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2024/01/02『姫』『現実』『高層』

「汚いものは、見たくないの」

 私の仕える女王様は、傲慢な口ぶりでそう言った。

「……何故ですか?」

 きっと問うたら、癇癪を起こした子供のように騒ぎ怒ると分かっていた。

 分かっていて、問いかけた。

「長い付き合いのあなたなら分かるでしょ!? 汚いものは、女王たる私に似つかわしくないのよ!」

「……似つかわしくないものを見たくないから、こんな高い城の、一番空に近いところにいるのですか? 地上が汚いから、目に入れないように、離れるために、ここにいるのですか?」

「そうよ。それのなにが悪いというの?」

 鋭くこちらを睨みつける女王様に、私はそっとため息を飲み込んだ。

 この国の城は、異様だ。

 円柱を立てたような形の外観で、螺旋状の階段とバームクーヘン型の部屋がいくつも連なる。そして一番上、女王様の部屋は、他の部屋よりも一等広く、唯一円の形になっているのだ。女王様の部屋からは地上がよく見えないくらい、この城は高くそびえたつ。

 ……かつては、こんなではなかったのだ。女王様が、この国の長となる前までは。


「女王様――いいえ、姫様。

 少しだけ、昔話をしましょうか」


 私がそう口にした途端、女王様は――かつての姫様は、鋭くこちらを睨みつけていた目をまんまるく見開く。

「……懐かしい呼び名ね。私も、なにも知らない子供だった時代があったのよね」

「ええ、姫様。だから姫様はたくさんのことを、その丸い目で、きらきらとした瞳で、些細なことも拾い上げる繊細な耳で、幼い頃から紅茶の品種を嗅ぎ分けることのできる鼻で、優しく温かな手と心で、目一杯受け止めて知ろうとしたのです。――城の外を知ろうと、私を連れて街へとお忍びで出かけた日のこと、よく覚えていますよ」

 ぴくり、と。

 姫様は、肩を震わせる。

「この国の民たちは皆、苦しんでいた。ろくに食べるものがなく、清潔な服がなく、街中に赤子の鳴き声や子供の働く足音、老人の病で苦しむ声が響き、自分のことで精一杯、なにをしてでも生きようとする民があふれていた光景を……覚えているのでしょう? 覚えているから、姫様はずっと、ここにいるのでしょう?」

「――やめて、」

「姫様、どうして民の姿から、声から、逃げようとするのですか」

「……思い出させないで」

 姫様の姿は、先程私を睨みつけていたときとは全く違う。

 ぎゅっと玉座の中でうずくまり、全てを閉ざそうとする――そう、あの日、街に出かけた日、城へと戻った姫様が部屋に閉じこもってしまったときと、同じような。

「姫様は、好奇心旺盛で、聡く賢く、心優しい方です。だから、だからこそ……傷つきやすい方です。ずっとおそばにおりましたから、私はそのことを知っております。

 幼かった姫様は、なにもできなかった。だから、自分が傷つかないためには逃げるしかなかったのは……それは、私にも分かります」

 そう。姫様は、今も逃げたいのだ。悲惨な現実、悲しみと苦しみにあふれたあの街から。だから、こんなに高い塔のような城を建てた。その最上階で、耳と目を封じた。

 自分がもう、傷付かなくてもいいように。

「でも、今はもう『姫様』ではないのです、『女王様』。この国の長である女王様には、この国の民を救える力があるのです。どんな策を立て、どんなふうにすれば民が幸せになれるのか、女王様には分かるはずです。

 だって、民の苦しみが貴女様の苦しみで、民の幸せが貴女様の幸せなのですから。ずっと昔、貴女様が『姫様』だった時から、『女王様』になった今まで、ずっと」

 ……民のことは、女王様にしか救えないはずなのだ。

 民の声を細やかに拾い上げ、わずかなことさえ見逃さない目を持ち、そして、優しく温かな手を差し伸べることのできるはずの、女王様にしか。

 他の者が国の長になっても、意味がない。


 うずくまったまま私の話を聞いていた女王様は、そっと顔を上げた。

「……そうね。そうよね」

 堂々と玉座に座り直した女王様の目は、かつての姫様のようにキラキラと輝いている。

 大きなその丸い目で私をじっと見据えて、微笑んだ。

「いまの私には、できることがあるのよね。そのことを、忘れていたわ。ありがとう。

 ――みんなで、幸せになりましょう」


 この国の現実がいかに変わっていくか。それは、女王様と民次第だろう。

 けれど、私の目には、皆が笑顔で暮らす未来が、見えたような気がしたのだった。

2024/01/02 22:21

誤字があったので修正しました。

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