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2022/05/17『都会』『タラバガニ』『鉄条網』

今回のお題はTwitterで募集しました。


『都会』……文野麗さん

『タラバガニ』『鉄条網』……八雲たけとら*さん


本当にありがとうございました!

 ――嫌な夢を見た。

 どんな夢だったのかは思い出せない。けれど、もやもやとしたほの暗い感情だけが胸の奥にこびりついて離れない。

 久しぶりの休日だというのに、気分が悪い。息が苦しくて、うまく呼吸できない。吸い方も吐き方も、何故だかよく思い出せない。

 鬱屈とした空気から逃げ出すようにして、家を出た。外に出れば、少しは楽になる気がして。魚が水を求めるように、よどんでいない空気が欲しかった。

「――はぁっ」

 自分の意思で外に出たはずだった。けれど、扉を開けた瞬間、思い切り誰かに背中を叩かれたような感覚があった。雑然とした世界に突き落とすように、乱雑に。そのおかげで呼吸の方法を思い出せたような気はしたけれど、明るい感情には到底なれやしない。

 背後を振り返ったところで、誰もいない。分かっている。ため息をひとつ地面に落として、一歩踏み出した。夢の気配を、無理矢理振り切るようにして。


 どれだけ、歩いただろうか。


 都会の複雑に入り組んだ小道を、どこまで進んで、何度曲がって、立ち止まって、再び歩き出したのだろう。曇り空の下、なにも考えず、ただひたすらなにかに導かれるようにして進んでいった。

 どこからか、眩しいほどに明るい声がする。

 ――そこに行けば、自分の心にも光が差すだろうか。

 そんなことを考えながら、耳を澄ませてみた。声が聞こえるほうにはたしか、公園があったはずだ。

 足がだるさを訴える。日ごろの運動不足が長時間の散歩を重労働にしていたようだ。

「そうだな、寝起きだってのに酷使しちゃったよな」

 公園に行けばベンチがある。そこまで頑張ってから、少し休もう。そう決めこんで、再び前へと歩を進める。

 幸いなことに、目的地はすぐそばにあった。

 誰もいないベンチに腰かけて、ぼんやりと砂場や遊具で遊ぶ子どもたちを眺めていた。

「おかーさん、みてみて! たらばがに!」

「あら、タラバガニ知ってるの? すごいねえ」

「うん! きのうてれびでみた! たっくさんのかにさんがね、ふねにどさーって!」

 砂場で遊ぶ子が、カニの形をした型に砂を詰めひっくり返し、たくさんのカニを作り出す。

 かにさん、か。かわいいな。

 思わずふっと笑みがこぼれる。

 少し気分が上向きになった気がして、心に余裕ができた実感があった。

 ――そういや、今何時だっけ。

 時間を確認するためにスマホを取り出すと、顔認証で勝手にロックが解除される。なんの気なしにスワイプしたら、再生途中の動画が画面に現れた。

「……これって」

 昨夜、布団の中で見ていたものだ。

 そう気づいたとたんに、記憶が一気に蘇る。

 そうだ。昨日は仕事が忙しくて、もうくたくたで。大好きな動画投稿者さんの最新動画を楽しみに、なんとか乗り切ったのだ。ふらふらと帰宅してからなにもする気力がわかないまま布団に入って、けれど動画は見たいからスマホを開いて、寝転がりながら視聴をはじめて――そのまま寝落ちてしまった。

 ――続きを見たい。できれば、パソコンの大きな画面で。

 そうだ。家に帰ろう。今日はせっかくの休日なのだ。やりたいことを思う存分やり切ろうじゃないか。

 そう決めこんで、立ち上がった。足のだるさはもうどこにもない。うんと伸びをして、空を見上げる。

「……狭いなあ」

 無限に広がっているはずの空は、たくさんの建物によって小さく切り取られてしまっている。重たい雲が立ち込めているさまは、この世界に蓋をしているみたいだ。ビル群は柵のように広い世界から自分のいる場所だけを遮断しているかのように見えて、これではまるで。


 ――閉じ込められているみたいだ。


 空を見上げなければよかった。

 激しい後悔と、昨夜の夢の欠片が降りかかる。

 閉じ込められている、だなんて。そんな事を思わなければ。その言葉さえなければ。

 きっと、思い出さずに済んだのに。

 昨夜の夢。ほの暗く嫌な、虚構の記憶。


 夢の中で自分は、どこか狭い場所に閉じ込められ、外に出られなかった。

 まともな食事もなく、自由時間もほとんどない。眠れる時間も長くない。そして、何者かがひたすらに厳しい作業を繰り返し行うよう強要してくるのだ。

 劣悪すぎる環境から、逃げ出したかった。だから、隙をついて外に出た。

 けれど、そこに待っていたのは鉄条網。有刺鉄線で作られている上に電気の流れる線もあったものだから、潜り抜けようとすると激痛が走った。

 見上げた空はどんよりと曇っていて、逃がさないと言わんばかりに重たく自分の上にのしかかってくるような気がしたのを覚えている。

 苦痛に顔をゆがめ、意味をなさない声をあげて――そこで、夢は終わっていた。


 ただの夢。そう、ただの夢。

 何度も自分に言い聞かせたけれど、心に垂れ込めた暗雲はしばらく晴れそうになかった。

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