪い兆しでございます」
「なに?」
「遠くない未来に、何者かがこの村に、不治の病を振りまきます。異国の呪術による病です。この病を治せるものは、私を含め、誰もおりませぬ。病で力を失ったこの国を、荒くれ者が襲います。なんとかして、この国の民を助けなければ」
そう言われても、どうやってこの国の民を助ければ良いのでしょう。他の国に逃がすべきでしょうか。それとも地下にでも秘密の都市を作って隠れましょうか。
王様は悩みました。
この国の民が一番ですが、この国の民が散り散りになれば、この国は奇跡の国とは言えません。奇跡の国は、様々な技術を持ち、それぞれの役目を持ち、それぞれの幸せを紡ぐ皆が揃っているから奇跡の国なのです。この国の民が一番と分かっていても、この国を失うのも、王にとっては辛いことでした。
と、その時でした。
一部始終を物陰から聞いていた王子が、ひょこりと姿を現し、言ったのです。
「父上、この国を空間の揺らぎに隠しましょう。そうすれば異国の呪術師にも、この国の存在は分からなくなります。幸いにも、空間の揺らぎを作りそこに入る技術はわたしだけ——この国だけしか持ち得ません。この国の存在に気付いたとしても、誰も侵入出来ませぬ」
「どうやって、やるのかね」
父王の言葉にも王子は笑顔で答えます。
「科学技術を使うのです」
王は考えました。
考えて、考えて。
「——我が息子よ、そうしよう。明日は国民は出かけぬようにと触れを出そう。そして明日、この国全体を、揺らぎへと隠しておくれ」
翌日、国民を全て乗せた国は、王子の手によって空間の揺らぎへと隠されました。
さらに翌日、不治の病を振りまく呪術師が現れましたが、なにもない国土の真上で崩折れ、そして王国を見つけることは出来なかったというのです。
今ではもう奇跡の国がどこにあるか分かりませんが、時々空間の揺らぎから声が聞こえてくるそうです。
幸せそうな笑い声が、いつまでも、いつまでも……。




