2021/11/02『氷河』『絶望』『黒』
――どうして、彼女はこんなに純粋な心を持って生まれてきたのだろう。
幼馴染に会うたび、いつも考えてしまう。
まだ幼い頃、お互いに無知だったときは、そんなことを考えることはなかった。純粋だとかそうじゃないとか、そんな概念がなかったから。
けれど、今は違う。
氷河のように汚れひとつないような、そんな彼女が隣にいる。ただそれだけで、私の持つ闇が彼女にまで移ってしまいそうで、怖い。
――彼女は、知らない。
疑うことを、夢が叶わないこともあるということも、現実が厳しいことも、理想だけで生きていけるわけではないことを……なにも知らない。
私と変わらぬ環境で生まれ、そして育ってきたはずだったのに。
誰かに傷つけられた経験を持ちながら、それでも人を無条件に信じることも、思い通りにことが進まないと知っていながら、それでも理想を捨てないことも、私には、理解できないことだ。
そんな彼女だから愛しい。
けれど、怖い。
――純粋さを失った彼女を、見ることが。
――彼女の流す涙は、美しかった。
どうして叶わないのだろうか、と。心を折ろうとするなにかにぶつかるたびにそう言っていた。
どうして人を騙し嘲笑うのか、と。裏切られて深く傷つくたびに、そう言っていた。
それでも、彼女は強かった。
純粋とは呼べないかもしれないけれど、彼女の氷河のように汚れひとつなかった心には、ぽつりぽつりと黒い点が付きはじめていたけれど。
それでも、その涙だけは、いつまでも美しかったから、心の奥底には純粋さが残っていたのかもしれない。
そんな彼女だから愛しい。
けれど、怖い。
――純粋さを失った涙を、見ることが。
――黒い点が付きはじめたそのときが、もう、終わりだったのかもしれない。
虫食いように、育てた覚えのないカビのように。彼女の心に闇が育って染みつくまでは、早くはなかったけれど、遅くもなかった。
そのときになって、ようやく私は知る。
――純粋さを失った涙などないのだ、と。
心が黒く染まってしまったら、絶望が彼女を支配してしまったなら……涙など、一滴も流せないのだ。
純粋さがあるから涙があって、涙はいつだって純粋なのだ。
純粋な彼女はもういないけれど。
闇に染まってしまったけれど。
――それでも、彼女は彼女だった。
もはや泣くことのない彼女の隣に立って、冷え切った手をそっと握る。
あなたが純粋さを失っても。
闇に飲まれた人になっても。
――どんなあなたでも、愛しいから。




