2019/05/29『戸惑い』『犯罪』『人肌』
薄汚い服を着た、若い男が捕まった。
男は刑事に尋ねられるまま、答えた。
罪を犯した訳を。自らの来歴を。
男がまだ、少年だった頃。
少年は、物心ついた時には捨てられていたという。
まだ幼い頃は、通りすがりの者にもらう食べ物で命を繋いでいたが、成長してからは、盗みを犯したという。
——初めて「罪」を犯した日のことは忘れられない。
彼はそう言ったという。
商店街の店先にあったりんごを、空腹から、そっとひとつ、抜き取って逃げたのだという。
他の人も食べているから、僕も食べたっていいじゃないか。
他の人は何か交換してるけど、僕は何もないから、そっと、もらっていこう。
本当はお金が必要だと分かっていた、と彼は言った。
けれど、分からないふりをして、罪悪感に蓋をして、盗んでいったのだと、そう彼は言った。
それからは、何度も何度も罪を重ねた。
ある時、一度だけ捕まりかけたという。
商店街の服を盗もうとして、店の女将に見つかり、腕を掴まれたという。
お前さん、だめだよ、お金を払わなくっちゃあ。
そう女将さんは言った後、ふと、その掴んだその腕の細さに気付き、汚れた手足を、破れかけた服を見て、声色を変えたという。
——そうかぁ。お前さん、孤児なのかい?
腕を掴んだまま彼の側に寄って、頭を撫でてくれたのだという。
仕方ないねえ、この服はあげるよ。
——お前さん、うちの子にならないかい?
そうすれば、住むところにも困らないし、飢えることもないよ。どうだい?
優しい声で言われ、彼は戸惑いを覚えたという。
どうしたらいいか分からなくて、そして、優しい手を、その腕を振り切って、服だけ持って逃げたという。
そして二度と、その服屋に盗みに入らなかったと、彼は言った。
——そして私は、生きるため、数え切れないほどの罪を犯し続けました。
彼はそう言って、話を締めくくったと、そういう話だったそうだ。