2023/05/25『温かい』『砂漠』『童話』
「あなたの音は、風に吹かれて軽やかに舞う砂漠の砂のような色ね」
好きな曲を口ずさみながらギターで弾いていたわたしの、その隣で彼女は呟いた。
長い髪を風に靡かせ、魅力的な笑みを浮かべて、彼女はわたしのほうを振り返って。
「私、あなたの奏でるアコースティックギターが好きよ。あなたをまるごと、そのまま表したような音がするから」
子どもに童話を読み聞かせる母親のように、優しくて柔らかい声で、彼女はそう口にする。
「……そうかな」
思わず、小さく問い返していた。
わたしは、自分の奏でる音があまり好きではない。
音に温かみがなくて、自分で弾いているのに寂しく、虚しくなる。音程合わせも苦手で、いつも音が高くなるから地に足がついていないみたいでイラッとする。
――自分をそのまま、表したみたいで。
基本的に人に興味がなく、思いやりのかけらも無い。そのくせ物事を進んでやろうとするものだから空回りして、わたしだけが浮いてしまう。
「いや、そうだね。君のいうとおりだ。――この音は、わたしだよ。どうしようもなく出来損ないの音だよ」
「ねえ。私、そんなことを言いたいんじゃないんだけど」
食い気味な言葉に、どきり、とする。
むすっと頰を膨らませ、目頭に皺を寄せ、普段はまんまるな吊り目をぎゅっと細めて、彼女は不服そうな声をこぼす。
「あのね。あなたは認めないかもしれないけれど、あなたは素敵な人なんだよ。ひとりで立っていられる強さがあるからこそ自由でいられる。人に流されることなく違うことができるあなたは、誰かの道標になれる。――あなたの音はね、そういう音なの。砂漠の砂は見えない風の行く先を教えてくれるでしょう? ……そういうひとなんだよ、あなたは」
彼女の言っていることは、摑めそうなのに摑みどころがなくてよく分からない。
でも、彼女が必死になって言い募るものだから、否定する気にもなれなくて。
「そっか……ありがとね」
その意味が分かるようになる日まで、自分の心の中にそっと留めておくことにした。




