2019/05/25『勇者』『病』『旅』
ひとり、旅人がいた。
荷物は最低限生活に必要なものと、小ぶりなナイフだけ。
そんな旅人だったが、旅人は誰にも負かされることがなかった。
どんな人でも、どんな魔物でも、体術と華麗なナイフ捌きで返り討ちにし、倒したのだ。
いつしか旅人は、勇者と呼ばれるようになった。
長い長い旅をして、勇者は病を得た。
それは、不治の病とされているものだった。
勇者は病に苦しめられた。
「これが目に見えるものとの戦いであれば」
勇者はそう言いながら、病と闘い続けた。
ある日、勇者の前に黒ずくめの男が現れた。
「お手合わせ願えないか」
そう言われ、勇者は病を得た体を無理やり動かした。
勇者と男は戦った。
勇者のナイフと男の剣が火花を散らしながらぶつかった。
しかし、戦いは幕を閉じた。
勇者が男の剣を奪い、その首にナイフを突きつけたのだ。
「流石は勇者様。さあ、私の命を奪ってください」
男はそう言った。
「それが、貴方のためになるのですから」
しかし、勇者は首を振った。
「私は貴方と手合わせをしたのみ。命の奪い合いをしたわけではないのだ」
勇者が病により死んだ時、その枕元には、黒ずくめの男がいたという。
「あの時私を殺していれば、貴方は死ななかったのに」
そう言って、黒ずくめの男は悲しげに笑ったという。
「折角、貴方の願いが叶ったのに」