2019/05/31『赤』『神話』『病』
——ぱんぱん。
「あっ、おはなしおじいさんが来た!」
「はやくはやく!」
「今日のお話はなんだろう?」
「——さてさて、みんな集まったかね?
それじゃあ、始めようか。
今日のお話は、「神様と捧げ物」じゃよ。
それじゃ、はじまりはじまり……。」
むかーしむかし、空の上には、神様がおったそうな。
その神様は、沢山いる神様の中でも力が強くてのう、あるときは「沢山いる神様の中でも、一番力を持つ神様」、と噂されることもあったそうな。
——神様の名前かの?
あんまりにもむかーしむかしのことで、誰も神様の名前は覚えてないそうじゃ。
でも、そうじゃの。名前がないとおはなしの中でも呼びにくくなってしまうのう。
……そうじゃな。今だけ、その神様のことを「天ノ神」と呼ぼうかの。
天ノ神は、沢山の生き物のために天気を操り、病が流行ればすぐ病が治るようにと祈り——ああ、神の祈りは、薬になるのじゃよ——、この世が不幸に包まれたときは、少しでもその不幸が薄れるように、その力を使ったそうな。
だから、天ノ神は、沢山の生き物に愛された神であったそうじゃ。
天ノ神は、沢山の捧げ物を、沢山の生き物からもらったという。そして、生き物からの捧げ物は、いつも伝令係の白い鳥が運んでいたそうじゃよ。
ある日のことじゃ。
天ノ神はその日も、捧げ物を受け取っていた。
そして、その中に見かけたことのない、赤い実を見かけたそうじゃ。
「伝令の鳥よ、これはなんだ。誰からの贈り物か」
「分かりませぬ。今日は沢山のものがいちどきにやってきて、捧げ物を置いていきましたので」
「そうか……」
そう言って実をしばらく見ていたのじゃが、つやつやとして美味しそうだったその実を、天ノ神は口にしてしまったのじゃ。
するとその瞬間、天ノ神は泡を吹いて倒れてしもうた。
その赤い実は、じつは、伝令の鳥が神を殺そうとして、この世の中にある毒を沢山混ぜ合わせて、丸くして、赤く毒を持つ花の花弁を煮詰めて作った汁で包み込んだものじゃった。
神とはいえ、そんなに強い毒には敵わんかったようじゃの。天ノ神は、長い長いあいだ、寝込んでしまわれた。
生き物たちは、誰も、そんなことは知らなかった。知るわけがなかった。
じゃから、捧げ物をしているのに願いを叶えなくなった神のことを、信じなくなっていったのじゃよ。
そのせいで、神の力は弱まってしもうた。神の力は、生き物が神を信じる力じゃからの。
天ノ神が目覚めたとき、毒と、信じる力が減ったことのせいで、生き物を助けるだけの力を持たぬようになってしもうた。
生き物を助けたくとも、大したことができない。せいぜい暑い日にそよ風を吹かせたり、大雨の日に風を吹かせないようにしたり、そんなことしか出来なかったのじゃ。そのせいで生き物はさらに神のことを信じなくなり……悪循環に陥ってしまったのじゃ……。
——みんなは、神様を信じるかの?
もしこの話を信じてくれるのならば、神様のことを信じておくれ。そして、神様へ祈りを捧げておくれ。
その祈りの力が、神様の力になるのじゃから。
「——今日の話は、これで終わりじゃ。
みんな、気をつけて帰るんじゃぞ」
「……なあ、神様って、本当にいるのかなあ」
「……こんな話を聞いちまうと、本当にいる気がしてくるよなぁ」
——ぱんぱん。
「……あれ?」
「……おはなし、おじいさん?」
「——さあさあ、みんな集まっておいで。
今日のお話が始まるよ」
「……おはなしおじいさん、今日は、なんのお話?」
「ん? 今日は「うさぎとかめ」じゃよ」
「さっき、おはなししてなかった?」
「いんや、今日は、今来たばかりじゃ」
「——さっきの「おはなしおじいさん」は……誰だったんだろう?」