2023/12/01『コーヒー』『薬』『雨』
――僕はね、君のことが大嫌いだよ。
いくらなにを言って聞かせても、全然聞き入れてくれない君。
『迷惑になるからやめよう』と言ったのに、『深夜で人もいないし、20分おきにしか電車も来ないしいいでしょ。電車が来る前に立ち上がるから平気だって!』と駅のホームのへりに座って楽しそうにしてた君。
『そんな妄想くだらないからやめなって』と言ったのに、『くだらなくても楽しいからいいじゃんか。私ね、深夜の無人のスクランブル交差点で踊りたいんだよ。そしてその様子を写真に撮って欲しいんだ。そうだなぁ――』とステップを踏みながら口にした君。
『いくらコーヒー好きだからってそれで薬を飲んだらダメでしょ』と言っても、『別にいいじゃない、めんどくさい。それにコーヒーとの飲み合わせは確認してるからへーき』とコーヒーで薬を飲み続けた君。
――ああ、本当に大嫌いだよ。
死んで欲しいくらいに、さ。
ある夜の帰り道。
終電帰りの、車通りも少ない深夜のこと。
傘を忘れてしまったというのに突然の雨に降られてしまって、とにかく早く帰らなければと、駅のそばにある小さなスクランブル交差点、そこを君と一緒に駆け抜けようとした、そのとき。
君は突如、口から鮮やかな血を吐き出した。
喉からヒューヒューと苦しそうな吐息が聞こえる。
ぎゅっと胸を摑んで、悶え苦しみはじめる君。
助けを乞うように君が伸ばした血塗れの手を、僕はひょいとかわして歩道まで駆け抜ける。
「なん、で」
息をするのもやっとの君が、絞り出すように問いかけた言葉。微かな声なのに、雨音と一緒に、街に響き渡るようだった。
やっと、だ。
やっと僕は、君を殺せる。
この時を待っていたはずだった。
じわじわと君の体を蝕む毒を、君のコーヒーに少しずつ混ぜて、そうして、毒が君の体を、命を、全てを壊す瞬間を。
けれど、実際に君が死ぬ瞬間を目の当たりにできそうだといういま、僕を満たしたのは、満足感でも、快楽でもない。
君は、人気のないスクランブル交差点で踊っていた。
……いや、踊ってはいない。
苦しさのあまり、身を捩り、足掻き、もがいているだけ。
なのにどうして、どうして君は、こんなにも。
こんなにも、美しいのだろう。
水溜りに乱反射する信号機の光と、辺り一面に広がる君の血と。降り注ぐ雨粒と、この世界の真ん中で踊り続ける君。
なぜだろう。
僕も、なぜか、無性に苦しい。
『私ね、深夜の無人のスクランブル交差点で踊りたいんだよ。そしてその様子を写真に撮って欲しいんだ。そうだなぁ、できれば雨の日がいいなぁ』
「……っはは」
乾いた笑い声が浮かんだ。
「そうか。君の見たかった世界は、これだったんだね」
スクランブル交差点の上、もがくように踊る君に向けて、スマートフォンのカメラを向けた。
シャッター音が耳に入った瞬間、花が散るように君は倒れて、そして、僕はようやく、ようやく自分が泣いていることに気がついた。
滲む世界を拭って確認した写真の中の君は、あまりにも、綺麗で。
――ああ、本当に君のことが大嫌いで、大好きだったよ。
2023/12/04 21:21
誤字があったので修正しました。




